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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第16話 一歩前へ

 声を上げて泣き疲れた僕らはそのまま草むらに抱かれるように寝転がっていた。

 特にやることもない、だけれど何を話せばいいかわからない。


 聞きたいことはあるが聞いて良いのか、聞いてほしいのか。


 そうやってお互い黙ったまま、暮れる日を眺めていた。


「……あの」「あのさ」


 その静寂に耐えられなくなった僕は声を漏らす。

 ただそれは相手も同じだったらしい。 


 思わず顔を見合わせると僕は静かに頷いた。


 その合図を見て、彼女は少し目を開くと、伏し目がちに問いかける。


「……何で私を助けたんですか?」


 コロコロとした幼い声が耳に届く。

 ただ質問のせいか、その言葉はやけに冷酷にも聞こえた。



 その場にほんの少しの間が開く。


 言ってしまえばこの話は僕の古傷に触れる話。

 人に話す、というのはやっぱりそれなりの覚悟がいる。


 そして彼女もそれを理解しているのか、チラチラと様子を伺っていた。


 きっと言ったところでなにかが変わるわけではない。


 ただ、一歩勇気を持って踏み込んできたその心意気を評価してあげたかった。

 もしくは、彼女が自分と重なったように見えたからかもしれない。


「……僕は」


「母さんが自殺している」



 その言葉を聞くと彼女は獣耳を跳ねさせる。

 僕はそのまま「そして」を付け加えると


「後を追うように父が事故で死んだ」


「だから、いや多分」

「僕は、死というものに特別な感情があるんだ」



「……いや、やっぱ忘れてくれ。作り話だよ全部」


 一時の迷いだけで簡単に過去なんか語るもんじゃない。

 それに今の僕にはフィーナとウルシアもいる。

 この世界だとこの話は紛れもなく嘘なんだ。


「……信じます」

 彼女は淀みのない声でそういった。

 

 思わず彼女の方を振り返る。


 よく見ると顔には数カ所痣があり、見ているだけでも痛くなりそうだ。

 だと言うのに、彼女の目は綺麗だった。


 湧き上がるワインを見ているかのように、赤い瞳がキラキラと僕の顔を反射している。


「貴方の、顔はそんな風には見えません」


「いや、嘘なんだって!」

「嘘だとしてもです」


「私はその嘘を信じます」


 何を言っているんだ。

 嘘は嘘なんだよ。

 だってこの世界じゃヒワの両親は生きているじゃないか。


 そう思ったが上手く言葉が出てこない。


「き、君は危ないな。気をつけなきゃ騙されちゃうよ?」

「大丈夫です」


「私は嘘ついたら音でわかるので」

「何かしら理由があるんですよね?」


 彼女はそう言うと身体を起こす。 


「ええ?」


 音でわかる?

 何だその超能力……

 まぁ、魔法が使える時点でそういう特異体質がいたって変ではないか。


「知りませんか?獣人の特性ですよ」


 耳を指さしながらパタパタと動かしてみせる。


「凄いね」


 なんとはなしにそう呟く。

 すると、彼女は耳をヘタリと折りたたんだ。


「……少し、照れます」

「ええ?」


「いえ、気にしないでください。嬉しいだけなので」


 彼女はそう言うと、しばらく空を眺めていた。





 数分経った頃、覚悟を決めたように正面を見据える。


「お兄さん、私は捨て子でした」


 ポツリと抑揚のない声でそう言った。


 捨て子、この世界にもあるのか。

 こんな、危険な獣ばかりの世界で子供を捨てて……一体、何がしたいんだ。


 ちょっとした怒りを抑えながらも、僕も身体を起こすと、彼女の顔を見る。


 どこか、遠い目をしていた。

 だけども感情を感じ取れないわけでもなかった。


「ただ」


「必死に泣いたおかげでたまたま通りかかった人に拾われたんだそうです」




 彼女は鼻をすする。

 夕日を見つめ、徐々に遠かった目に明かりが灯っていく。


 それにつられ、なぜだか僕の胸も熱く燃えているような錯覚に陥る。


 一度息を吐き、吸う。

 息を吐き、吸う。





 それを数回行うと彼女は消え入りそうな声で呟いた。


「私、死にたくないです」


 何もかもが込められた一言だったと思う。

 少なくとも、落ちていく夕日に照らされ、涙をためたままの彼女の顔には決意を想起させるなにかがあった。


 当時、母や父が死んだ時僕は誰かに助けを求めることなんてしなかった。

 というよりも実感が全くわかず、流れに身を任せることにしたのだ。


 そしたらそこから徐々に何事にも興味を失って。

 好きなことも好きじゃなくなっていた。


 彼女と僕は似ている。

 境遇は全く違うにしても、そんな気がする。


 おそらくここが彼女にとってのターニングポイントなんだろう。




 じゃあもしここで僕が断ってしまったら。

 あの時の僕のようにすべてを投げ出してしまうだろう。


 そうやって色んなことに感情が沸かなくなって、最終的に自殺する。

 そんな未来が容易に想像できる。


 それは絶対駄目だ。そんなことをさせるわけにはいかない。


 だとして。

 じゃあここでこの意見を飲んだとして。

 ウルシア達になんて言えばいい?


 人が一人増える、というのはペットを飼うなどのような簡単なものじゃない。

 少なくとも家計を圧迫する可能性も高い。

 であれば僕一人で彼女を?

 あまり現実的ではない。


 じゃあ――


 ――見捨てるか?


 論外だな、話にならん。



 ……これは僕も覚悟を決めなきゃいけない。

 もし、駄目だったとしても彼女を絶対に助けるという揺るぎない覚悟が。


 わからない、知らない、じゃあ許されない。


 そうか。

 だったら無理にでもその覚悟を持つ状態にすればいい。


 例えば、社会的に一番重い約束の一つの――――



「やっぱり、駄目ですよね――――」


「わかった」


 彼女の言葉に被せるように、僕は言葉を紡ぐ。


 そして一度息を吸うと、声を大にしてこう告げた。


「結婚しよう」


 僕は過去の己(彼女)を幸せにしてみせる。




※※《ウルシア視点》※※




 畑仕事を終えると、既に辺りは暗くなっていた。

 フィーナには先に家に戻っておいてもらったからかボウっとした光が窓から漏れ出ている。


「ただいま」


 フィーナはつかれたのか寝ていた。

 乾いた涙の跡と歪んだ顔。


 俺は後ろから優しく抱きしめると。

 フィーナを持ち上げベッドへ運ぶ。


 今日のご飯は俺が作ろう。


 最近任せっきりだったし。


 それに今朝ヒワと揉めたらしい。

 なおさら身体を休めてもらおう。


 そう思い、階段を降りる。


「はぁ……」


 結局辛いところはフィーナに任せてしまった。

 そんな事実がモヤモヤとした気持ちを作る。




 息子は天才だった。

 わずか一歳で言葉を理解し、立ち、サンにすら魔法の才を見出されて。

 とにかく凄すぎる奴、偉いぞ息子!といった気持ちで、今まで育ててきた。


 できる限り家族との時間を大切にしてきた。


 だからかヒワに悩みは無いのだと思っていた。



 ただ実際は違った。

 ヒワはずっと何かに苦しんでいた。

 自分が畑に心血を注ぎ、それでもヒワとの関わりを作ろうとしているときですらアイツは苦しみ続けていた。


 きっかけはサンが旅に出たことだろう。

 そこから徐々に様子がおかしくなっていき、次第に取り憑かれたように植物図鑑を見るようになってしまった。


 最初は好きなことが出来たのだと楽観視していた。

 でもサンと同じ仕事をする、と報告された時、アイツは笑っていなかった。


 これは違う。好きなことじゃない。

 そう頭の中では分かっていたのに。

 止めることが出来なかった。


 認めたくなかった。

 自分の息子が自分の知らないところで苦しみ続けているとは。

 病的なまでに何かを追い求めているなんて。


 認めてしまったら、それこそ神格化していた息子が崩れてしまう気がしたからだ。


 「経歴が何だ、称号が何だ、才能が何だ。

 子供が出来たらそんなモノを気にせず幸せに成長して欲しいんだ」


 結婚する前にそんなことを言った。

 あのときは本気でそう思っていたし、

 今も自分はそれに準じているのだと信じてやまなかった。


 結局はただ溺愛して息子本人が見えずじまい。

 しかも溺愛していたのは【出来る息子】になっていた。


 そうやって育てた結果が昨日の嘔吐だ。



 あれが、俺の育て方だ。

 ふざけるなよ。

 限界超えて取り憑かれたように何かを追い求める、それが幸せな人生か?



 息子は神でもなければ天才でもない。

 ただの人間だ。


 なのになんで俺は、俺は。


 ……こんな父親を息子はどう思っているのだろうか。


 とてもじゃないが俺だったら耐えられない。




 酒でも飲んで逃げたかった。

 ただ、飲もうと思ってもその瞬間ヒワが出てくる。


 逃げることも出来ず、親に寄り掛かることも出来ず。

 まだ十歳の子供だというのに限界を超えて。



 俺が十歳のときは何をしてただろう。

 悩みなんて何もなかっただろう。

 それどころか、もっと自由にのびのびやれていただろう。


 ヒワと違って。


 ああ、クソ。



「ヒワ」


 思わず名前を呼んだ瞬間。


「ただいま」


 玄関のドアが開き、息子が帰ってきた。

 どこか頬が紅潮したような雰囲気で、なおかつ息を切らしている


 胸がドキリとする。


「父さん」

「まずは落ち着いて僕の話を聞いて下さい」


 まずヒワは神妙な面持ちでそう言った。


「え?何だ?何かやらかしたか?」

「いいえ違います」


「少し見てほしい子がいます」


 ヒワはそう言うと背中の方へ振り返り、優しく声を掛ける。

 すると後ろから猫耳の少女が出て――――


 瞬間的に心臓が握られたような声が漏れ出た。


「だ!大丈夫!?」


 顔を真っ赤にさせながら、所々には殴られたような跡が見え隠れしていたのだ。

 見るだけでもこちらが痛くなってくる。


 まさかヒワが?

 いやそんなわけない。

 じゃあ一体何だ、この子は。


「父さん、落ち着いて聞いて」


「この子は家族から虐待を受けて逃げてきたんだ」


 ヒワはその子の手を引きながら、こちらを見つめる。

 その姿はまるで兄のようにも見えた。


「な、る、ほど……」


「だから、父さんお願いがあるんです」


「この子をここに避難させたいんです」


 思わず黙ってしまった。

 久しぶりに息子の顔を正面から見た気がする。

 だいぶ変わっていた。


 顔だけじゃない。

 その手を取った姿はまるで――――


 答えは一つだった。


「……今日はもう泊まっていきなさい。ただ明日家族会議を開く」


 子供を放置なんてできない。

面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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