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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第17話 決断の本

 ウルシアさんに促され階段を上がると、そのままとある一つの部屋に移動する。


「じゃあ、とりあえずこの部屋で自由にしてて」

「ご飯ができたら呼びに来るから」


「わ、わかりました!」


「……ごめんね、アイツ結構強引なところあるでしょ?」

「いえ!ヒワさんは私を救ってくれました!」

「はは、そう言ってくれると嬉しいよ」


「じゃ、またね」


 ウルシアさんはそう言うと、にこやかに笑いパタリとドアを締める。

 そのすぐ後、階段を降りる音が聞こえた。



 私は一息吐くと部屋を見渡す。

 そこにはふかふかのベッドと簡素な作りの机。そして私の身長くらいの本棚。


(確か、ヒワさんのお部屋だって言ってたな)


 本好きなのかな。

 確かにそんな雰囲気ある。

 けど確か家に向かってるときに無趣味だって言ってたな。

 不思議な人だ。


「本当に……」



――結婚しよう――


 途端に顔から湯気が出る。

 正直未だに理解はできていない。

 唐突に結婚なんてことを言うし。


 でも、結婚……結婚か。


 今よりももっと小さかった頃そういうことに夢見ていたことはあった。

 けれど、本当にそんな事ができるとはもう思っていない。


 それに私は彼のことをよく知らない。

 悪いのか、優しいのか、意地っ張りなのか、ヘタレなのか……ああいや、ヘタレは私を助けようとしないか。




 ベッドに腰掛けると正面には赤い花の入った花瓶が見えた。

 そのままゆっくりと仰向けになると、木の屋根が。


 私は目を瞑る。


 ガタガタと風に揺れる窓の音、家鳴り、心臓の脈動……



「静かだ」


 不気味、というわけではない。

 ただ、新鮮な気分だ。


 今まで感じ取れていなかったものが感じ取れる感覚、これが()()


 なんだかむず痒いな。


「あ」


 というか、私汚くないか?

 人様の物だから出来ることなら汚さずにいたい。


 服の匂いを嗅いでみる……も、あんまりわからない。


 人と獣人じゃ匂いの捉え方も違うらしいし、もしかしたら……?


「……嫌だな」


 クサイとは思われたくない。


「……?」


 妙に早く感じる鼓動に違和感を覚えた。

 それに、やけに顔が熱い気がする。


 なんでだろうか。


 ま、まぁいい。

 そういうときもある。


 いつも何かしらで動いていたから落ち着かないだけだ。


「そうだ」


 目をパチクリと開けるとそのまま身体を起こした。


 本……でも読んでみよう。

 文字はあんまり得意じゃないけど絵があればなんとなくはわかるだろう。

 それに彼のことも知れる気がする。


 そのまま立ち上がると、一番分厚い本を取り出す。

 やけにボロボロで古びているような――


 手に取ると伝わるずっしりとした重み、それに加えツンと鼻を刺すような匂いがする。


 怪訝にしながらも表紙へと目を向けるとそこには特に何か書かれているわけではない。


「……??」


 基本はタイトルや絵が乗っているものだが、あるのは鞣された革のみ。

 あまり使われていないのかページがくっついたままのようにも見えた。


 とりあえず、と私は一枚ページを開いてみる。


「あれ、何これ……」


 そこには見たこともない文字?絵?が規則正しく並んでいた。

 別に私はそこまで何かに詳しい訳では無いが、それでも違和感を覚えるこの何か。

 次第にその違和感は確信に変わっていく。


「え?」


 ガタガタと手に取っていた本が震え始めたのだ。

 それどころか、文字のような物がまるで何かを描くように見たことのある文字へと変わっていく。


 そしてそれはまるで読め、と言っているように文字自体も震えだした。


「よめ、る?」


 そこに書かれていたもの、それは――――


「タイジュ・ヤークロド……?」


 見たことも聞いたこともない名前だった。

 ただそれがどういういものなのか、なんとなくわかる気がした。

 一体何故だろうか、そう自問自答してみても答えは出ない。


「ヤークロド、ヤークロド……ヒワさん?」


 ヤークロドといえば彼の苗字だ。

 ということは、彼の祖父のものなのか?

 でも彼は祖父のことを一切口にしていない。というか見た感じいないようだったし。


 何か、理由があるのだろうか?


 パラパラと紙をめくっているとところどころ揺れるような文字があることが散見される。

 ただ決まってそこにはタイジュ・ヤークロドの名前があるのだ。


(一番最後のページにあとがきみたいなのがあるはず)



 そう踏んだ私は次第にページを捲る手が早くなっていく。

 この本がどういうものかわからないがとにかく知的好奇心をくすぐる。


「ん?」


 最後のページを開くと、そこには真っ黒な袋とじがあるだけだった。

 見るからに開け、と言っている気がする。

 駄目だ、これはヒワさんのモノだ、そう思うも私はそれに抗うことが出来ない。


 指をかける――――


「ルーカいる?」


 唐突に鳴ったドアと彼の声が耳に届く。

 その瞬間私は思わずその本を手放してしまった。


 ドンっと重い音が部屋に響く。


「ルーカ?」


 ドアの方を向くと彼は既にドアを開けていた。

 そして眉を下げた状態で私を覗いていた。


 心臓から醜い音が鳴ったのがわかる。

 私は今、この本の持ち主の前で()()()()()()のである。

 それに加え、彼のものを傷つけようとしたのだ。

 許されざることだ。


 そう理解するとブワッと汗をかき、息が荒くなる。


 彼の顔が見れなかった。

 自分が今落とした本をじっと見つめるのみで、


「ご、ごめんなさぃ……」


 なんとか声を掠れながら出すも果たして彼に届くのか。

 ポタポタと額から落ちる雫はやけに汚れて見えた。


「ルーカ」


 彼の低い声が私を掴む。


 瞬間、脳裏に浮かんだのはあの惨状だった。

 投げつけられた瓶、ぐちゃぐちゃになった書類、何かが腐ったような匂い。

 もう思い出したくもないあの記憶だ。




「ん?怒んないよそんなこと?」


 彼は軽くそう言うと「お邪魔します」と付け足し、ベッドに座り私の手を取る。

 一方私は呆気にとられるばかりでぽっかりと口を開けたままだ。


「ルーカ、大丈夫。僕は君を否定しないよ」


 彼は真顔でそう言う。

 気がつくと私は彼の隣で座っていた。


「で、でも私は今ヒワさんの本を――」

「見なかった見なかった。うん」


 彼はなんてことないように宣う。


「な、なんで……?」


「え?」

「そんくらいよくあるでしょ?別に壊れたわけじゃないし」


「で、でも……」


「まぁ、壊しても別になんとも思わないよ」

「それ、僕には読めなかったし」


 そう言うと彼は恥ずかしそうに頭を擦った。


「首都サテイハで買ったものなんだけどね……魔導書らしくて。僕にはさっぱり」

「わ、私読めました……」


「え?え!?」


 彼はベッドから落ちそうな勢いで本を拾うと床に転がりながら表紙を指差す。


「こ、これが読めるの!?」


 そこには先程の文字は無く、嘲笑うかのように激しく揺れる文字たちが見えた。


「あ、あれ?読めなくなっています……」

「あ……魔導書だからか。一度っきりなんだー読めるの」


「っで!どんなこと書いてあった?」


 コロコロと変わる表情と今の自身の状況に理解が追いつかない。

 彼は私を怒らないらしい……


「何で……ですか?」

「ん?」


「何で、私を怒らないんですか?」


 悪いことをしたら怒る、それが私にとっての当たり前だ。

 それが例え、軽微なものだとしてもそれで罰を受けることなんて何も変じゃない。


 それを彼は()()()()と言ったのだ。


「私は悪いことをしました。勝手に袋とじを開けようとして」

「それでヒワさんが入ってきたことで思わず手が滑って本を落としたんです」


「うん」


「嫌なことを……したんですよ?」

「え、そう?」


「まぁ強いて言うなら袋とじについては言うかもしれないけど」

「僕には読めなかったし。読める人が読めるんだったらそっちのほうが良くない?」


「おかしいです!」

「そんなの……良い訳がない!!」


「大丈夫大丈夫、僕は良いから」


「な!?」

「それにね、僕はなんなら嬉しいよ」

「読める人がこんなに近くにいるなんてね!」


 彼は目を輝かせながらズイっと顔を近づける。


「……本当、貴方は不思議な人ですね」

「初めてだったんですよ、怒られなかったの」

「それに、結婚してくれなんて言う人」


 その言葉を聞くと彼は少し顔を離し、視線を外した。


「いや、まぁそれは……うん」


 どうやら恥ずかしいらしく、顔はみるみる真っ赤になった。

 掴み所がない彼だがこういうところは普通の男の子と変わらない。


「約束してほしいです」


 彼は無趣味らしい、だからか彼は人や物に興味があまりないのだろう。


「へ?」


 けれど、執着はしている。

 だからサンという人がいなくなった時に取り乱した。

 そう考えると今の状況も納得できる気がする。


「私が悪いことをしたら怒ってください」


 そして私という執着する先を見つけた。

 だから今こんなにも落ち着いている。


「へ?」


 でもそれじゃあこの人はいつまで経っても幸せになれない。


「私は貴方には怒ってほしいんです」


 それどころか私がいなくなったら今度こそ死んでしまうだろう。


「な、何で……?」


 だから、私は彼を――――普通(幸せ)にしてみせる。

 それが私なりの彼への恩返しだ。


「それが普通だからです――というより、私がそうでないと落ち着きません」

「あ、え?そう、なんだ……」


 違いますよ、私がそういう特殊性癖というわけではないです。

 止めてくださいそんな目で見ないでください。


「ま、まぁ。じゃあわかりました。怒るようにします……」

「はい、そうしてください!」







※魔導書:名前は無く、基本は己で勝手に動くようになった本型の魔獣を指す。ただし、定義として人に害をなさないことが前提であることに加え、人に何かしらの恩恵があると判明しているものしかそう呼ばれていない。またそれらが判明していない魔導書は不導書と呼ばれる。

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