第4話 凄いでしょ?
一人で立つことが出来るようになってからしばらく経ち、もう普通に歩けるようになってきた今日このごろ、玄関前の庭の隅で密かに靄の研究に励んでいた。
趣味より先に靄を研究しているのはこの世界を知るためだから。なんて言い訳をしながら。
「ん〜、ほんとうになんなんだろうこれは」
初めて立った時と比べて明確に靄を動かせるようになってきている。
ただし、未だ火を吹くことはできていない。
一向にコツが掴めないのだ。
というか、自分が火を手から出すなんて想像がつかない。
物事においてイメージすることは重要だと本で読んだことがあるが――
常識外の場合はいったいどうしろと?
……とりあえず、手に力を込めると靄が集まってくるとこまでは良い。
そこからだ。
フィーナは確か、靄を中に留まらせてから回転させていた。
回転、コマとかがイメージに近いな。
「かいてんをくわえて、だえんっぽくなったけど」
ここからどうするんだろう。
フィーナのときは勝手に火が出ていたが。
一体どうやって?
というかそもそも回転であっているのかも不安になってきた。
本当に僕はこの謎の力を使えるのか?まだ先なんじゃないか?
「ん?」
よく見るとこの靄、端がジリジリと粉のように散っているっぽい。
もし、この靄が外的な何かであれば散っていくというのも変な話だ。
もし外からのエネルギーであればすぐに枯渇してしまう。だというのに手に残り続けるというのは納得がいかない。
じゃあつまりこれの元は……
「ぼくのからだ?」
ってことは、火を作るというのは体から出るエネルギーを変化させてできるもの?
じゃあ手から放出しているものと仮定してガスコンロみたいなものだと考えれば行けるか?
「……ダメみたいだ」
イメージだけじゃ足りないのか、はたまた別のイメージなのか。
せめて爆発するとか何か変化があればいいのにな。
本日何十回目、靄に信号を出してみる、ぐるぐる回れと。
すると手から離れ、中央で留まり、ちぎれた靄はゆっくりと回転を始めた。
徐々に徐々に歪だった靄が丸くなっていく。
そして球体になると
これ以上、早くも丸くもならない。
結果は一目瞭然だった。
「んんん……」
音もなく靄が霧散していくのを見終えるとため息を吐いた。その勢いでゴロンと後ろに寝転ぶ。
ふかふかと雑草が体を包み、体を温かな陽光が照らしてくれる。
意外と寝心地が良い。
なんとものどかな田舎だ。
「へへへ」
さわさわと頬を撫でる風、耳元をくすぐる草花。羊のようにもこもことした雲がこちらを覗く。
ああ、楽しい。もういっそこの靄の研究を趣味にしてしまおうかと思ってしまうほどに。
今まで何かこうやって夢中になれるものがなかったからそれがまた新鮮だ。
ただこれで終わっちゃいけない。
僕の目標は結果を残すこと。
それに今までの趣味探しも最初はこんな感じだった。
油断はできない。
両頬をぱちんと叩くと飛び跳ねるように起き上がる。
「よし、もっとれんしゅーだ」
――いつまで僕は舌っ足らずなんだろう。
庭に元気そうな男の子の声が響く。いい加減この高い声にも慣れたいとこだが、いかんせんもともとの声が低くて。
毎回自分の声じゃないみたいに聞こえて不気味だ。
「やっほー!ヒワ!」
「サンねえちゃん!」
サンは庭の柵に手をかけながらひらひらと手を振っている。
仕事帰りなのか目に見えて汗をかいているし、魔獣の返り血で髪が真っ赤だ。
金髪なのに。
犬のようにブルブルと血を辺りに飛ばすと抱きついてくる。
僕の首元に汗が流れた。
嫌な、予感?
「およ?何やってたのー?」
「え!?ん、んーとね……」
空中に浮いたままになっている靄の玉をサンは一瞥する。
だがすぐさま僕の顔へと意識は向いた。
「どろんこ遊び?」
「ちがう!」
「んん――じゃあ」
「魔力操作?」
サンがにやりとしたのが見える。
まるで悪いことをした子供を嗜めるような、そんな感じだ。
瞬間的にこれが何か良くなかったことなのだと理解した僕は流れ作業のまま土下座へと移行する。
なあに、前の世界でもやり慣れた行動だ、プロ並みにできる。
手を八の字にし、そこへ頭を擦り付ける。なんならその時音がなると尚良い。
「――っ!ごめんなさい!」
「ええ!?いや、なんで!?」
ゴッという音とともに鈍い痛みがおでこに残る。
っふ、見たか!
ここまでされたら許さざるを得ないだろう。
森夫妻にはこれが良く効いた。
自分よりも遥かに年下のそれも生意気そうなガキに土下座をさせる背徳感がたまらなかったんだろう。
よもやこの世界でもやることになるとは思っていなかったが。
「ちょっとちょっと!?ヒワ!?な、え、なんで!?」
「だって、なんかおこってるみたいだったから……」
「初手で土下座はいかないでしょ!?」
……あれ、もしかして選択肢をミスったのか?
おかしいな、前までこれで済んでたのに。
「ええっと、じゃあ、なんでおこってるの?」
「いや別に怒ってないよ!?」
「ただ、その」
モゴモゴと口を動かすもよく聞こえない。
「え?」
「ま、まぁ良いよ!とにかくね、私が先生になろっか?」
先生?なんの?誰の?
それに、サンが先生?ちょっと想像がつかないな。
日頃サンは元気な子供、といったイメージだし。
「ああ、ちょっと主語が足りなかったね、私は――」
「ヒワの魔術の先生になりたいんだ!」
ああ、僕の――――僕の?
「ふっふー、実はね!私はこう見えて元最上位冒険者なんだよ!」
「あ、そうなんだ」
冒険者って何?
「え?」
「ちょ、ちょっと反応薄くない?」
「そうなの?」
「いや、だってさ一応子供が憧れる職業のトップなんだけど……」
「……ぼうけんしゃってそもそもなに?」
「ええっ!?」
「村の子たちと冒険者ごっことかやったりしない!?」
「あ、待って!ヒワ一歳いってないじゃん!?忘れてたー!!!」
サンは本当によく喋るな。
一人で勝手に自己完結してるし。
結果何が言いたいのかわからないし。
……「あー忘れてたー」なんて言いながら僕の周りをぐるぐる回るのはやめてほしいな。
「コホン!冒険者ってのはね?」
「いわゆる、ダンジョンと呼ばれる危険な場所に行って色々なものを取りに行くのが仕事の人たちのことを言うの!」
「まぁ、正確に言うんなら、本当はもっと色んな冒険者がいるんだけどそれはひとまず置いときます!」
「っで!問題はここから!私はその冒険者の中で一番強いランクの人なんだ!!」
「ちなみに言うとね、冒険者は全体で数え切れないほどいるんだよねぇー!!」
ビシッとクラーク博士銅像のような決めポーズを見せつけると、えへへとはにかんだ。
やっぱりこの人顔はいいんだよな。
言動と行動が幼いだけで。
「どうどう?尊敬したくなってきたかなー?」
「いや……べつに……」
「えぇ?」
唖然として、なぜコイツは尊敬しないんだ!というような眼差しで僕を見る。
とはいっても僕は僕でそこまでサンの凄みを感じれないしな。
まぁ、嘘は言わない人だから凄いんだろうけど……親戚のおじさんの武勇伝を聞いてる時みたいな空気感だし。
「んー……」
サンは少し悩んだ素振りを見せると、僕の方に向き直った。
「よし!ヒワ!一回離れて!」
「なんで?」
「いいからいいから!」
サンは僕に離れさせながら庭の真ん中へと移動する。
そして天に片手を掲げると、ゆっくりと目をつぶった。
「――火球」
突如、閃光と突風が僕を襲う。
ビュウビュウと風を切る音が耳に入り、一度閉じてしまった目がじわじわと開く。
その瞬間僕の目にはとんでもないものが映った。
ファイアボール、直訳すれば火球、となるがサンが出しているものは決してそんなちっぽけなものじゃない。
この庭を覆うのではないかとさえ思えるほどの大きな大きな火の塊だ。
まさに太陽、それに加えこの風と光。
ああ、この人は化物だ。
瞬間的に鳥肌が立ち、膝が思わず笑ってしまう。
額には脂汗がジワリと滲む。
ただそれもすぐに蒸発してしまう。
「ってね!」
サンの一言でその火球は音を置いていくように上空へと打ち上げられた。
高く、高く。
雲を消し飛ばしながら。
その火球はゆっくりと見えなくなっていくのだった。
「どう?私、凄いでしょ?」
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