第18話 吐露する過去
まだ、朝が始まってほんの少し。
日はまだまだ昇りきっておらず、薄暗い明かりの中、見慣れない天井が見えた。
チュンチュンと小鳥が鳴いている。
「……体痛ぇ」
昨日はルーカに僕の部屋を貸したから、僕は一階の椅子で布にくるまり寝ていた。
そして案の定、体中が凝り固まってしまったのだ。
いたるところを伸ばそうと軽く体を捻ると、骨の悲鳴が聞こえる。
「ぐぐぐ、ん……よし」
今日は運命の日、だ。
ルーカがこの家に住めるかどうか、僕にかかっている。
なんなら彼女の生死にも関わる。
そう思うと途端に体は重さを取り戻す。
そんな中僕は重たい腕を振り上げる。そして――
パンッ
軽い音ともに両頬には痛みが走る。
そのまま勢いよく立ち上がった。
それは決意か、蛮勇か、どちらにせよ。
「責任を取れ、僕」
僕が出来ることを全力で遂行するぞ。
「……ヒワ……さん?」
ふと、背中の方から声が聞こえた。
「ルーカ、おはよう」
「おはようございます」
「よく寝れた?」
「寝れましたが――」
ルーカはパタパタと足音を立てながら近づくとそっと耳打ちをする。
「ヒワさんはもしかしてMなのですか……?」
「ん??」
「あ!いえ、別にそこまで気にすること無いですよ!そういう人は結構いるみたいですし!」
待ってほしい。
何で僕がMになっているんだ。
詳しく聞いてみると、己を鼓舞する名目で頬を叩くという行為はこの世界にないらしい。
だからか、自分で自分のことを叩く、というのはそういう目で見られてしまう、とのことだ。
まぁ、色々突っ込みたいところはあるが。
いいだろう。
こういうカルチャーショックは慣れっこだ。
「全く違うからね?」
「でもですよ?ヒワさんが……いや、旦那様が……好きなら、その……」
ルーカはそう言うともじもじと腰をくねらせる。
というか今、旦那様って――――
「き!気が早くないか……?」
顔から火が出そうだ。
「はは、そうですよね……」
「でもなんというか、大丈夫な気がするんです」
「貴方なら、私は大丈夫な気がするんです」
ルーカはそう言いながら照れくさそうに笑った。
その笑顔に一瞬サンが重なったような気がした。
……良くないな、今は眼の前のことに集中しないと。
彼女のためにも。己のためにも。
「あ、そうだった。一つ言わなくちゃいけないことがあったんだ」
伝え忘れていたことがあった。
もちろん、ヒワではなく、僕個人の話だ。
どうしたってこれは伝えて置かなければいけないことだ。
信じてもらえるかは別として。
ルーカの顔を真正面から見据えると椅子に座るよう促す。
キョトンとしながらも支持に従うルーカ。
そして椅子に深く座らせると僕は一つ間を置く。
「僕は転生者なんだ」
少しの間ときが止まったような気がした。
というよりも彼女の顔がほんの少し曇ったからだ。
見るからに嫌そうな顔。
フルフルと体を震わせている。
そして少し目を背けながら口を開いた。
「……古代魔法、でしたっけ」
「古代、魔法?」
僕がポツリと呟いたことに少し眉間にシワを寄せながらもルーカは話を続ける。
「もし転生されているならそれはまさしく重罪です」
「貴方は何歳なのですか?場合によっては犯罪ではないこともあります」
「ちょっと待ってちょっと待って」
「僕は、別の世界からの転生者だよ?」
そう言うとルーカは黙ってしまった。
何を言っているのかわからない、といった顔で固まっている。
一旦情報を整理しよう。
僕は彼女と関わり続けることを考えて明かしておくべきだと思ったからここで転生のことを話した。
そしたら彼女は何かを勘違いしているのか犯罪だと言い始める。
別の世界からの転生者、ということを伝えてみると今度は理解が出来ないといった顔をする。
「……どういうことですか?」
未だ微妙な顔をする彼女の正面に椅子を持ってくるとそれに座る。
そして僕はことの経緯を話し始めることにした。
もちろん、元の世界のことも少しだけ話して。
「……なるほど、嘘は言ってないみたいですし――信じます」
「でも、そうですか……別の世界、別の世界ですか……」
「少なくとも、君にだけは本当のことを伝えておきたいと思ってね」
「親しい仲には隠し事は付き物ですが――良かったんですか?」
「まあね」
ルーカは少しの間俯き、その間唸っていた。
やはり、彼女自身思うことはあるのだろう。
いくら僕自身がそこまで悪くないとはいえ、犯罪は犯罪だし。
「……二つほど、言いたいことがあります」
少しして顔を上げると目を開き、立ち上がる。
そして、僕のもとまで来るとそっと右手を握った。
暖かい。
それでいて程よい力を感じる。
ただ、やけに肉が少ない。
「大変でしたね」
優しく、猫なで声のようなひだまりを感じさせる声。
ルーカはここまでの虐待を受けていたというのに人の心配が出来るんだ。
――形容する言葉が見つからないよ、ルーカ。
「君よりかは幾分マシさ」
「そんなこと無いですよ」
「……少なくとも私は、今の貴方に少し親近感を覚えています」
ルーカは首を傾げながら目を細めながら穏やかに微笑む。
「だからこそ、言わせてもらいます」
「その話は二度と、しないほうがいいです」
途端に顔を無表情に戻すと、ピシャリと言い放つ。
「その話は、まだ私のように信じられるところがあったからなんとかなっているようなものです」
「もし、他の人、特にヒワさんの親御さんにそんな事を言ったら……とんでもないことになります」
その言葉を聞いて、僕は自分の置かれた状況に気がついてしまった。
だいぶルーカも言葉を選んでくれたのか、しきりに顔を見上げている。
「……ヒワの」
もし、この身体の元の人格があったとするなら。
僕はその人格を奪ってしまったのではないか?
ということは実質僕は、彼を殺したのではないか?
この子の人生を?
「ヒワさん?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ヒワさん!」
自然と脈が早くなっていた。
それに加え、おぼつかない思考と荒い息に蝕まれ始める。
また僕は――――人を?
そんな思考がグルグルと廻っていく。
「ヒワさん、落ち着いてください」
泥濘とした意識の中、凛としたその声が耳に届いた。
そしてすぐ後、僕の膝に彼女の軽さが。
気がつくとルーカの顔はキスをするかのように近づいていた。
するりと手を後ろに伸ばされ、そのまま体にじんわりとした温かみが残る。
「大丈夫、大丈夫です」
頭を撫でながら、ルーカはひたすらそんなことを呟いていた。
まるで赤子をあやすように。
ふわりと薫った匂いは、元の世界の香水のようだ。
数十年も前、まだ幼かった頃に一度だけ嗅いだ落ち着くあの匂い。
きっと、忘れていると思っていた。
けれど残り続けていたらしい。
「多分ですが、ヒワさんは古代魔法による転生ではないと思われます」
「少なくとも別世界から来たなんて話は一度も聞いたことありません」
「それに、別世界では魔法が使えなかったと言います、でしたらきっと大丈夫です」
「もっと別の理由があるはずです」
「貴方は貴方のままこの世界に来たんです」
彼女は早口でそんなことを言っていた。
きっと彼女は泣いていたと思う。
僕を憐れんでなのか、はたまた別の何かか。
ただ、事実として彼女の声は鼻声だったし僕の肩は冷たくなっていた。
「はぁ、ふぅ、ふぅぅぅぅぅ……」
深呼吸。思い切り息を吸って吐くを繰り返し。
そして抱いたその体を優しく引き寄せる。
きっと僕は、ルーカを助けたのは気まぐれだったと思う。
だけど、間違ってはない。
※※※※
「……ありがとう、ちょっと取り乱した」
「いえいえ」
「大丈夫ですよ、何ならもっと甘えてくれても良いんですよ?」
「……もう限界でしょ?」
「う……」
やたらと肩から顔を離そうとしないのが良い証拠である。
それにチラチラと映る猫耳がまるで風に揺れる旗のようだ。
「ま、僕ももう限界だけどね」
「ど、どういうことですか?」
わからないんだったらそれでいい。
いや、寧ろそれがいい。
こんな顔が真っ赤な状態、誰にも見せられないからな――――
ふと、視線を上げて僕は固まった。
欠伸をしながら、長い金髪を靡かせ、トタトタと階段を降りてくる女性。
フィーナがそこにはいたのだ。
フィーナはトロンとした目をこすり、僕の顔を見る。
そしてそのまま視線は肩に抱かれている彼女へと移っていく。
「か」
フィーナの第一声は――――
「彼女……?」
「まだ違います!!」「違う!!」
面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)
よかったら是非!!




