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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第20話 かつて人だった君へ

 拝啓、かつて人だった君へ。

 この手紙を読んでいる頃、おそらく君はもう、疾うの昔に人ではなく成っていると思う。

 けれどもし、これを読むことができるなら。

 また飲みにでも行こう。

 大丈夫。

 心配はないさ。

 妻もいる。お前の奥さんもいる。

 きっと大丈夫。


 だからどうか。

 どうか、ここでまた君を


――友と呼ばせてほしい――



 ジョージ・カナル




 甘い、木の香り。

 今日(こんにち)は薄暗く、窓から入る明かりはまるですすを被ったよう。

 そんな中、ワシは一人机の上で日記を読んでいた。


 かつての冒険譚、何十年も昔の話。

 自分の体より遥かに大きな龍を打ち取ったときの話にサキュバスに魅了された時の話。

 かわいい女の子がパーティに来た話、その女の子がジャグーラのことを好きだと聞いて萎えた話。

 その子がジャグーラと結婚してくれた時の話。


 そんな沢山の思い出が綴られている。今でも大事な一冊だ。


 コンコン、と後ろのドアを叩く音が聞こえた。

 すぐに返事をすると、聞き馴染みのある声が耳に入ってくる。


 魔靄を操り、椅子を回転させるとほとんど同時にドアが開いた。


 あの坊主だった。

 なにやら話があるらしい。

 なぁに、こんな爺に話しかけたいことなんて何があるんだか……

 まぁいい、聞いてやろう。








 坊主の言葉を聞き終えた時、なんだか、良く分からない気分になった。

 言葉が理解できないのではなく、理解したくない。

 どう受け取ってもそういう一つの答えになってしまうが、それを間違いだと声高に宣言したい。


 矛盾、そう、いうなればこれは心と体の乖離だ。


「――だから、何か知っていることを教えてほしい。カナルさん」


 ギシギシと椅子から腰を上げると。

 経ったままの坊主(ヒワ)へ目線を上げる。


 心ここにあらず、と言った表情のようにも見える。

 口を半開きにし、眉を上げ、情報を必死に処理しようと顔からは汗が吹き出している。


 コイツなら、自ずと答えは出せるだろうし。

 まぁいいか。


 問題は回答だ。

 さて、どう言ったものか。

 きっと、私なら知っている、そう信じてコイツはせっかく足を運んでくれた。


 けれど、私からしたらそんなことよりも一度時間が欲しかった。


 アイツが?一体何で?

 そんなことばかりがどうしても頭から離れず支配する。


 情けない。

 この年齢で動じることはもう無いと思っていたのに。


 ヒワ、お前はこんなワシをどう思う?

 その困惑した顔と希望の目の奥、ワシはどう成っている?


「……アイツが、娘と、そういったんだな?」

「正確に言うと今その娘を保護しててね、娘伝いから聞いた感じだ」


「……ワシは、アイツの元同僚だ。色々教えてやれる」

「そうか、じゃあ――――」


「だから落ち着いて聞いてくれよ」

「ん?わかった」


「アイツの奥さんは」

「子供が出来ない体質なんだ」

「しかも、アイツと奥さんはな……無戸籍なんだよ」

「これがどういうことかわかるか?」


 その言葉を聞いた瞬間、坊主の顔は引きつり、視線があわなくなった。

 ワシの額にも汗が落ちる。


「養子じゃないんだ、その娘とやらは」

「じゃあ何か――――言わなくてもわかるな?」


 コクコクと頷く坊主。

 何かを言おうとして、それを止めてを何度も繰り返す。

 それに加え、何度も唾を飲んでいた。


 ジャグーラ。

 お前は今どうなっているんだ?

 健康なのか?魔獣の研究はどうなった?

 洋館は今どんな惨状だ?


 全部が不透明且つ、不気味。

 手帳を握っていた手に力が入る。


「カナルさん、ひとまずルーカを連れてきます」

「……あ、ああ」

「頼む」


 どうかこの悪夢から覚まさせてくれ。







 しばらく、湿気で歪んだ空気の中に座っていた。

 座り慣れたはずの椅子が妙に硬い。

 広く感じていたはずのこの部屋が狭くて仕方ない。


 コンコンと音がなる。

 いつの間にか俯いていた顔が自然とドアへ向いた。


 そして甲高い音を鳴らしながら、そのまま入ってくる。

 ベージュの髪で猫耳を持った絶望(しょうじょ)が。


 顔には無数に痣が、青白い腕には切り傷の痕が。

 ブルブルと震えながらまさしく小動物のように、上目遣いをする。


「……ジャグーラ」


 思わず呟いた言葉、それに思わずピンと耳を立てる少女。

 それだけでももう十分だった。


 息ができなかった。


 あの優しい笑顔をしたジャグーラが。

 あんなに妻思いのジャグーラが。


 こんな――


 こんな少女を痛めつけ。

 殴り、ものを投げ。

 八つ当たりをし。

 そんな。

 嘘。


「カナルさん」

「貴方の力が欲しいです」


「少なくともルーカは、父親から離さないといけません」

「こんな状態で、耐えてきたんです」

「だから、彼女を保護したい」

「カナルさん、いや村長」


「お願いします、許可をください」

「貴方が一声かけてくれれば村の方々もすぐ慣れると思います」


「お願いします」


 坊主は床に頭を打ち付けるかの如く下げる。

 上から見下ろすワシ。

 続けて理解したようにヒワと同じ体勢を取る少女。


 またそれを上から見下ろしている()()のワシ。


 心の臓がけたたましく鳴り響いている。

 驚きではない、感嘆でもない。


 これは絶望だ。


 こんなにも小さな子が、坊主が頭を下げ、耄碌したワシにお願いをしてきている。

 嘘じゃない、だとしたらたちが悪すぎる。


 じゃあ、やっぱりジャグーラは。

 でも。



 何度も、何度も。

 映るのはあの顔ばかり。


 丸い眼鏡をかけて、細めた目から赤い熱意を纏わせて花が咲いたように笑うジャグーラ。

 その人の顔ばかりなのだ。


「……しばらく、一人にさせてくれないか」

「ッ!カナルさん!」

「良いからぁッ!!」


「少し一人にさせてくれッ……」


 弱々しく、けれど全力でそう言った。

 鼻の奥、目の奥、喉の奥、色んな奥から熱いものが急速に顔に集まっていく。


 そんな私を見て、彼らは顔色一つ変えず目を伏せながら扉の奥へと消えていった。


「う」



※※※※



 ルーカの手を強く握る。

 真後ろからはまるで獣のような雄叫びが聞こえた。


 今まで聞いたことがない。

 だけれどそれがどんな意味を持つのかは自ずと理解してしまう。


 その感覚を僕は知っているから。


 だからこそ僕はそれを考えることから意識をそむけた。

 それが僕がカナルに出来る唯一の恩返しだと思ったのだ。






 ルーカは非常に大人しかった。

 断られるかもしれない、という不安をにじませていたものの。

 カナルの前では終始彼を見つめ続けていた。


 自分の父親と同じ大人の男、という恐怖の対象を前にして一歩も引かなかった。

 それどころかカナル自身が言った「ジャグーラ」という言葉にもできる限り反応を消していた。

 到底なせることじゃない。凄いことだ。

 帰ったら褒めよう――じゃないか、怒ったほうがいいのか。

 いやでも怒る意味がわからないし褒めよう、そのほうが絶対良い。



 カナルの家の扉を開ける。

 すると、先程と同じように庭で箒を掃いていた彼の奥さんがお出迎えしてくれた。


 あらかた掃除し終わったのか、箒は既にくたびれきっており、茶色のチュニックには木の葉が何枚かついている。


「……大丈夫だったかしら?」

「少し、一人になりたいようです」

「……そう、気にしないであげてね」

「大丈夫ですよ。あの人が気にしいなのは僕も知っていますので」

「なら良いわ」


 奥さんもどこか心配そうな顔でチラチラ僕達の後ろを見ていた。


 そして僕の顔に視線が止まると、ゆっくりと口を開く。


「……貴方の悩みは晴れたの?」

「いえ、言葉にするのは難しい悩みですので」


「……そう、さっきより少し顔が明るく見えるわ」

「貴方もあの人と同じ、何かを悩んでても言えないのよ」

「だから、困ったら近くの人に頼ること、それが良いわね」


 その言葉にまた、あの情景が霞んだ。

 思わず言葉が詰まったけれどすぐに笑顔を作り、元気よく返した。


「そうですね!」


「……」



「で、では僕達も帰りますね。ルーカも疲れていると思うので」

「……そう、ね。またあの人に言いたいことがあったら来ると良いわ」


 ルーカと共にお辞儀をすると、ゆっくりとゆっくりと一歩ずつ歩き出す。


 最後、僕の返答に少し驚いたような表情を奥さんはしていた。

 それがどうにも気がかりだ。


 きっと、このモヤモヤも。


 いつかわかるのだろうか。


「あの、ヒワさん」

「ん?」


 村長の家から数メートル歩いた時、しばらく黙っていたルーカが声を上げた。

 見ると、もじもじとしながら辺りの景色を見ている。


「ここは良い村ですね」

「そうだね」


 どこか安心したような気の抜けた声をルーカは漏らした。

 それに応答するように僕も同意する。


 辺りは、静かだった。









 黄金に輝く畑沿いに作られた一本道。

 着慣れた服一つに、まだ着慣れていないような服が一つ。


 手をつなぎ、同じ道を通って帰路に着く。


 たったそれだけが。


 笑顔を増やすのだ。



 けれど時間は早く進まない。


 数々の思いは巡り、飽和し、結論づける。

 そしてやってくるのだ。


 嵐が。

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よかったら是非!!

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