第2話 同居人ハツラツ
僕が生まれてから大体、数カ月がたった。
未だ、僕の言葉はこの人たちには伝わらない。
「だーだ、あーあ《ぱーぱ、まーま》」
「うわあぁああ、パパっていってりゅおおお!!」
「もー、そんな反応したら怖がっちゃうよ?ふふっ」
「おおい……《怖い……》」
言葉の練習でパパ・ママを発音しようとしていたら向こうが勝手に泣き喜ぶのだ。
海外の人でも無いくらいにオーバーリアクションすぎてちょっと……
ああ!そんなに抱きしめないでもらって!筋肉で硬いから!
と、思っても伝わらなかったりで中々子供って大変なんだなぁと思う今日このごろ。
……明確にこうして生きていこうと決めてから少し時間が経ったのだが、未だ情報収集なんてことはできない状態にある。
赤ちゃんの体が思ったよりも動かせないのだ。
頭が体長の半分近くあるせいか、まともに歩けない。
何かを支えにしながら立とうとしてもまだ立てない。
通常、何ヶ月くらいから立てるんだろうか。
ふと、窓の外を見る。
するとそこには黄金色に輝く畑が一面広がっていた。
「おお?窓の外が気になるの?」
ウルシアはそんな僕を見てズンズン進み、窓のヘリに僕を下ろす。
そしてそのまま肘を付くと僕と同じ方向を見つめた。
「……凄いだろ?ぜぇんぶ人が作ってるんだ」
「ま、俺の畑も中々凄いけどな?」
ポン、と頭に手を置くとそのままグリグリと僕を撫でる。
「いつか、見せてやるからな」
ここ数日、ウルシアやフィーナを見ていたがいい人だ。
ある程度放任してくれているが口を出さないわけじゃないし、僕のことを気遣ってくれているのもよく分かる。
少し、それが悲しくもあるのがちょっぴり申し訳ない。
「……?クシュンッ!」
「??クシュンッ!!」
鼻の奥がムズムズする。
「え?ヒワ?って、ああこれか」
ウルシアは僕の真左にある花瓶を取るとそのまま少し離れたところに置く。
ああ、なるほどあの花か。
「あれ、いい花だろ?」
「母さんの、エルフの里の花なんだってさ」
ウルシアは花を見つめながら懐かしそうに呟く。
ちらりと花を見る。
それは真っ白で百合のような形をしていた。
匂いは結構甘いが、そこまでキツく感じない。上品な感じだ。
まぁ、くしゃみしてたけど。
「フリュエに引っ越してくるまで母さんと結婚するなんて考えられなかったんだぞ?」
「だあぶ《そうなの?》」
「返事した!?」
「ふへへへ、そうなんだよぉ。もともと犬猿の仲だったなぁ……」
とろけきった笑顔が徐々にウルシアに戻っていく。
僅かに口角が上がり、目を細めて脳内のスクリーンから映像を見ているような表情だ。
……愛妻家なんだな。
わかっていたことを心のなかで吐く。
その顔もまた誰かの顔に重なってしまう。
……今更思い出したくないあの顔に。
気にしない、気にしない。
思考をすぐにシフトすると僕はまた植物を見た。
「結婚するとき結構反対されたんだよな」
「寿命が違いすぎるからーって」
「ただそれでも一緒にこの先を歩いていきたいと思ったんだよ」
「だからヒワも見つけてくれよ?」
ウルシアは僕に向き直ると再び笑顔になる。
フィーナは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらそっぽを向いていた。
「……ああうういぁ《……皆、凄いなぁ》」
ポロッとこぼれた言葉、それに思わず口を噤む。
駄目だ、駄目なんだ。
僕は、僕なんだ。強い子なんだ。
キリっと歯が軋んだ音を奏でる。
その時、ふと僕の視界に霞がかかった。
ほんの少し紫で、透明なゆらゆらとした何か。
それは僕の体からまるで湧き上がる湯気のように立ち上っていた。
「……えう?《紐?》」
途端に身体全体がふわふわとした感覚に包まれ、温かみが僕の体の縁をなぞる。
そしてそれが頭のてっぺんに届くと植物へと一本の線でつながっていた。
また不気味な感覚はなかった。
まるで、あの花とリンクしているような――
そう思った瞬間、思わず右手を上げていた。
すると植物は呼応するかのように少し揺れる。
左手を上げる、また揺れた。
何度か繰り返しても結果は変わらず、花は僕の動きに反応し続ける。
「おお?なんのダンスだ!!?」
「なんでしょうねぇ、ふふっ」
二人のそんな楽しそうな声が聞こえた。
今、風吹いていない。
じゃあこれはまさか、僕の動きに……?
そこまで考えた時、ドンドンっと扉を叩く音が聞こえた。
それとともに音もなく靄は消え、花も動きをピタリと止める。
急いでブンブン、と腕を振ってもそれは普通の花になってしまったのだ。
「おお!?今度は激しいな!!!!」
興奮気味にウルシアは叫ぶ。
先の扉の音で全てが消えてしまった。
一体、なんだったんだ。
あの靄と花の動きは。
グルグルと思考が回り始めたその瞬間、勢いよく扉を開けて入ってきた女性はハスキーボイスで叫んだ。
「ああー!?ウルシアさん!?仕事まだありますよねー!?」
「ふふっ相変わらず元気ですね、サン」
「私は元気が取り柄なんで!」
女性はそう言うとすかさずウィンクを決める。
「いや、まぁね……ヒワが呼んでたというか」
「まだ言葉喋れない赤子がですか!?大天才ですね!」
「サン、今のはウルの嘘よふふっ」
「な!?」
藍色の綺麗な瞳が大きく見開かれた。
入ってきたのは同居人のサン・フラウ。
どういう経緯でうちに住んでいるかはわからないが育児を手伝ったり、ときには料理を手伝ったりしている人だ。
贔屓目なしに見てもめちゃめちゃ美人だと思う。だがハイテンション。
褐色の肌に金髪、整った容姿からは大人びた雰囲気を感じる。が、ハイテンション。
だから少し怖い。
「もー!やめてくださいよ!私嘘苦手なのでわからないです!」
「いや!でも呼んでるかもしれないじゃん!?」
「もし呼べたら大天才じゃないですか!!」
「だからそうかもしれないじゃん!?」
「あらあら、ふふっ」
最初は叔母やメイドかと思ったがにしては顔が違うし、メイドっぽくもない。
まぁ僕の知っているメイドなんてそういう喫茶のものでしかないが。
「サン、今月もお金をありがとうね、助かってるわ。ふふっ」
「いえいえ!!」
「別に私達は貴方が自由にしてても怒らないのよ?」
「そんなの私が納得できないですよ!!恩もあるんで!!!」
サンはこれまた特大の笑顔を決めると、目もくれないウルシアへと歩み寄る。
「とにかく!」
「仕事に戻りましょ!」
「ええー、でもまだヒワがぁ……」
「ウル、畑が可哀想よ。あの子達も貴方の大事な子供、なんでしょ?ふふっ」
「んんんんん……」
「ほら、じゃあ行きますよ!突然家に走り込んでいったんでロウヒ爺が心配してます!」
「んんん……ヒワぁ!いつか絶対最初に話す言葉は」
「パパであってくれぇぇぇぇ……」
そう言うとウルシアはサンに引っ張られながらゆっくりと外の光へ消えていった。
……彼女とウルシアが合わさると僕にはちょっと慣れないというか……すごく疲れる。ちょっと不気味だ。
そこまでの情景を眺め、ウトウトとし始めた時、僕の中にポッと音が出るような疑問が生まれた。
そう、サンはたった今片手で、あの筋肉達磨を引きずって外に行ったのだ。
別に変な意味ではないが彼女はそこまで肉付きが良いわけではない。
確かに少し筋肉はあるように見えるが、だからといって推定100キロ超えのあのウルシアを片手でもっていけるとは到底思えない。
って、テコ?んなわけあるかい。
支点力点作用点はどうしたんだ。
むさ苦しいノリツッコミをしながらも僕は必死に思考を巡らせる。
有り得そうな話としてそういう体質だ、ということだろう。
ただそれもなんとなくしっくりこない。
そんな素振りがない。
それに僕が知っているのはあくまで元の世界での常識、そんなものが通用しない可能性も高い。
もしかしたらそういう種族の可能性もある。
んんむ。
悩みどころだ。
考えれば考えるほど坩堝にハマっている気がする。
……眠たくなってきた。
駄目だな赤ちゃん歴数カ月の僕にはまだ長時間起きる資格がないらしい。
いい加減この世界で何か出来ることを見つけたい。
もう誰も失わないよう、僕にしか出来ない何かを。
そういえば、さっきサンは一瞬腕が紫に光ったようにも見えた。
まるで僕がさっき見た靄のようなものの色だった気がする。
じゃああの靄はやっぱり僕の見間違いじゃなくて、何か外的な――――
そこでまた僕の意識は途切れるのだった。
あ、そうそう、僕の名前はヒワ・ヤークロドらしい。
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