命の根源とかそんな話
基本的には答えのないことなのでそういう考え方もあるのか程度の四方山話
各自生きている間に自分の中で答えが出ると幸せかもしれない
爪や皮膚は細胞としては死んでいるというのは皆知っていると思うが
人の体を守る重要な役割を果たしている
人間という単位でみると生命の一部で生きているとも言える
移植手術をする際の臓器がドナーから摘出され、移植されていない状態の臓器は生きていると言えるのか
トカゲのしっぽが切れた直後敵の注意をひきつけて動いている状態は生きているのか死んでいるのか
こういった話は長い間いろんな人が考えてきたことであろうがはっきりした答えは未だ分からない
そもそも生命という概念が曖昧すぎるのだ
さてみつばちを通して命について考えてみよう
みつばちは群れを作って始めて1つの生き物である
群れを維持する機能が概ね正常であれば命が続き
群が消滅したときが命の終わりである
女王蜂1匹を取り出して籠に入れたとしても群としては成り立たないので死んでいるとも言える
また、女王を失い王台も尽き果て新たな女王を作る能力を失った無王群も群として存続できないので死んでいると言える
しかし上手にこの女王蜂と無王群を合同させると群れが1つの命として蘇る
生命とは集まっていることそのもののを言うのではないだろうか
コップ一杯の水が生きているという人はいないだろう
風呂場に溜めた湯で一日の疲れから生き返る人はいても湯そのものが生きているとは思わないだろう
しかし川の流れほどに水が集まると生命のようなものを感じないだろうか
海は命の源であると思わない人がいるだろうか
ひと握りの土と山を比べても同じようなことが言える
一見生きていないように思われるものでもとてつもない量が集まることでそれは命であるとは言えないだろうか
集まろうという意思があるとか動きがあるとかそういうことではなく集まっていることそのものが命なのではないだろうか
集まるというのはすなわち物体同士が引き合うこと
2つ物体がある時に引かれ合う万有引力あたりに根源があるように思う
植物は地球と一つになりたくて深く根を張り太陽と一つになるために空高く伸びる
動物は地球そのものや太陽ではなく地球上に生まれた他の命と出会うために移動する能力を得た
同じ種族であれば遺伝子を併せ子孫を残すことで種としての数を増やしすなわち集合としての命を強くした
種族が違うものは捕食することで一つになった
音楽は集まるために生まれた
音楽に踊りも加えて祭となった
人間一人を3つの生き物に分けるとすると思考と感情と肉体
個であるようですでに集合して出来ている
動物としては群れを作りたいという本能があるので集団の中にいると落ち着くが
自らを構成する思考や感情が集団のなかに溶け込んでいく感覚は
自分という集合が失われる、即ち死を予感させるのでたまに一人になりたくなる
集まることが生とするなら
死とは別なところに集まって溶け込むこと
集合が大きすぎるか小さすぎる
もしくは変化が早すぎるか遅すぎる
人間の感覚では知覚が難しいがそれでも生命を感じる物のことを
神様と呼んだのかもしれない
今回はそんなどうでも話




