第24話 今、手を取るよ
鬱蒼と茂った木々の隙間をすり抜け、僕は湿った地面を踏む。
ぐにゃりとした嫌な気配と、吐き悶えそうになる身体を必死に抑えながら。
落ちそうな意識を何度も何度も痛みで戻す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ルーカが家から逃げてきた時に通った場所であり、カナルの話からジャグーラの研究施設もある場所、ラビホッグの森。
元僕の職場。
もしこの二人が話していた人物が同一人物であるとすると、まず間違いなくルーカはこの森にいる。
確証があるわけではない。あくまで推測だ。
けれどソレは僕を走らせるのに十分だった。
だから走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
けれど視界の端が白くなって来た頃、僕の身体は限界を迎えるように倒れてしまった。
足の力が抜けたのだ。
「うぐっ……」
ゴロゴロと転がり、落ちていく勢いとともに身体は泥に塗れ、木の根元にぶつかると体中を痛みが走った。
「ううううう………」
ビリビリとまるで稲妻が走るように体が痛む。
特に右腕は痛い。
視界がグルグルする。
走れど走れど目に映るのは木だけで何も見つからない。
ルーカは大丈夫だろうか。傷ついていないだろうか。
今、僕がこうしている間に。
ルーカは。
「立たなきゃ……」
そう思うと休んでなんかいられなかった。
ゆっくり体を起こすと、視界はゆっくりと廻った。
そして気がつくとまた僕は倒れていた。
「立たなきゃ……立たなきゃ……」
家からずっと飛ばしてきたのだ、そりゃ体は疲れる。
こんなに走ったのはサンが村を出た時以来だ。
そうわかってはいる。けれど自分では止めることは出来ない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
体に走る痛みが、徐々に激しさを増していく。
そして呼吸が浅くなっていく。
それでも、動かねば。
何も出来ないのなら、フィーナの思いもウルシアの覚悟もすべて無視して出てきた意味がない。
走らねば。
前を向かねば。
生きて帰るにもルーカがいないんだったら。
死んだほうがマシだ。
だったら、死んででも――
死んででも……
そう言葉を思う度、何度もフィーナの顔が浮かぶ。
…………
「ああ……」
駄目だ。
視界が暗くなっていく。
まだ、僕は……
そう意識を保とうと舌を思い切り噛んだ。
けれど意識は落ちて浮かばない。
何度も、何度も、何度も噛む。
けれどその度、ただ痛みが激しくなって、より一層視界が暗くなるだけだった。
動かなければ、動かなければ。
そう心で反復しながらもただ必死に意識を保とうとする。
鉄の味が強くなる。
意識が遠のく。
それでも僕は、動くことを望んだ。
僕が成すべきことを成すためには、そうするしか無いと思ったから。
その時だった。
――――《馬鹿か、お前》
また、子供の声が聞こえたのだ。
《フィーナはなんて言ってた?》
《お前が苦しんでもいいなんて言ってたか?》
《お前が死んでルーカが帰ってきたら嬉しいなんて吐いたか?》
子供っぽい印象受ける高い声、度々聞こえていたあの声のようだった。
けれど今回は違う。
声自身に意識があるように僕に話しかけてきている。
思えばいつもコイツは僕が苦しんでいる時、現れた。
それは一体何故なんだ?
今、僕が無理にでも体を動かそうとしていることと関係があるのか?
そんな疑問が体を駆け巡る、けれどそんな声はお構いなしに話を続ける。
《良いか、お前》
《死んでも、って言葉はあまりにも無責任なんだよ》
一瞬、思考が止まった。
確かにそのとおりだと、思ってしまったからだ。
けれど、それを認めたくなかった。
まるで、今までの僕を否定されたような気がして。
なんとも言えない感情に口が乗ってしまったのだ。
(……わかってはいるんだ。でもそれじゃあ僕は足りないと思うんだよ)
しかし、謎の声は止まらなかった。
《いや、わかってねぇな》
《わかってんだったらその言葉は出ねぇよ》
《お前はまだ自分が犠牲になろうって考えてやがる》
《でもって死んじゃいけないってのも守ろうとしてやがる》
《本当、要領悪ぃな》
何かが貫かれたような感覚だった。
けれども悪くない。
ううん、寧ろ温かい。
ただ、僕はそれを素直に受け取ることが出来なかった。
頭では理解しているというのに、否定が口をついて出てしまった。
(……でも、それじゃあルーカを諦めることになってしまう)
(僕が頑張るだけでルーカは帰ってくるかも知れないのに)
(だったら僕が苦しんでも――――)
《生きたいんじゃないのか?》
……
《俺は生きたいね。お前と違ってな》
……
《逃げるな》
《足掻け》
《楽な道を探すな》
《生きて帰れ、皆のためにも》
《お前自身のためにも》
《俺のためにも》
《お前はそういう道を選んだんだろ?》
謎の声はそれ以降、声を上げなかった。
けれども、その声の言葉は僕の耳に引っ付いて離れない。
じわじわと、その言葉の意味を噛みしめるように、反芻する。
……ふと、目を開けると、木々の隙間から暖かな光が僕を照らしていた。
あれだけ、苦しかったはずの体の痛みもほとんどなくなっていた。
ポカポカとした温かみが僕の体を穏やかに包み、思わず僕は起き上がった。
……簡単なことだった。
僕が傷つけば、フィーナは悲しむ。
たったそれだけのことだった。
だというのに、僕はルーカを探すことに囚われ、また傷つこうとしていた。
それしか選択肢がないと思っていた。
あの覚悟がすぐに揺らいでしまった。
それが一番楽だったから。
でも、違うんだ。
僕もルーカも大切な人にすでになっているんだ。
怪我をしたら悲しむ人がいる、それを僕はさっき、フィーナたちから学んだはずだろ?
……なぁ、馬鹿野郎。
今度は落ち着いて考えられるか?
誰一人、傷つけることなくルーカを助ける、そんな夢物語の実現方法を。
「……本当、何だったんだか、あの声は……」
「いや、でも今は良いか」
僕はゆっくり立ち上がると、しっかり息を吸った。
周りにある空気をすべて吸うように。
そして、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
全力で叫んだ。
一つ、色んな記憶が脳裏に浮かび、吐き出される。
二つ、ルーカの言葉が遠くから聞こえてくる。
三つ、そして過去の僕自身の顔が見えた。
「はぁ、はぁ、ぜぇぜぇ……」
そしてその絶叫はすぐに息が切れて止まった。
あたりの木々はざわざわと揺れ、鳥は空へ飛んでいく。
そんな風景を見ると、僕は一度目元を拭う。
「よし」
「行くか」
過去の僕、きっと大丈夫だ。
もう、自分が犠牲にならなくても大丈夫。
そういうふうに、教えてもらったんだ。
だから。
そうやって僕はまた一歩を踏みしめる。
こんどは迷いなく。 稲妻のように。
そしてもう一歩踏み込んだ。
※※※※
森を縦横無尽に駆け巡り、もはやフルスピードのラビホッグにまで迫るほどの速度を保ったまま、気づけば僕は森の大半をすでに探し終えていた。
ラビホッグのフルスピードは大体70キロほど、自動車並みのスピードを出すことで広く知られている。
それに追いつける時点で僕もかなり人外なのかも知れない。
ただ、恐ろしいことにサンにはまだ届かない気がする。
いやはや、やっぱり僕の師匠は凄いな。
なんて軽口を叩きながら。
川を越え、ちょっとした崖を越え、ただひたすらに怪しいところを探し続けた。
(ん…………?)
一瞬、僕の視界に魔力が映った。
それもかなり大きなだ。
思わず立ち止まった僕はそれを確認するために目に力を入れる。
しばらく、観察をする。
植物の中には魔力を貯めるものがいるからだ。
もしかしたらそれの群生地が近くにあるのかもしれない。
しかし、その魔力はかなりの数が集まって出来たものだった。
微量なものから大きなものまで。
その大きさは様々だが、少なくとも植物ではない。
ということは、考えられるものとしては。
「魔獣が……集まってる?」
確かに先ほどまで、魔獣を見かけることはなかった。
ただそれは村付近に近づかないようカナルがかけていた魔法によるものだと思っていた。
だから魔獣はおろか、小動物ですらあまりいなかったのだが……
……おかしいと思うべきだった。
木々のざわめきしか、耳に入らないことを。
いくらなんでも静かすぎる。
襲ってきたゴブリンを拳で返り討ちにしながらも、僕はさらに暗い森の奥へと視線を向ける。
こんな森は見たことがない。
明らかにおかしい。
そう直感した僕はすぐさま足に力を入れる。
「……もっと奥へ……!」
大地を蹴り、すぐさま僕の体は暗闇へと吸い込まれた。
暗闇の中は混沌としていた。
いろんな魔獣のうめき声が聞こえ、その度かなりの速度で魔獣が僕に向かって突進してくる。
一方、僕はそれを一通り交わしながらも前へと進み続けた。
あるときはラビホッグ、あるときはゴブリン、あるときはオーク。
あるときはスライム、あるときは……
とにかくひたすら僕はその身一つで交わし、対抗した。
「……魔獣が多すぎる」
暗闇にも目が慣れた頃、僕はそうつぶやいた。
回避した回数だけでもすでに二十回以上。
それだけじゃない。
避けきれず攻撃に転じた魔物の数もすでに十回以上だ。
すでに何箇所かは服がほつれ始めている。
フィーナに怒られそうで、中々怖い。
それにしてもなぜ、こんなに魔獣がいる?
通常、森はこんなに荒れてなんかいないはずだ。
むしろもっと穏やかで、ピクニックも出来るくらいのはずなんだ。
これじゃあサンの話にあったダンジョン……そう、まるで宝物を守る魔獣たちのような。
まさか、これもジャグーラが?
一瞬そんな思考がよぎるが、僕は思わず首を振る。
ありえない。
魔獣を意のままに操ることなんて……
それに魔獣は犬や猫じゃない。
賢いものは賢すぎるし、悪すぎるものはとことん悪い。
中間はいない。
じゃあ、なんで集まって……?
……いや、今は考えないほうがいいか。ノイズだ。
とにかくもっと奥へ行ってみよう。
次第に、僕の意識は奥へ奥へと向いていく。
そしてある時。
「うわっまぶし!!」
突然視界は開けた。
「……赤い、屋根?」
木々の開けた場所に、ボロボロの館が一つ。
白かったはずの外壁には色々な植物が絡み、剥げさせている。
窓ガラスなどは割られておらず――――
ドアの前にはつい最近開けられような跡が見えた。
人の痕跡があることを確認した僕はすぐさま目に力を入れる。
「小さな、魔力と……大きな魔力……?」
館の中には子どもと、大人が持っているような量の魔力がそこには漂っていた。
そして、その小さな魔力に僕は見覚えがあった。
そう、ルーカだ。
「ルーカ、生きてる……!」
立ち上るかのような魔力の形、僕が最後に見たルーカの魔力そのままだった。
間違いない。
ただ、少し変なのは魔力の形が歪だったことだ。
もしかして、ジャグーラに何かされたのか……?
いや、その考えも命取りだ。
余計なことは考えるな。
今はただルーカを救うことを第一にする。
「ふぅ……」
うちに上がりかけていた怒りを一呼吸置いて収めると、僕は近場の草陰に隠れながら、目を閉じた。
せめて目を閉じて怒りを思考で塗り替えようとしてのことだ。
少なくとも、ジャグーラとの戦闘は前提条件だ。
わざわざ連れて帰ってきたんだ。
ルーカはかなり重要なのだろう。
ということはルーカを助ける際にバレれば戦闘はまず間違いなく起きる。
出来ることなら、避けたいものだが……
さて、どうしたものか。
ちらりと僕は自分の今の状態を見た。
体の痛みは不思議なことにもうほとんど無い。
嬉しい誤算……だが。種も剣も持ってきていないことがかなり問題だ。
魔獣のようなある程度攻撃パターンを理解しているものを相手するならまだしも、人なら話は変わる。
出来ることなら万全の状態で挑みたいところ。
今の僕じゃ、一撃もらっただけでも瀕死になりかねない。
けれど、それまでルーカが無事なのかどうかもわからない。
そもそも僕はそこそこの期間寝ていたようだし、もしかしたらルーカはもう瀕死寸前かも知れない。
そうなると答えは一つ。
今、突撃して救うしかない。
……危険ではある。
それは完璧に理解している。
ただ、今は時間が無いか有るかわからない。
だったら行動するべきだろう。
もし数時間経って戻ってきたとして、生きていないのなら全く以て意味がない。
「……館に入ってみるか」
恐怖はある。
だけれど、それが足を止める理由にはならない。
目を開けると、 頬を叩いて気合を入れる。
僕の目標はルーカを助けること。
そして――――
――――かすり傷の一回も攻撃を受けないこと。
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よかったら是非!!




