第21話 トラウマ
燦々と照りつける太陽の下、からりとした風が髪を撫でる。
日課であった森の警備の仕事を止め、数日がたった。
今までは仕事のついでに種などを集めたりして暇を緩和させていたのだが、突然暇になったためしかたなく庭で魔法や筋肉のトレーニングをすることにしたのだ。
種自体ももう数えられないほどあるしな。
そのトレーニングに興味を示したのかルーカは僕のその風景を眺めていた。
見たところルーカには常に魔靄が漂っていて、魔法は使えそうにも見えた。
けれど本人は出来ないと言って頑なに使わない。
あまり深く突っ込んだことは無いが色々あったのだと聞かないことにしている。
今は一刻も早く父親のことを忘れさせてルーカの日常を優しいものにしなくては。
そう思ったからなのかルーカを守りたい、という欲求も少し強くなった気がする。
このなんとも言えないむず痒さと暖かな気持ちが何かわからないが。
ちょっと恥ずかしい気がする。
「結構身体、筋肉質なんですね」
「ん、まぁ年がら年中走り回ってたからね」
「最近じゃ、むしろ鈍ってしょうがない」
「でも、植物の種を集めてたじゃないですか」
「それだけじゃそこまで疲れないんだよー」
「今もポケットいっぱいに入れてますよね」
「フィーナさんキレますよ」
「ははは……」
ルーカは窓から僕の身体を見て、微笑んでいた。
意外と筋肉を見るのが好きらしい。
サンとは中々気が合いそうだ、あの人は何故かボディービルのポーズを開発していたからな。
遠くの記憶にポーズをとった筋骨隆々のサンが映る。
「私も筋トレしようかな……」
その直後、彼女はそう言いながら二の腕をつまんだ。
途端にサンの顔が変わり、ルーカへと移行……
この思考はやめよう。
ちょっと将来が怖くなってきた。
「別に無理してやるものでもないよ?」
彼女の肌は前見た時よりか色が明るい。
回復傾向にあるのが見て取れる。
やっぱり当時のあの怪我や病的なまでに白い肌は彼女にとって如何にあの場所が壮絶だったかを物語っていた。
「いやいや!結構楽しそうじゃないですか?」
「こう、筋肉が限界を迎えて悲鳴を上げるあの感じ……」
……うっとりとした表情。
マズイ、あのイメージのサンに近づく。
嫌だよ?将来僕よりデカい筋肉持ってるの。
僕があまりにもなさけなくなるじゃないか。
「……ルーカの方こそMなんじゃないの?」
「違いますって!」
そう言うと二人で顔を見合わせ笑った。
彼女がただ笑ってくれている。
それだけで心の靄も少しは晴れてくれている気がした。
「ん?」
そんな中、ポツポツと雨が顔に当たる。
最初は一粒二粒程度だったが次第に数は増え始め、気がつくと視界が塞がるほど雨が振り始めた。
「雨です!」
「ヒワさん、早く家の中に――」
「――ヒワさん?」
「何か、変だ。この雨」
僕が変に思ったのはまず植物からだった。
植物の中には雨を感知する種がいる。
それを花壇に植えていたのだが、まったく反応がなかった。
雲だってさっきまではこんなにも多くなかったし。
何より、雨だというのにその滴が少し濁っている。
ほんの少し灰色が混じったような。
――――似ている。
あの二人が亡くなった日に。
「……少し、家で待っててくれない?」
「父さんたちを呼んでくる」
「……ちゃ、ちゃんと」
「帰ってきてくださいよ!」
「うん、絶対帰って来るよ」
ルーカの不安そうな顔を尻目に足に靄を絡ませる。
そしてすぐさま体には浮遊感が。
「行ってくる」
「気をつけてね」
大粒の雫を弾き飛ばし、僕は今走り出した。
火の粉は出なかった。
※※※※
家を飛び出てから、ほんの少し目まぐるしく変わる景色の中、僕は違和感を覚え続けていた。
やけに、人がいない。
過ぎていく景色には大きな畑ばかりが映っている。
……それにずっと嫌な予感がし続けている。
僕の予感はこういう時、当たりやすい。
ウルシア、フィーナ、無事でいてくれ。
「っ!」
その瞬間、ウルシアの畑のうち、一つに倒れている人を見つけた。
心臓から嫌な音が鳴る。
瞬間的にブレーキをかけるとそのまま飛び上がり、その人の元へと降り立つ。
ウルシアではない。フィーナでもない。男の人だった。
「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!!?」
だらりと伸びた腕、苦痛に歪んだ表情、手首を確認すると脈はある。
だから大丈夫、落ち着け、僕。
バクバクとなる心臓に手を置き、ゆっくりと息を吸う。
あんなことにはまだなってない。
「何があったんですか?話せますか?」
「うう、うう……」
とりあえず、どこか雨宿りできるところに――
「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
「なんだ――――」
後ろからその言葉が聞こえ、振り返ると。
突如、僕の体は宙に舞った。
痛みよりも衝撃が凄く、何が起きたかわからないまま地面へと僕は叩きつけられる。
「ウッ!!!」
幸い、畑の真上に落ちたから致命傷は避けたが。
体中から湧き上がる汗と、どくどくと脈打つ心臓が異常を知らせる。
顔に落ちる雫、それとともにズンズンと何かが音を立てて近づいてくる。
これはまずい、何が来るかわからない。
咄嗟に近くにいたあの人の腕を握ると。
「成長!!」
ポンっという音とともに僕の体とあの人の体はまた宙に投げられる。
けれど今度は違う。
瞬間的に抱き上げるとそのままクルクルと回る。
そして着地するとしっかり相手を見据えた。
ズキンと足が痛む。
次第にそれは体中に走り、ガクガクと膝が笑った。
「っうううう!!!」
「くッ、ごめんなさい」
脇に苦しむあの人を真後ろの畑へ投げる。
申し訳ないが、この人に構っていられる余裕がない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
静かにポケットに入れた種を掴む。
図鑑で36ページ、散弾種の中でも一番手に入りやすい。
「スナノキ!」
近距離での威力が最も高い攻撃できる植物。
種目の通り散弾銃のように種を撒き散らすのが特徴だが、かなり溜めが必要だ。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォ」
茶色の獣が雄叫びを上げると、鼻息で煙を作る。
ザリッザリッと足を引きずるような音が耳にへばりつく。
「……オーク」
豚のような鼻、ガタイの良い身体にそぐわない真っ白な羽。
どう考えても通常のオークではない。
それに金色じゃないことからボスでもない。
変異種?上位種?だとしてなんでこの村で発生した?
オークなんてそもそもこの近くでは発生しないものだぞ。
サンはもっと北の国の魔獣だと。
「何が起きてるんだ」
おそらく、さっきの人もいきなりオークに突進されて動けなくなったのだろう。
いくら筋力があってもあんな不意打ちじゃどうしたって無傷は不可能だ。
「ブモォォッ!!」
オークは黒目のない目で僕を見つめ、そのまま飛び上がると拳を振り下ろす。
「成長!」
畑の植物を成長させるとそのまま避ける。
そして今度はオークが元いた地点へと降り立つ。
オークは基本機動力がない、はず。だから今みたいにずっと視界に抑え続けていれば基本遅れを取ることはない。
ただ――
ちらりと先程までいた場所に目を配る。
ぽっかりと穴が開いていた。
「馬鹿力が」
瞬間、底でオークは咆哮をする。
「ガアアアァァァァァ!!」
思わず耳を塞ぐ。
声に魔力を乗せた――魔法だ。
高音でモスキート音に近い何かが穴に反響し、空気がビリビリと震えた。
視界の端がチカチカと白く点滅する。
食らった、ほんの僅かに。
ただあいつが穴にいる間は少し時間が稼げる。
そう思い、右手をポケットに入れた。
直後寒気がした。
景色すべてが真っ暗になって、溢れ出る負の感情が鳥肌に刺さる。
そしてその目に映るすべてがオークの体なのだと気づいたときにはもう遅かった。
そう、僕の眼の前には先程のオークがいた。
比喩ではなく、まさしく一瞬にして僕の前に現れたのだ。
「せいちょ――!!」
間に合わない。
わかっているけれど、近づいてくる拳にそう叫ぶ他なかった。
ポケットの中の右手にはしっかりと握られたスナノキが。
早かったんだ。
もっと分析してから行動するべきだったんだ。
こんな瞬間移動するなんて。
針金のような茶色の毛で覆われたそれが大きくなっていく。
その瞬間思い浮かんだのは前の世界の母と父だった。
ウルシアやフィーナ、ルーカでもサンでもない。
あの二人だった。
きっと、僕の中で大事なのはあの二人だったんだ。ずっと。
あんなに長い時間を過ごしたのに、まだ僕は過去に囚われているのだ。
記憶の中での二人は眠ったような顔と開けない瞳に張り付いた微笑みしか残っていない。
もう、幸せだった記憶は忘れてしまったから。
葬式の時のあの二人しかいない。
亡くなって、僕は色んなモノを失った。
それの代わりと言わんばかりに同情をもらった。
本当に欲しいものは違うのに。
同情ばかりを受け取るしかなかった。
思い出の箱にある穴が開いて、空いて、飽いて。
虚勢を張るほどの力もなくなって。
崩れた。
何も受け取りたくなかった。
でも何も失いたくなかった。
この世界に来て、久しく忘れていた感覚が僕の中を巡る。
僕がしたかったのは、欲しかったのは。
爪痕を残すだけじゃない。
ただ手を取ってほしかった。
だから僕はまだ――――
「――生きたい」
《だよな》
そう、子供のような声が聞こえた。
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