第1章22話 「オレっ娘少女は微笑む」
「――おい、お前らは何をしてるんだ?」
俺は、自分の布団に勝手に潜っている明理と杏子に言った。
明理と杏子は俺に気付き、途轍もなく慌てた様子だ。
「ば、ばれちゃったよ! どうする、杏子ちゃん!」
「こういう時こそ、布団の中に隠れるんです!」
「そうなの、凄い!」
「お兄ちゃんは鈍感だから絶対に気付かないよ」
「気付いてるぞ」
目の前でそんな会話をする二人に、俺は言の葉を飛ばす。
そもそも隠れるのならば、隠れる場所を声に出しちゃ駄目だろ。
敵に塩でも送ってるのか? お前らは上杉謙信にでもなったつもりか?
俺はベッドの布団をがばっと払った。
「お、お兄ちゃん! ど、どうしてわかったの!?」
「や、やばいよ、杏子ちゃん!」
「そうだね。こういう時こそ、秘儀……」
「何をするつもりだ?」
「杏子アタック!」
明理が俺に飛び着いてきた。
俺は驚いたが、ただ抱き着いただけだという事実に気付いた。
そして杏子の頭を撫でる。
「ふふ……お兄ちゃん、頭撫でないでよぉ。恥ずかしい」
「ああ! ずるいよ杏子ちゃん!! 私も撫でてもらうんだ!」
「わかったよ。撫でればいいんだろ、撫でれば」
俺は抱き着いてくる明理の頭も撫でてやる。
「はあ、何でこんなことになったのやら」
俺は悔し紛れに言を発した。
――時は遡り、一時間前。
「――みんなで一緒に紅さんの家に泊まりませんか!」
急に爆弾発言をした凛音。
「おい、勝手に俺の家に……」
「「「「「「さんせーい」」」」」」
おいおい。まだ台詞の途中だぞ。
俺に全員の真剣な眼差しが飛んでくる。
「はあ。もう泊まっていいぞ。寝るところがなくても泣くなよ」
「大丈夫です、私が何とかしますから」
「凛音、本当に大丈夫なのかよ。布団は二枚、ベッドは一つしかないんだぞ」
「ええ、私に任せてください!」
俺は凛音の熱意に押され、渋々承諾したのだった。
「――という流れだぞ。俺はどうすればいいのやら」
「どうしたのお兄ちゃん?」
俺の呟きを聞き逃さなかった杏子が俺に問う。
「いや、何でもない」
俺は明理と杏子の頭をなでなでする。
すると、俺の部屋のドアが開いた。
ドアの向こうから裸の或朱が現れた。
「凄いな。オレの家よりも広いお風呂だった……」
「そうか。取り敢えず服を着ろ」
「ひゃっ! く、紅っ!」
俺に裸を見られ、或朱は赤面する。
「み、見ないで……」
或朱は隠すべき場所を手で隠す。
赧然する或朱と、頭を撫でられて嬉しそうにする杏子と明理。
そして明理と杏子を愛撫して、或朱の裸体を眺めている俺。
む、これだけ聞くと俺がただの変態みたいだな。
「お風呂も広いんですね……」
「そうですよ。紅君のお風呂は大浴場ですから」
「私もそう思うよ」
すると、今度は俺の部屋に凛音と碧五と天がやってきた。
「あ、紅さん。お風呂入っていいですよ」
「もう入った」
「いつの間に!」
俺の発言に驚く凛音。
「俺は一番最初に入ったんだが。もしかして俺が一番最初に入るのは嫌だったのか? 確かに、俺は男だし、父さんが風呂入った後みたいに汚くなるかもしれないが……」
「ち、違います! 紅さんが最初に入ったことはいいんです! ただ、つい紅さんがあまりにも早くお風呂に入っていたことが驚いたので……」
俺は溜め息を吐き、明理と杏子を身体から引き剥がした。
「俺は一番最初に入ったが、浴槽には浸かってないぞ。シャワー浴びてきただけだし。でも……なんだか視線を感じて気持ちが悪かったな」
「「げっ!」」
引き剥がした二人が、俺の最後の一言を聞いて肩を跳ねさせる。
「それに、何故か俺の歯磨きが濡れてたし。あの歯磨きはまだ新品で開封したばかりだったんだぞ。一体、どうしてそんなことになったんだろうな」
俺は明理と杏子を睇視しながら言った。
更に二人は肩を跳ねさせる。
「あれ? 怪しいぞ二人共。なんでそんなにビクビクしてるんだ?」
「い、いや、私は別にお兄ちゃんの入浴シーンなんか覗いてないんだからね!」
「わっ、私はその、紅君の歯磨きを紅君が使った後だと思って勝手に使ったんじゃないよ! にやにやしながら歯を磨いてたわけでもないし。それに杏子ちゃんと『お兄ちゃんと関節キス!』って言い合って二人で使用したわけじゃないよ! 本当だからね!」
「おい……」
俺は二人の見苦しい弁明に苦笑する。
「まったく。次からはするなよ」
「「はい……」」
反省しているのか、二人は静かに答えた。
俺は自分のベッドに寝転がる、
「俺は適当に時間潰すから、お前たちは好きにしてていいぞ」
俺の一言で、或朱以外の全員の表情が変わった。
何かよからぬことでも思いついてしまったのだろうか。
「じゃあ、行きますよ」
「「「「イェーイ!!!!」」」」
或朱と俺以外全員部屋を出ていった。
お前らはパリピかとでもつっこみたかった。
「お前はあいつらに付き合わなくていいのか?」
「いや、オレは別に……」
下着姿の或朱に、俺は尋ねた。
或朱は自分の鞄から寝間着を取り出した。黒色でふりふりの付いた可愛いパジャマだ。
「そうか。本でも読むのか?」
「いや、オレは活字を見るのは好きじゃないんだよ。だから、別にいい」
何かを隠しているかのような言動の或朱。
俺は怪訝に思った。
「じゃあ、ちょっとここで待っててくれ」
「あ、ああ。いいけど……」
ちょこんと、ミニテーブルの前に座り、或朱は欠伸をする。
彼女にココアを飲ませてやろうと思い、俺はコップにココアパウダーを入れ、お湯を注いだ。俺と、或朱の分だけココアを作った俺は部屋に戻った。
「ほら、飲んでいいぞ」
「あ、ありがと……」
少し頬を赤くして、或朱はコップに唇を付ける。
「あちっ!」
或朱は舌を出して涙目になる。
「或朱。お前、もしかして猫舌なのか?」
こくんと或朱は頷く。
そして、俺も或朱に次いでココアを飲む。
「なぁ、或朱。何かあったのか? 相談なら乗ってやるぞ?」
或朱は俺の言葉に一瞬だけ驚いた素振りを見せた。
「な、何でもないよ」
或朱は笑い、何かを黙殺している。
俺は溜め息を吐き、まじまじと或朱を見つめた。
「ほ、本当に、何もないから……」
とぎれとぎれに、言い訳をする或朱。
「はぁ。なら――」
「ごめんな。心配かけさせて」
俺は続きを口にする。
「――なら、俺はお前が抱えている負担を軽くしてやる」
「――!?」
或朱は一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう。
俺はまだ続ける。
「クラスで虐められて不登校になり、他人が怖くなり、心を開くのは親友の凛音だけ……そんな或朱を、俺が助けてやるよ」
「は……」
或朱は瞠目して、怯えた視線を俺に向ける。
次第に彼女の息遣いが荒くなり、頭を抱えて項垂れた。
「はぁっ、はぁ、はぁ……」
恐怖で喘ぎ、涙を流し始める或朱。
俺は或朱にこう耳打ちした。
「俺は凛音に相談されたんだ。どうすればお前を救えるかって。どうすれば悲しみの底から助け出してやれるかって」
「り、凛音が……」
驚いて顔を上げる或朱。
俺は微笑み、
「だから、俺は親友の凛音に頼まれたことを実行する。それに、俺も俺で或朱を救いたいと思った。俺だって、幼馴染が死んで毎日が鬱だったんだぞ」
俺を見つめる或朱。
そんな或朱に、俺は微笑した。
「なあ、或朱」
俺は或朱に囁く。
「俺がお前を守ってやる」
「――!?」
俺の言葉に、或朱は再び瞠目した。
或朱は俺の眼前で顫動していたが、軈ては落ち着きを取り戻した。
「まも、る……?」
「そうだ。俺がお前を守る。だから、お前も俺に守られろ」
「あ、あぁ……」
俺は或朱を優しく抱きしめた。
すると、或朱は大声を上げて泣き始めた。
子供のように泣き喚く或朱を、俺はずっと抱きしめていた。
俺の部屋では或朱の涙声が木霊していた。
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「オレとしたことが……弱いところ見られちゃったな」
泣き止んだ或朱が呟いた。
まだ微かに声が震えているが、或朱は今まで以上に最高の笑みを浮かべていた。
「なぁ?」
「ん? どうした?」
「本当に、オレを守ってくれるのか? 嘘なんかじゃ、ないよな?」
「勿論だ。だって、俺もお前も友達同士だろ?」
すると、また或朱は目を潤ませた。
「あり、がとう……」
或朱は俺を見て微笑む。
「上手くいきましたか……?」
「あいつらを誘導してくれて助かったよ。で、結果は成功だ」
「り、んね……?」
突如現れた凛音を見て、或朱は驚愕する。
「それで、あいつらはどうしたんだ?」
「明理さん達ならもう寝てしまいましたよ」
「あんなにノリノリだったのにな」
俺は思わず笑ってしまった。
そして或朱を見て、
「弱いところ、あいつらに見られなくて済んだな」
「そ、それは言うなよ!」
恥ずかしいのか、或朱は赤面する。
或朱が元気になってくれて、俺はなんだか嬉しかった。
「は、話すんじゃないぞ! ぜ、絶対にだからな! 絶対に……」
「大丈夫だ、俺は秘密なんてばらしたりしない男だからな」
俺はそう言って、或朱と笑い合った。
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「――校長先生! どうか、お願いします!」
「うーん。そう言われてもねぇ」
俺はある日の放課後、校長に頭を下げていた。
或朱を鴻鵠鴎鵝学院に通わせるためだからだ。
「そこをどうか! お願いします! 彼女を助けたいんです!」
「ふぅむ……よかろう。袞衣或朱の入学を認めよう」
「ありがとうございます!」
校長からの許可が下り、俺はガッツポーズを構えた。
これで、或朱が立ち直れるのならいいのだが。
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――次の日の朝。
「え、ええと、オレの名前は袞衣或朱と言います。ええと、好きなものはぬいぐるみです。宜しくお願いします!」
緊張する中、或朱は見事に自己紹介をやってのけた。
そう、或朱は『1ーA組』の転入生として迎えられたのだ。
その後、或朱は席に座るなり、俺を見て満面の笑みを浮かべていた。
或朱に、俺も満面の笑みを返した。




