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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第一章 喪失、また喪失

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第1話 爪痕を残す。

 真っ暗な世界の中、色のついたそれを見た時、やっぱり僕は遅かったのだと実感した。

 かつては手を伸ばせば届いたはずなのに。もとに戻ったはずなのに。


 今じゃ、空中に漂って虚ろな目で僕を見つめている。

 紐が、イスが、視線がそれを映す度に僕の首はまた締め付けられる。


 たった一つでも何かを変えていれば、この結末は変わったのだろうか。


 それはわからない。

 ただ後悔だけが虚空に残って、その漂った何かに息を吹き込む。

 途端にそれの口が少し動いた――


「助けて」


 ――苦しそうにくぐもった声が、響いた。


 何も無い虚空に。

 ずっと。


 目を開けると見覚えのない天井が広がっていた。

 いつもの僕の家ではない。

 木で出来た茶色の天井に顔のように見える木目が数個。

 それに加えランタンのようなものがぶら下がっていた。


「はぁ、はぁ……」 


 ただそんなところを見ているほど余裕がなかった。


 バクバクと鳴る心臓に全身から吹き出した汗、浅い呼吸。

 あの夢のせいだ。

 あの夢のせいで毎朝、こうやって嫌な気持ちで目が覚める。


 いや、落ち着け僕。

 とにかく一旦深呼吸だ。






 ……汗で濡れた寝間着にうんざりしながらも、とりあえず身体を起こそうと手を伸ばす。

 しかし、手は地面につかなかった。


「?」


 というよりも、手に違和感が……


 そう思い、ゆっくりと視線を落とした。

 するとまるでミルクパンのような大きな手が見えた。

 赤ちゃんのような見慣れない手だ。


 そこまで情報を処理した僕は、引っかかった部分をもう一度見返した。


 そう、本当なら僕の視線の先にはいつもの手があるはずだ。


 ……ん?


「ミッ!?」


 しかし、何度確認しても手はミルクパンのまま。


 一体何があった?

 僕の手は何処に行った?


 困惑と疑問が瞬間的に脳を駆け巡り、答えを探す。

 けれども問ばかりが浮き上がるだけで。


 結果的に何か異常が起きている、という漠然とした情報だけを飲み込んだ。


 ……何か、自分の身体を確認できる物があれば良いんだけどな。

 そう考え、方法を探しているうちにとあることに気づいた。

 窓だ。

 どうやら窓際のベッドに僕はいるらしい。


 ああ、太陽の光が差し込んでいる、だから起きた時あんなに汗をかいていたのか。 



 窓には白く磨かれた綺麗な花瓶が置いてある。


(あ!これだ!)


 

 姿を確認できる物を発見した僕はジリジリと近くまで行くとその花瓶に映った自分を――



――――……赤子だった。



 キョトンとした顔をして、けれど全く視線を外さない。

 首を少し傾けてみる。

 すると映った赤子も同じように首を傾けた。


 僕の行動を全部その赤子が真似している。


 ということは、僕は赤子に成った……のか?



 もし、そうならばなんとなく色んなことが繋がる気がする。

 寝る前にみたあの男女は両親、木造の部屋がやけに広く感じるのは身体が小さいから。


 納得はできる、が心が追いついてこない。

 結論が出たというのに、やっぱり靄がかかり続けている。



 ただ視界の隅に度々映るミルクパンでもう駄目だった。

 動かそうと手に信号を送れば送るほど現実が見えてくる。


「起きてる!起きてるよ!」

「ああ!?う!?《いや!?ちょ!?》」


 しばらくその手を見ているとあの男性と女性が部屋に入ってくる。

 そして嬉しそうに僕を抱えた。

 ふわりと香ばしい匂いがした。


「よしよし、あー……泣ける。僕、泣けるよ」

「もう、大げさね!」 


 男性は優しそうな顔をしている、メガネを掛けたらガリ勉だとからかわれそうな雰囲気、でもはち切れそうな大胸筋が薄地の服の下に見えている。


 女性は女性で緑髪で地味な雰囲気だが確かにきれいな顔立ちをしているが、耳が――

 ――尖ってる?


 どういうことだ、生まれつきのものか?

 そう思い、もっと近くで確認しようと藻掻く。

 けれど男性の硬い胸筋に手が弾かれた。


「おーおー、別に取って食おうとしてないよ、あー……泣きそう」

「ふふっもう泣いちゃえば?」

「いや!泣くのは流石に父になる身として避けたいぃぃあああーー」

「泣いてるじゃない、ふふっ」

「ずっと欲しがってたものね」


 だばーっと滝のような涙を流しながらその大きな手で僕の頭を撫でる。

 女性の方はケラケラとした笑いをしながらもこちらを温かく見守っていた。

 この人たちに敵意はない、らしい。あったらそもそも抱かないだろう。


 そんなことを考えていると彼は静かに僕を下ろした。

 そして近くにあった麦わら帽子を手に取る。


「よ、よし、じゃ、じゃあ僕は、畑に!!」

「はーい、いってらっしゃーい!ふふっ」


 ドッタドッタと足音を踏み鳴らし、その勢いのまま飛び出ていく。


 まるで嵐のようだったな。


「おー?びっくりしたのかな?」


 ほんの少し高い声で彼女は僕に話しかけてくるとすぐさま僕は彼女へと視線を向けた。 

 彼女は微笑みながら顔を近づけ、そのまま頭を優しく撫でた。

  優しく、子守唄を歌いながら。


 ふわりと花の良い香りが漂い、スリスリと優しく撫でているその手からはほのかに温もりを感じる。



 ほんの一瞬、声と匂いが変わった。



 ……ああ、泣いてしまう。


 それを察知した僕はミルクパンに精一杯動けと命令を出す。

 ノロノロとしながらもそのパンは彼女の手に当たった。

 けれど彼女は嬉しそうに


「あら?何、もっとやってほしいの?ふふっ」


 違うんだ。

 どかしたいんだ。

 もう。



 そうだ、別のことを考えよう。

 せめてそれでこの気分を一回落ち着かせよう。

 わかっていることを整理するんだ。


 小さな口からため息を吐くと、ゆっくりと目を瞑った。


 わかっていることは非常に単純なものばかりだ。

 僕は赤子に成った。

 場所は日本じゃない。

 彼らはおそらく敵じゃない。


 何より、僕はもともと高校生だった。これが一番重要だ。


 要するにこれが超常的な何かが起きたということにほかならないのだから。

 ただ、時が戻ったというわけでもない。

 そのうえで、あり得ることとしては――――

 転生、だろう。


 現に、今の僕は子供になっているし、一番納得がいく。


 でも、そうか。

 転生か。しかも赤子に。

 わけがわからない。


 大きな手と頭、花瓶に映っている全体像はやっぱり子供だ。





 その姿を見て。

 ふと昔の僕に重なった気がした。

 そして気付いた。



 僕は、()()()()()()()()のか?


 心に針が刺さったような微細な痛み。

 それがそのまま空の器に落ちていく。

 そして僅かな熱が僕を包んだ。


 何故だろう、この感覚を僕は知らない。

 けれどきっと何か大切な感覚だということはなんとなくわかる。


 落ちてしまった針をどうにかして取ろうとしてもそれは底に残ったまま。

 チクチクと僕を刺す。

 心がまるで靄にかかったようだ。


 静かに彼女の手が離れる。

 何かを話しかけていたようだが、徐々にそれも遠くなっていく。


 胸の奥を何かが圧迫する。

 呼吸がしづらい。


 それに加え、じわりと痛みが大きくなっていく。

 広がって、熱く燃えて。

 頬にはいつしか水が溢れた。


 《何故泣く?》


 そんな言葉が聞こえた気がした。

 僕とは全く違う、高くて子供のような声だった。


 質問に答えられない。

 何か言いたかったのに、言葉が上手くまとまらない。


 《お前は何がしたかった?》


 続けてそんな言葉が頭の中を木霊する。


 ……何かに夢中になりたい。

 そして何か――――


 《結果を残してみたかったのか?》


 ――――いや、違うな……


 ――――誰かの心に残りたい……要は僕は



 僕が生きた証、爪痕を人に残したかった。

 誰かの生きる理由になりたかったんだ。

 




 気づくのがもう少し早ければ。

 足も、心も、感情も。

 全部遅かった。



 その時、おでこに唇の感触が触れた。


「ふふっ悩んでみるみたい、可愛い」


 目を開けると、あの女性がただでさえ細い目を一層細めて、優しく笑いかけていたのだ。

 それのおかげかゆっくりと、見えていたはずの靄が、暗闇が晴れていく気がした。



 本当であればもう遅いはずだった。

 でも今僕は赤子となってここにいる。

 そしてこの人達がいる。


 僕をちゃんと視認して、普通に関わってくれる人が。

 この世界にはいるのだ。


 僕は一人じゃない。




 ――ズルだ。

 特に何かをしたわけでもない。善行を積んだ訳でもない。

 こんなのあまりにもズルだ。


 でも、いやだからこそ――――



「あうあだ、だーぶばあだ《探そう、夢中になれるものを》」


 小さな、この手この身体で。

 今度は誰も失わない。

 誰にも失わせないんだ。

面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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