第8話 ゴブリン戦線①
《少し年月が経ち……》
「グギ、ガコ゚ガ、ガガコギ」
深い森の奥、そこには何があるか知らない人が多い。
だからこそこういう場所には厄介なものばかりが集まってしまう。
ガサゴソなんて音を出しながら僕は静かにソレの集団に近づいていく。
緑色の皮膚に妙にとんがった鉤鼻、白目しかない不気味な表情からは下卑た笑みが浮かんでいる。
小鬼だ。
個体だけであればそこまで危険度は無いが、集団になると途端に害獣として駆除される存在。
もともとの成長過程で鬼(混血)と別れた種族だったが近親交配を繰り返したため知性を失い、人や田畑を荒らすようになってしまったとされている。
この集団に罪はないが、放置すればいずれ人を襲うだろう、とのことでサンに依頼が入ったのだが、サンはこれを「修行の成果を見せるときだ!」と言い始め……
結果、齢三歳にして害獣駆除を行うことになった。
ふざけるな、と言いたいところだがあの人色んな意味で化物すぎるんだよな。
もし文句なんて言ったら村の外周何十回やらされるか……わかったもんじゃない。
茂みに隠れながらゆっくりと息を吐く。
「ふぅ……」
サンから色んなことを学び始めて大体二年ほどたった。
最初の頃は木剣を持つのも一苦労だったが最近は軽々持てるようになった。
成長はしている。
――魔法以外は。
あの大樹事件以降、サンはどこか僕に申し訳なさそうな態度を取ることが多かった。
それもそのハズ、楽しそうに学んでいた魔法をやめさせたのだから。
サンどころかフィーナもウルシアも翌日の授業から魔法という言葉を使わなくなった。
彼女たちなりの配慮だったのだろう。
あの事件はそれほどまで失ったものと被害が大きかったのだ。
僕も安易に魔法を使うとどうなるか、という恐怖がしっかりと刻まれている。
だから最近じゃ、何もかもがつまらなくなってしまった。
やることといったらなんとなくで決めた冒険者になるという夢への体力づくりと剣術だけ。
その剣術も素振りだけ。
実践はやっていない。
「だからって急にやるのも違うと思うけどなぁ……」
サンは「ゴブリンは低級の魔獣だからイケる!」なんてことを言っていたが。
あの人おそらく僕を三歳だと思っていないだろ。
その基準はあくまで二十歳以降の大人なんだよ。というかそれサンが教えてくれたじゃんか。
「グ?ガコ……」
ああ、もう。文句だけだったら何にしても出るな。
でも、これが終わったら何かをくれるらしいし。
それに――村の人達をゴブリンが襲わないとも限らない。
「はぁ……ん?」
辺りがやけに静かになったな。
そう思い視線を上げた。
するとそこには緑の顔に張り付いたような不気味な笑みを浮かべたゴブリンがそこにいた。
「やべ!」
瞬間的に足に力を入れると、後ろに下がる。
しかし踏み込んだ足は草に滑り、勢いのまま草むらに頭を突っ込んだ。
「グゲ!ガガコ!ゴゴガ!!」
先程のゴブリンの低い声が体に響く。
マズイ。サンからは奇襲を仕掛けてからのことしか聞いてないぞ。
それにまさか、仲間を呼んだか……?
慌てて、体勢を立て直すと眼の前のゴブリンを見据えた。
身長は僕より高い……ってことは1メートル以上か。
手には鋭く尖った石を握っている。
白一色の目からは何を考えているかわからない。
「ググギャッギャッギャッ!」
口から出たよだれを撒き散らすように声を上げて笑っている。
不気味だ。
非常に。
深く息を吸う。
そして腰の木剣に手をかけた。
実践において、小柄な体格のほうが狙うべき戦法は……カウンターだ。
大丈夫、さんざんサンに鍛えられたんだ。
ゴブリン程度の単純な動きなら見切れると太鼓判まで押されてるんだ。
「勝つ……!」
ゴブリンが一歩前に近づくとツンと鼻を突くような腐卵臭のようなニオイがした。
そして
――――それが開戦の合図だった。
「グギャァ゙!!」
ゴブリンは石をたかだかに振り上げると、そのまま突進。
そしてその石を僕に振り下ろす瞬間、僕の腰から木剣が引き抜かれる。
ゴッ
鈍い音とともに骨を叩いたような鈍い振動が手を伝う。
ゴブリンの細い首には重たい木剣の一撃が綺麗に決まった。
そのまま僕はゴブリンを吹き飛ばす。
ゴブリンはそのまま宙を舞うと木にぶつかり、頭から着地。
見なくてもわかるほどの致命傷だった。
居合斬り。
この世界における剣術の初歩だ。
……実践は初めてだったが、
「怖ぇ……」
ゴブリンが石を振り上げたその瞬間、僕の頭の中は真っ白だった。
そしてゆっくりと振り下ろされる石を見ながら当たると思った時、なんとか手が動いたから決まった。
もしあれが、ほんの少し遅れていたら。
そしたら僕はそのまま死んでいただろう。
ブワッと一気に汗をかく。
手が痺れている。
冒険者とはこういうことをする職業なのか。
こんな命のやり取りをするものなのか。
「……じゃあやっぱりサンは凄かったんだな」
バクバクと鳴る心臓に酸素を送る。
まだ、終わっていない。
まだゴブリンは退治できていない。
泣き言を言おうが、終わらない限りこれは続く。
村の人達に安全は来ない。
「よし」
手の震えが止まったのを確認すると、僕はまた草むらを移動し、
ゴブリンの集団を観察し始めた――――
※※《サンの視点》※※
わかっている。ヒワは大丈夫だ。
でも、本当に?
葉に陽光を遮られ、じわりとした湿気が私を包んでいる。
不安だ。
場所のせいもあるのかもしれないが――――
なんとも言えない違和感が心のなかにある。
ただそれが何かわからない。
ヒワは大丈夫なのだろうか。そんな情けない言葉が私の中でこだまする。
……私は情けない師匠だ。
アイツは紛れもなく魔法に才がある。
だから、本当だったら私の持てる全てを使ってでも魔法を教えたい。
でも。
私は彼があの大樹を出した時。
彼が怖くなってしまった。
生まれて一年、舌っ足らずでまだ言葉もそこまで喋れるわけない子供が、国家を動かせるほどの力を持っている。
そう理解した時、私は彼に対して悪意を持って化物だと認識してしまった。
最初はただ天才なだけだと思った、だから私も師匠、なんて柄じゃないことを率先してなろうとしたんだ。
でも彼は違う。
彼の思考はすでに何かの目的に働いている。
そんなの天才なんて言葉じゃ到底表せない。
だから私は――魔法を教えることをやめ、あくまで剣技で師匠になろうとした。
でも彼はそんな私の想像を遥かに超えるスピードで成長し続けている。
今じゃ、私も本気でかからなければ負けるんじゃないか、なんてさえ思える。
ヒワ、ごめんね。
私がろくでもない人間で。
もし私が何も教えていなければ今も彼は平凡でいられたかもしれなかったのに。
私が平凡でなくしてしまった。
二年前からずっとヒワが怖くてしょうがない。
ごめん、ごめんなさい。
だから、私はこの任務をヒワが無事終えたらこの村を出ようと思う。
私じゃどうしても彼を見ることが出来ない。
私にはとてもじゃないが力不足すぎた。
もっと、彼を見れるくらい強くなってから。
また、彼の師匠として指南をしたい。
……フィーナとウルシア、村の人達からも許可は取っている。
私がついていく任務を達成させた上でそうするつもりだと言ったら二つ返事で了承をくれた。
フィーナとウルシアはそれはそれは悲しそうにしていた。
一瞬本当のことを言ってしまいたくもなったが、流石にそれはやめといた。
私は彼の道の妨げにはなりたくない。
「あ」
ヒワがゴブリンと相対した。
大丈夫か?私は奇襲についてしか教えていないが……
いや、大丈夫だ。彼ならきっと。
ヒワが音を立てて転んだ瞬間。
少し胸が跳ねた気がした。
しかしすぐに体勢を立て直すと、彼は即座に剣に手をかけていた。
早い、初の実践だと言うのに全く。
カバーもすぐに出来ている。
しかし私はすぐに違和感を覚える。
小さなゴブリンのその少し奥。
集団がいた方から、なにやら不気味な雰囲気を感じたのだ。
そして、不気味な雰囲気と違和感は次第に私を確信へと至らせる。
既に大きなコロニーが出来ている。
でなければ一人の兵ゴブリンが声を上げた時すぐに集まってくるはず。
それなのに、来ないということはその兵ゴブリンでも勝てる程度の相手である、ということが瞬間に全体に伝わり、ゴブリンたちの行動を抑制している何かがいるということだ。
ボス、コロニーにおけるボスゴブリンは他のゴブリンの追随を許さないレベルで強い。
要は強さと知能がなければ長となれないからだ。
じゃあヒワには少し、荷が重い。
「――――間引く必要があるな」
口元を触りながら、サンの目は密かに光っていた。
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