第1章20話 「夢魘」
――夜、俺と天と杏子と碧五は寝床をどうするか決めていた。
何故かじゃんけんに勝った者が俺と一緒に寝るということになっていた。
天と杏子は勿論乗り気だ。
だが、何故か碧五も乗り気だ。
俺は溜め息を吐いて、三人の試合を眺めていた。
「「「じゃんけんぽん!」」」
掛け声と共に、それぞれの手が振り下ろされる。
その結果は、天がチョキ、杏子はパー、碧五がチョキだった。
「一人負け!?」
杏子は自分の出した手を見て項垂れる。
そして勝ち残った天と碧五が、互いに視線を交錯させていた。
「いいじゃない。紅さんと共に寝られる権限を所有する者は私だと、証明してあげるわ!」
「ふふふ……そうですか。私こそが紅君と同衾することが出来ると、証明してあげますよ!」
二人の熱い視線が、対峙。
「「じゃんけん、ぽん!」」
今、まさに決着が着いた。
天はグーを出し、碧五はパーを出している。
といことで、勝者は碧五選手!
「勝ちましたよーーーーーー!!!!」
歓喜する碧五。
天は負け、杏子と同じように項垂れている。
「さあ、一緒に寝ましょう!」
爛々と煌めくその瞳で、碧五は俺を見つめる。
「わ、わかった……」
俺は碧五の熱量に押され気味に、苦笑して承諾した。
「ちょっと待ってよ!」
杏子が、俺と碧五の会話に異議をなす。
「やっぱりお兄ちゃんと寝るべきなのは、この私だよ! 絶対に、絶対に!」
「おい」
必死に弁論する杏子の肩に、俺は手を乗せて言った。
「お前、さっきのじゃんけんで見事に一人負けしてたよな」
「ぐ……で、でも!」
「最終的には碧五が勝利したんだ。だから、勝者の碧五が俺と同衾する権限を所有した。それに、ルールでも言っただろ、勝者が俺と寝ることが出来るって」
「そ、それでも嫌だよ! お兄ちゃんは私のものなんだもん!」
「今度一緒に寝てやるからここは譲ってくれ」
「そ、それならいいよ……」
杏子、お前チョロいな。
俺は自分のベッドに寝ころぶ。
「さてと、碧五。こっちに来いよ」
「は、はいっ!」
元気よく返事をし、碧五は俺のベッドにゆっくりと潜り込んだ。
その愛らしい行動に、俺は微笑を返す。
「え、ええと……一緒に寝ると言っても、何だか気まずいですね……」
碧五は小さな呟きを漏らす。
「気まずい、か……」
俺は溜め息を吐いて、俺の背中の方を向いていた碧五と顔を見合わせる。
それに肩を跳ねさせて驚いた碧五だったが、俺は気にせずに碧五の顔を見つめる。
「あ、その、紅君……どうしたんですか?」
黙っている俺に話しかける碧五。
「そういえば碧五はしゅ、趣味とかって何だ?」
「趣味ですか……ギターを弾くことですね」
「凄いな」
碧五の意外な趣味に、俺は瞠目する。
それに、趣味を尋ねる時に俺は噛んでしまった。
碧五に気付かれなくてよかった。
「ギター、演奏出来るんだな」
「はい。あ、そうですね、今度私の家でギターを弾いてあげましょうか? 紅君なら特別に三十分間ぐらい……」
「ああ、ありがとな」
碧五は熱い視線を俺に飛ばしてくる。
やめろ。そんな幼気な視線を俺に向けるな。
何だか俺も気まずくなってくるじゃないか。
「その、紅君。今日は助けてくださってありがとうございます」
「そうか。礼を言われるまでのことはしてないと思うが」
「いえ、私からしたら凄絶なことですよ。紅君みたいに、温情な人が居るとは思いませんでしたから……」
俺は聞き慣れない『温情』という言葉に、強く耳を傾けた。
「温情、か……」
俺はぽつりと、そう呟く。
それも、碧五には聞こえない様に。
――俺も、いつの間にか温情な輩になっていたのか。
昔とは違うな。
俺は自然と微笑んでいた。
「どうしたんですか?」
碧五は俺を見て尋ねる。
その微笑みの真意を、知らないまま。
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――ここは……?
「紅君! あーそーぼー!」
元気な少女の声が、驚きと共に耳に入り込んだ。
家の外から聞こえた声に、カーテンを開けた。
そこには茶髪の可憐な少女が居た。
明らかに自分とは真逆の性格をしてそうだ。
それに、昼間にもカーテンを閉じている不気味な俺を、気味悪く思わずどうして声などかけられるのだろうか?
「一緒にあーそーぼー!」
少女は声量を上げ、俺を呼ぶ。
俺は少女の元へと、急いで向かった、
走って階段を降り、靴を乱暴に履いたら、玄関のドアを開いた。
ドアの向こうには、可憐な愛くるしい少女が立っていた。
それはとても、俺は少女に喜んで挨拶をしたものだ。
「紅君。やっと出てきてくれたよ」
少女がそう呟いた瞬間、俺の全身に血が飛び散る。
返り血……?
「紅君。どうして私を見捨てたの!? どうして!?」
俺は意味不明な現状に無理解を示す。
そして、俺は少女の姿に恐懼した。
少女の、目が、鼻が、口が、髪が、皮膚が、溶けているのだ。
頭蓋骨が潰れ、脳漿が飛び散り、中から脳味噌がたらりと落ちていく。
軈ては全身が溶けて、液状化する。
自分の足元で、少女は必死に救いを求めていた。
「た、す、けてぇぇえええぇええぇえぇえぇぇえええぇぇぇぇえええええぇえぇえぇぇえええ!!!!!!!!!!!!!!」
ノイズがかった、歪な声。
俺の恐怖心は、最終的に無情へと変貌していった。
ああ、俺ってこんな奴だったっけ。
そうか、俺はただの『失敗作』だったな。
すると、今度は聞き覚えのある男女の声が俺の耳を劈いた。
母さんと父さんの声だ。
それも、今のじゃなくて昔の。
「出来損ないの屑が!」「死んで償いな!」「野垂れ死にでもしとけ!」「穀潰しの癖に……!!!」
今の、俺の新しい両親とは違う性格と声。
昔の古い両親は、俺を嫌悪していた。
「お前はどう思う?」
後ろから俺に声が抛擲された。
どこかで聞き覚えのある、少女の声だ。
俺は背後を振り返った。
そこに居たのは、全身を白服で包んだ者だった。
身長は俺と頭一つ分違う、百五十センチだろう。
血で汚れた斧を片手に、白服は俺を見ている。
「答えられないのだろう? 自分が如何に愚かで、如何の芥屑なのか、当本人でもあるお前が理解出来ていないとは」
悪意を込め、白服は続ける。
「この、無様で哀れで無価値で愚図で痴鈍で蠢愚で惨怛で愚鈍で痴愚で憎体で馬鹿者で下賤で僻者で瑕釁で弊竇で悪人で外道で邪で佞人で屑で小心者が!!!!!!!」
長々と罵る白服。
俺は白服の罵詈雑言に、目を見開いた。
白服の言葉全てが、俺に該当するからだ。
俺は俺で、俺が如何に出来損ないなのかは、当然ながらとっくの昔に知っている。
「そんな痴れ者のお前には、罰を与えよう」
そう言って、白服は俺に近付いてくる。
白服は俺を一薙ぎした。
すると、俺の視界がぐらりと揺れた。
俺の視界は、横になり、地面が半分映っている。
「逃げられると、思うなよ」
白服は、俺に対してきつく言いつけた。
しかし、俺には感情など、もう湧いてなど来ない。
今分かったのは、俺は首を切断されたということだ。
でも鈍痛に魘されることはなく、まるで全身から痛覚が消え失せたかの様だった。
もう何も感じることはなかった。
すると今度は、見知らぬ少女が現れた。
少女は憂いと悲壮を瞳に宿していた。
そして、ただ優しく、俺の頬を摩っていた。
「ごめんね……遅くなって」
悲嘆に、目を潤わせる少女。
すると数滴、ぽたりと俺の顔に涙が落ちた。
泣き崩れる少女を前に、俺は微笑んでいた。
そして、俺の身体が俺の首を拾い見事に接合した。
そうして自分は息を取り戻した。
少女は驚きと喜びに、自分に抱き着いてきた。
だが――、
「どうして……」
力なく呟き、少女は斃れた。
俺は少女の胸に刃物を刺していたのだ。
恐ろしいことに、俺のことを想って哭いてくれた少女を殺しても、何も思わなかった。
俺は歩いて、ふと落ちている手紙をを見つけた。
『――皆を殺した者』
俺は気になったので、封を開けた。
手紙の内容はこうだ。
『己は心を壊してしまった。己はただ、幸せに、無難に生きて居たかっただけなのに。でも、己は両親を殺してしまった。意味もなく人を殺戮し、無邪気に微笑み。やはり、己は屑だったようだ。まだ何も理解など、出来ていなかった。そして、己は一人の少女と出会った。己は次第に少女のことを慕っていた。少女の隣に居ると、己は夢見心地になる。少女の隣は、己だけのものだ。しかし、両親に虐げられ、嫌悪され、憎悪されては啜り泣き、救いを求めては絶望した己でいいのだろうか? 仮初の契約を交わして、演じることばかりの日常でいいのだろうか? それに、本当の己を知る者は、彼女しか居ないというのに。己ですらも、自我の範疇は掴めていない。だが、もう歪んでしまったことだけは理解がなせる。屹度、大丈夫だろう。それに、己の言動、行動は誰彼構わず人々を騙し続けていた。友人や家族。親しい眷属ですらも見境なく饕り、忌々しいことに己自身は何一つ感銘を受けていない。可笑しいと言えば可笑しい。狂っている、僻んでいると言っても嘘にはならない。だって、それは真実だからだ。傍から見れば迷惑、変人で、今すぐに精神障害を患っていると決めつけ、病院送りにするだろう。その愚行こそが、貴様の汚点だ。偏見、というものだろう。外見だけで判断する屑共が居るからこそ、この世界は壊れてしまっている。しかし、己は自分のことを何一つおかしいだとは思わない。そう言われ続けてきたから、本当にそうなのだろうかと思ってしまい、認めざるを得なかっただけだ。寧ろ、真面目で善良な人間だと思っている。だから、己は自分に自信を持っている。今の、朋友が存在している己には。だからこそ、己は自分自身を厭う必要性は微塵もない。己は自身の独断で、特別な世界を創設している。その世界の中に、彼女たちは存在している。本当の善人は己だ。己こそが正しい。だからこそ、皆は己に従っている。これが理由だ。この理由を元に、貴様らは地を這い蹲って己に従事しろ。それこそが運命、決められし理なのだ。それすらも蔑ろにする愚連隊は、己が自ら鏖殺してやろう。魂魄を捥ぎ取り、死姦を行う。それでいいか。いいな。愛しい少女よ』
――見ての通り、気味が悪い。
その手紙を捨てた。
すると、眼前に吊り輪が現れた。
まるで自分を誘っているかのように、ただそこに堂々と存在していた。
そのまま、俺は輪に釣られる様に歩を進めた。
遂には、吊り輪に首を挟めていた。
そして宙に浮き、全体重を支えた輪は軋む。
輪は強く首を絞めつけた。
苦しさに見舞われ、俺は酸素を求めて喘ぐ。
軈ては意識を失い、死した。




