第6話 サンと豆の木
木の扉をゆっくりと開ける。
小窓から入る光がキラキラとホコリを浮かび上がらせる。
いかにも物置として使っていそうな部屋だが、僕はそこにためらいなく足を踏み入れた。
そしてこれまたゆっくりと扉を締める。
「……ひさしぶりにひとりのじかんだ」
窓を開けると、冷たい風に頬を撫でられる。
軽く床を掃いてから胡座をかいた。
まるで秘密基地ができたみたいだ。
そんなことを思いながらしばらく窓の外の景色を眺めていた。
僕が生まれてから大体一年が経った。
この世界には誕生日を祝うという概念があまり無い。
だから大してそういうイベントもなかったのだが、ウルシアから一歳の記念として一人部屋をもらったのだ。
ただ、基本この部屋は使わないしあくまで将来的に使っていくことになる部屋ということだった。
まぁでも僕の部屋であることは変わらない。
じゃあ好きにしてもいいだろう。
「成長」
ポンっと軽い音とともに庭で拾った種から赤い花が一輪。
ほんの一ヶ月前まではそんな何回も使える技ではなかったというのに。
サンとの修行で思っている以上に体力が鍛えられたらしい。
「ゥ゙、どくとくなにおい……」
この花、香水みたいな強く甘いニオイがする。
得意じゃないな。
ちょっと離れたところに置いておこう。
顔をしかめながら花を花瓶に挿すと、窓際に置く。
「よし!いいかんじ!」
って違う違う、僕がしたいのはこういうことじゃない。
本筋からまたズレるところだった。
またもや同じ場所で胡座をかくと腕を組む。
僕がしたいのは趣味探しについての探求だ。
今までの目標は靄というものの正体についてだったが、サンとの修行によって無事解決。
だから次の目標を作ろうと思う。
いわばここからどうやって趣味を探そうか、という思考だ。
「ただなぁ……」
趣味探し、とは具体的にどんなことをやるべきなんだろうか。
そりゃ、前の世界では何かあればインターネットで調べることが出来たがこの世界ではそうもいかない。大体、手探りだ。
それにだ。
前の世界では出来たことがこの世界では出来ないなんてことが結構ある。
例えば読書、見ている感じそもそも紙が高級品だ。
トイレはぼっとんだし、本もない。
インターネット、文通、絵を描く……まぁ大方思いついたのは紙を使うものばかりだからか中々制限が入っているように感じるな。
ということは、僕ができる趣味もかなり狭まってしまうだろう。
その上、何か形を後世に残そうとしているのだからさらに難しい。
「われながらやっかいな目標をもったな」
冒険者、というのを目指してみるか?
サンがあんだけ冒険者推しなのもハマる人、心から目指したいと思う人が多いからがあるのだろうし。
僕も目指すうちに興味が湧いてくるかもしれない。
ただ冒険者、というのが未だに僕はどういう職業なのかわかっていない。
ダンジョンを踏破するーってのが大筋らしいが依頼をこなす、というのもあるらしいし。
それに仕事と趣味というのは基本的に繋げられないものだ。
仕事にはそれなりに責任が伴うから。
「でも先延ばしにしてたらなにもかわらないしなぁ……」
出来ることなら今この場で決めたい、そうすれば僕ももっと何かに打ち込める気がする。
――面白いこと、そう、面白いことだ。
そんな風に思えることがあればしばらくそれを趣味として考えながら行動出来る。
……なんというかその場繋ぎになってしまっている気がする。まぁ……仕方ない。
窓枠の直ぐ側に置いてある花を一瞥する。
「……そういえば攻不の魔法使いはすごいことができるんだっけ」
サンは確か、一般魔法使いとは違って莫大な力を発揮できると言っていた。
じゃあもしこの花に僕が今持てる全ての力を注ぎ込んだら?
一瞬で枯れるのか、はたまた成長しすぎるのか、もしかして成長しないとか?
――気になる。
花瓶から取り出すと僕は静かに意識を花だけに集中させる。
サンからは「まだまだ成長がうまく使えていない」と言われてしまったし、一度最初の方から感覚を掴みながらおさらいするか。
体の奥から徐々に上がってくる熱をゆっくりと右手に移していく。
そしてその熱がじわりと手のひらに広がった時、その熱を今度は花に触れさせていく。
花の輪郭が目を閉じてもわかるようになったら、今度は花の中にその熱を移動させていく。
植物の根を通じて中にある管にその熱が入っていくとじわじわ植物がまるで自分の身体のように錯覚し始める。
そしてそのまま花弁までを体で感じ始めたら――――
「――成長」
一秒、二秒、三秒。
ドクドクと心臓の音が秒を刻む。
それに伴い、植物の方は――変化がない。
ギシッ
僅かにだがそんな音が聞こえた。
そしてまるでガタガタと震え始める。
「これは、マズイ……?のか?」
不穏な空気を察知したのか、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
勝手に魔法を使ったことがバレたら怒られる。
とりあえず、外に捨てとくか。
バレたらその時はその時考えよう。
そう思い小走りで窓を開けると、その勢いのまま花を投げようと構えた。
その瞬間手に嫌な感触が伝わった。
ゴツゴツとしたまるで岩のような何かが僕の手の中に広がったのだ。
一瞬、僕の手元が見えた。
先程の花の茎がまるで瘤のようにブクブクと膨れ上がっていくのが見える。
見るからに爆発しそうな勢いで次第にそれが大きくなっていく。
そして、手からその植物が離れた瞬間、光の速さで僕は自分の過ちに気づいた。
まるで生き物のように緑の瘤が大きくなり、僕の顔を覆うほどの大きさまで成長したのだ。
その膨らみはとどまるところを知らない。さらにもっと大きくなろうとする。
僕の視界は、そのまま緑一色になった。
※※※※
ビュウビュウと風が吹き、まるで高いところにでもいるのかと錯覚してしまいそうな寒さが体を襲う。
そして聞き覚えのある声、
「あーあー……」
パッと視界がひらけたかと思うと、僕は誰かに小脇に抱えられていた。
だらりと伸びた自分の腕がまるで人形のように白く見える。
「ッ花!花は……!」
「はぁ、君は頭良いからこういう危ないことの分別はつくと思ってたんだけどなぁ」
わけも分からずジタバタと藻掻くもまるでびくともしない。
硬い、筋肉か……?いったい誰が――
そう思うとぐいっと体を持ち上げられた。
サンだった。
ただいつものサンと違った。
怒り、の顔だった。
眉は釣り上がり、眉間にはシワが寄り、逆立った金髪がゆらゆらと揺れている。
ただそれだけでは終わらない。
蛇に睨まれた蛙のように、体の節々がピリピリと痺れ始めたのだ。
「これ、君がやったんだよ」
サンは表情を変えないままちらりと下を見るよう促す。
「な、なにこれ」
緑色の巨大な何かが森を横断するように倒れていた。
そう、例えるなら童話に出てくる……あの木だ。
森の木々がまるでミニチュアだ。
大きさが桁違い。
動悸が激しくなっていく。
「わかる?」
「君が植物に魔力を込めすぎたから無限に成長を始めてあんだけ大きくなったんだよ?」
「もし、君の魔力を感じて私が駆けつけていなかったらどうなってたか、想像つくよね?」
「う、うん」
「うん、じゃあ無いよね?」
「ご、ごめんなさい」
怖い。怖い。
何も考えられない。
睨みだけで僕は殺されてしまいそうだ。
それに、あのでかいのを僕が出したらしい。嘘だろう。
いや、でも。
否定は駄目だ、一回情報を整理しよう、落ち着こう。
深呼吸をする。
バクバクと鳴る心臓はまるでサイレンのように自分の今の状況を伝えている。
ただ一向に思考はまとまらない。
「ん、じゃあいいよ!気をつけてね?」
そんな僕の挙動を気にすることもなく、サンは体をピッタリとくっつけると頭を撫でる。
そんな運びに自然と涙がこぼれた。
よくわからない。
おそらく、安堵の涙なのか?
それに僕はなんで……いや、でも。
自分がやってしまったことと、今の情報が完結しなかった。
ただ自分が周りにとてつもない迷惑をかけた、ということだけは静かに理解した。
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