閑話 サンと魔道具マニア
北の国、アイスシュヴァルツの首都シューツェ。
夏頃である今はまだ雪もなく、肌寒い程度の気温だ。
シューツェではダンジョンへ向かう冒険者に向けた祭事があるらしく、広場には屋台の骨組みが。街を歩けば冒険者が闊歩していた。
そんな背景を尻目に、私は迷いなく町の北部へ足を運ぶ。
目的はたった一つ。
ある店に行くことだ。
大通りから逸れ、人が徐々に一人二人と減っていく。
そして完全に人がいなくなった時。
そこにやけにぼろぼろな木のドアが現れた。
「……」
ゴクリ、と息を呑む。
久しぶり、とは言ってもほんの少し前に一度会ってはいる。
けれど彼女ならそれもついさっきのように感じるだろう。
あんだけ、あの時怒ってたんだ。また――――
……一発殴られることくらいは、覚悟しておこう。
ドアノブにほんの少し力を入れ、歪な音を出しながら私は部屋の中に入った。
雑多な棚、茶色く褪せた色の本にフラスコやビーカー、中にはクマの人形なんてものも並んでいる。
毒々しい煙を立ち上らせる一つにはウネウネと動くトカゲも入っていた。
見るだけで嫌気が差しそうなほどの異質感。
そんな中、私は足を進ませながら棚の奥から何かを探している風貌少女へと声をかけた。
どういうことか棚へ頭を突っ込んでおり、何かの物音と共鳴するかのようにパタパタと足を振っている。
「あ、あのーー」
「ん?」
ゴンっという音ともに「いってぇぇ!!?」と甲高い声が聞こえる。
思わず耳を塞いでしまったが、この感じもどこか懐かしい。
「えー……っとはいはい」
頭を擦りながら出てきたのは耳の尖った緑髪の少女――――エルフだった。
「ちょーっとまっちくれぇ」
カウンター下から眼鏡を取り出し、それを装着する。
そして一瞬訝しげに私を見つめた。
「さ!?」
「サァァン!!」
その一言ともに彼女は私の胸元へとダイブしてくる。
そしてスリスリと頬ずりをしながら猫なで声で私の名前を呼び続ける。
良かった、彼女は怒ってなかった。
それに安堵し、つられて頭を撫でようと思ったが瞬時私は思い出した。
彼女は頭を撫でられるのが死ぬほど嫌いだった。
ある時、パーティーメンバーの一人が酔った彼女の頭に触れてしまったことがあったのだが――
その時彼は半殺しにされた。
危ない危ない。
もっと慎重に行動せねば。
「や、やあ久しぶり。エレナ」
「はっはっは!そんな堅苦しい喋り方はやめちくれぇい!」
「それもそうだね、久しぶり、エナ姉!」
エレナ・バースト。愛称はエナ姉。
アイスシュヴァルツにおける王宮魔術師だ。
彼女が使う魔法は全てを無に帰すとされ、現役であれば彼女こそが最強の魔術師であるとさえ言われる。
ただ、彼女が有名なのはそれだけじゃない。
彼女の別の名は『魔道具収集家』だ。
その名の通り、彼女は一人で軍隊を作れるほどの魔道具を持っている。
度々、彼女の収集癖には冒険中も悩まされたものだった。
ナマクラをぼったくられたり、誤って魔道具を地上に出して消滅させたり。
ただ、そんな彼女だからこそ私は今日会いに来たのだ。
ある物を見せるために。
「はぁー少し髪伸びたんぢゃねぇの?」
カウンターに肘をつけながら私を上目遣いで見る。
それに対し、
「はは、それはそうかも。でもエナ姉は全く変わってないじゃん!」
「あたしはエルフだからね」
「ほぉー?じゃあズバリ聞いちゃいます!」
「今、何歳?」
その言葉を聞いた瞬間、エレナの周りにおどろおどろしい何かが漂い始めた。
魔靄、それもものすごい濃度だ。
濃すぎて、もはや黒色に光っている。
「むむむむむむ……」
エレナの唸り声に呼応して、黒い靄が徐々にカウンターに置いてある瓶へと集まっていく。
そしてそれが瓶の一点に集まった瞬間。
「おぼえちぇない!!」
爆発した。
ガラスの割れる音ともに、ゲラゲラとエレナが笑い始める。
「はっはっは!」
エレナは勢いよくカウンターを叩きながら、もう片方の手で割れた瓶の破片を空中に集め、魔靄で接着してしまう。
何度見ただろうか、この神業を。
そもそも魔靄が濃すぎる、という時点で規格外だ。
そのうえで片手で壊れたものを治す魔法を無詠唱。
こんな業、少しでも魔術に自信がある者に見せたら失禁するレベルだ。
「相変わらず凄いねぇ!」
「そうぢゃろ〜そうぢゃろ〜」
ぺったんとした胸を張り上げ、ドヤ顔をしてみせる。
その姿に暫し笑っていると、エレナが真顔に変わった。
そして、トントンと何かを急かすようにカウンターを小突く。
「っで、目的は何ぢゃ?」
「うッ!?い、いつから……」
「んなの、サンが脱退したときからぢゃ」
「ナチュラルに未来視の魔法を使わないでもらっていいかな?」
「バッカモン、そんなことしたらあたしは直ぐ様殺されちまうよ」
「魔道具ぢゃよ」
「……違法よりじゃない?」
「合法ぢゃ合法ぢゃ」
確かに魔道具は使用してもいい条例が有るがそれもあくまで常識的な範囲内での話だ。
そんな風に私的に利用するレベルのものではない物は使っちゃいけない暗黙のルールがある。
「ま、まぁいいか。っじゃ早速この魔道具を見てほしいんだ」
ここで私は今まで背負っていたバッグから布に包んだアレを慎重に抜き取ると、そっとカウンターに置く。
エレナは最初怪訝そうな顔をした。
そしてすぐに小さな手でその布を剥ぎ取ると、より一層険しい顔になる。
「……これ、どこから持ってきた」
「居候先の近くの森でボスゴブリンが持ってた」
その言葉に一瞬目を見開くもすぐに視線は手元の道具へと戻っていく。
エレナの反応からもわかる、これが如何に異様な物なのか。
少なくともエレナですら分からないならお手上げだが、どうだ?
ポツリ、とエレナは口を開く。
「これは魔道具なんてものじゃない」
「人が作ったものぢゃ」
その瞬間、体中から嫌な汗が吹き出た。
背筋には寒気がつたり、思わず身震いをする。
「……こんなよく似せて作ってあるものは初めてぢゃが……間違いない」
「このサビ、鎖、全てが地上で取れるものぢゃ、唯一違うところと言えば――――」
「人の魂が込められちょる」
「見ただけでもそれがわかるぞ、グツグツと煮えたぎる制作者への負の感情に生への執着」
「こんなものを作るやつも使うやつも正気じゃないと思っちゃが……」
「そうか、使用者はゴブリンか」
エレナは淡々とそう告げていくが、私は未だ状況を飲み込めずにいた。
確かに、これが人が作った可能性がある、ということは頭の片隅にあった。
けれど、そんなことありえないと蓋をしていた。
異様な武器であるだけだ、と信じ込みたかった。
私があの時感じた異様な冷たさというのは、人の憎悪だったのだ。
「……サン、わかってるな?」
「こんな物、処分する以外ない」
「ただし、これをあたしも調べてみる。処分はそれが終わってからぢゃな」
「それと王国に報告もせねばならぬ。こんな爆弾いつ爆発するかも、何が起きるかもわからん」
そんな言葉を聞きながら、私はあることを思い出していた。
あの事件、事故で命を失った。彼女のことを。
彼女の笑顔を。
「サン、どうしちゃ?」
「あ、いや、大丈夫だよ!」
そう口で言ったものの、もしかしたらこれがアイツによるものかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られないような気がした。
「……人の魂、を使うといえば思いつくのはドラキュラか?」
「どうぢゃろか、そこまではわからないが――まぁどちらにせよろくでもない奴ぢゃよ」
道具をカチャカチャといじりながら、話を続けると、エレナは自分が行った言葉の意味を認識する。
そして一つの答えへと瞬時にたどり着く。
「サン!待つんぢゃ!」
「貴方がファンのことを思うのはわかるが、あれは――」
「……エレ姉、分かってないなぁ」
「私がそんなことをするわけ無いでしょ?」
そう言うと、にっこり微笑んで見せる。
その顔に安心したのか、身を乗り出していたエレナもおずおずとカウンター内へと戻っていく。
そうだよ、エレ姉。
私がそんなことをするわけ無いでしょう?
※※※※
サンの目の光はいつの間にか消えていた。
そして残るのは赤い、どんなものよりも赤い、炎だけ。
きっとその炎は燃え尽きない。
――英雄がいなければ。
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