第23話 出来ることをするんだ
泣きながら僕はしばらく、フィーナとの会話を楽しんだ。
それはそれは楽しそうに僕と話すフィーナは、やっぱり少し疲れているのがわかった。
目の下には深いクマがあったし、それこそ頭は常にフラフラと動いていた。
僕のことが気になって寝れなかったんだろう。
それほどまでにフィーナは僕を心配していた、ということがひしひしと伝わってきて心が痛くなった。
「起きたか……!」
フィーナがうつらうつらと僕の眼の前で意識が飛びそうになっていたその時、ウルシアが部屋に入ってきた。
慌ててシャキッと背を正すフィーナ。
その姿が愛おしい。
「……心配したよ、ヒワ」
「……ごめんなさい、父さん」
そう言うと、ウルシアは何も言わず僕を抱きしめ肩を濡らす。
その姿にまた僕は泣きそうになる。
が、僕だって男だ。流石に泣きたくは――
「ごめんなさぃぃ……」
泣いた。
……なんだか、こういう涙もろい所がウルシアと少し似てきたような気がする。
まぁ、良い。
これもまた、成長している証拠だろう。
ふふっ。
嬉しい。
「ん?どうしたヒワ?」
そうやってしばらく家族全員で抱き合っていた。
――帰ってきてくださいよ――
その言葉を思い出すとあの情景が頭をかすめる。
「……父さん」
……ずっと違和感はあったのだ。
あるはずのものが無いようなそんな違和感が。
そして、僕はその違和感を口に出す。
「――ルーカは?」
まず真っ先に気づくべきことだった。
あんなに家から出る時心配していたのに何故起きた僕の元へ来ないのか。
僕のことが嫌いならまだしも、ルーカはそこまで嫌ってるような素振りを見せていないし。
沈黙が鳴る。
心拍の音が反響する。
そして次第に二人とも顔から笑顔が消えた。
「……あのね、ルーカはね……そう、隠れてるだけ、なのよ……」
先陣を切ったのはフィーナだ。
目は伏せがちに、僕の手をギュッと握った。
……なんで、嘘をつくんだよ。
「フィーナ、無理だよ」
ウルシアが優しく声をかけた。
「わかってる、君がしたいことは」
「でもヒワの顔を見てみなよ」
「きっと、ヒワはもう……」
そう言いながらウルシアはフィーナの肩を抱き寄せる。
そしてそのまま僕の方を見た。
「……ゴメンな。俺達は、お前の親なんだ。だからヒワが勝手に行動してしまいそうな、そんなことは、教えられない」
「足掻かせてもらうよ。親として」
これまた力強い一言が僕の体にズシンと響く。
ウルシアの言いたいことはわかる。
きっと僕は、もし二人から教えられていたら今すぐにでもここから飛び出すだろう。
でも、二人がすぐに教えてくれないから、少し落ち着いて物事が整理できる。
頭を冷やせ、僕。
「……わかりました」
少し、息を吐く。
そして目を閉じて今までを思い返し始めた。
何故、あんなオークが現れたのか、何故あんな気象異常が起きたのか、ルーカが消えたのか。
それに加え、カナルが最後に呟いていた「老いぼれが逃げ腰だと言うのに」という言葉。
どれもが、一つの道筋を照らしているような気がしている。
もしとある黒幕がルーカともカナルとも関係ないなら、いくら一人で家にいたからとルーカが消えるのも変な話だし、カナルが「どうすればいい?」なんて言う意味もわからない。
したがってルーカとは確実に関係がある、それに加えカナルとも関係がある人物。
そうなると、もはやそれは一人しかいない。
ラビホッグの森で研究をしていて、ルーカの父親である人物だ。
そう、名前は確か――
「――ジャグーラだ」
その人にルーカはなにかされたんじゃないか?
僕の一言を聞いた二人は面食らった顔をしながらも強気に言い返す。
「……言わない、絶対に言わないから!ヒワ!」
「俺も、フィーナと同じ気持ちだ!ヒワ!」
二人の気迫に、思わずビビってしまう。わけも分からずに今すぐ泣いてしまいたい、そんな衝動に駆られる。
ただ、その瞬間出会った時のボロボロだったルーカを思い出した。
痣だらけで、傷だらけで、プルプル震えているのに目の奥底にはまだ――
諦めていなくて。
「……父さん、母さん」
「僕は、親不孝者だね」
包帯で巻かれた右腕を上げると、じわじわと魔力を体から放出しとどめ始める。
同じように左腕もやってみる。
ああ、良かった。
この靄が出せるということは、少なくとも腕は大丈夫、しっかり神経がつながっている。
どういう原理かわからないが、どうやら元に戻っているらしい。
それを確認すると、即座に留まっている靄を回転させた。
即座に体がふわりと浮き、体が軽くなる。
「ヒワ!」
フィーナが泣きながらも手を伸ばす、けれど僕はその手を取らず、そのままベッドから降りた。
ズンと乗っかった重みでビリビリと体中が痛む。
身体強化魔法をかけても痛い、やっぱりよっぽど無理してるんだな。
まぁいい。
「……」
ウルシアは何も言わなかった。
ただ悟ったように、目をつぶって眉間にしわ寄せていた。
「やだ!やだぁぁ……!!」
フィーナの泣き声だけがその場には響く。
けれど……僕の腹積もりは決まっている。
ルーカを助ける。
もう二度と、彼女に死にたいなんて思わせない。
僕は、彼女の手を取りたい。
「……僕はルーカも大切なんだよ」
「うう、やだ、やだぁぁぁぁ…………」
フィーナは半狂乱になりながら、ウルシアの手から抜け出して僕の服の裾を掴んだ。
「もう、もう、無理なの!」
「もう、貴方が死んでないか毎日毎日考えるのなんてぇ!!」
「嫌だよぉぉぉぉぉ……」
言いたいことはあった。
けれどフィーナの顔を見たとき、また何も言えなくなってしまった。
それほどまでに、母さんにとって僕は大切なんだろう。
僕にとって元の世界の母が大切だったように、ただそれだけが重く伝わって僕の体にのしかかる。
「母さん」
でも、ルーカは大切な人だ。大切な人をみすみす見殺しになんて出来ない。
「父さん」
そんな気持ちがせめぎ合っている中、ふいに僕はあの言葉を思い出した。
元の世界の母さんと死ぬ前に交わした最後の会話、特にその単語を。
僕はフィーナの顔を見て、静かにその言葉を告げる。
「愛してるよ」
絶対に生き残って、ルーカを助ける。その上で僕は生きてみせる。
その決意を胸に、もはや力なくうなだれたフィーナを尻目にしながら僕は部屋を後にするのだった。
※※※※
ヒワが行ってしまった。
ただその事実が俺達の体を鉛のように重たくさせた。
ジメジメとした空気に、呆然としたまま固まっている妻。
開けっ放しになっているドアには風の通りがない。
それが親として何もやれなかったという空洞を作り出していた。
「……ああ、ああ」
妻も何かを言おうとして、何も言えないようだった。
――愛してるよ――
……初めての言葉だった。
親として出来たことは何一つ無いのに、それなのに。
息子は、ヒワは、愛してくれていたのだ。
どう考えても何も出来ない親だというのに。
「……クソ」
止められない。
ヒワはもう止められない。
サンとの修行で培った剣戟に魔法、仕事でついた知恵、きっと俺達は造作もなく倒される。
つくづく、俺は親に向いてない。
息子の手本になることも出来ない。
ダメ親父だ。
なぁ、ヒワ。
俺はこのままで、良いのか?
――――んなわけねぇだろ。
馬鹿か。
思わず、俺は正面を見る。
そこには確かに何も無い花瓶があった。
きっと、出来ることは少ない。
けれどしない理由はない。
「……フィーナ」
「何か、出来ることをしよう」
なぜなら俺達は親だから。
花瓶に花を生けるように、水を注ぐように。
何なら種を花瓶の近くに置くだけでも良い。
「ヒワは絶対に帰って来る」
「その間に出来ることをするんだ」
「あいつのできないことをするんだよ」
俺の腹づもりは決まった。
ヒワ。
俺もお前を愛している。
静かに灯った決意に突き動かされ、フィーナの手を取ると俺は一歩を踏み出した。
この行動が間違いでないことを確信しながら。
牛歩のごとく。
お久しぶりです。しばらく忙しくて、中々更新できてませんでした(泣)
それと、そろそろストックが切れるのでしばらくは週一更新になります。
読んでくださる方にはいつも感謝ばかりです。ストック補充頑張ります。
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