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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第15話 少年の日の夢

 軋む椅子。

 たわむ縄。

 薄暗い明かりに、音を立てて揺れるナニカ。


 僕はそれを見ていた。

 日が落ち、人が集まり、そこにそれが無くなっても。


 まるでずっとあるかのように、身体が、顔が、動かなかった。


 雨が降り、日が昇り、落ち。

 何度も何度も繰り返し。

 目まぐるしく日数は周り。


 そして一本の電話が僕の耳に届く。


 小気味のいい電子音が鳴るとその方向を見る。


 するとまるで誰かが受話器を落としたかのようにひとりでに落ちる。


 そこから聞こえるのは――――


 緊急を知らせる車の音と、慌てたような男性の第一声。


「――――早坂さん!!!早坂さんのお宅ですかッ!!?」



 違う、僕はヒワだ。

 早坂じゃない。

 それは前の名だ。


「たった今、お――――」




「うわああああああああああああ!!!」


 思わず身体を跳ねさせ、目を開けた僕は息を切らしていた。

 それどころか、心臓はまるで早鐘を打つよう鼓動し、体中からじわりと嫌な汗が吹き出る。


「はぁ、はぁ……」


 近頃は見ていなかった。

 何故今更。


 自分が恐れていたあの景色、離れていってしまう人影、心。

 そのすべてを何度も何度も体験する。




 思わず僕は目元を抑えた。


「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 大丈夫、大丈夫だよ。

 僕は今生きている。

 落ちつけ。落ちつけ。






「あら、ヒワ!今日は早起きね!ふふっ」


 階段を降りながら、すぐに食卓へと足を運ぶと朝一番にフィーナと顔を合わせた。

 ウルシアは既に畑に向かったのか、フィーナはその食器をどうやら洗っているようだ。


「ああ、うん」


 なんとも言えない返事をしながら視線を逸らす。

 そしてそのまま椅子に腰掛けた。


 食卓の上には歯ごたえ抜群のパンと木ノ実のスープが置かれていた。

 質素に見えるかもだが二つとも僕の好きなものだ。

 小麦のいい香りがした。


「ねぇ、ヒワ?」


 パンを手に取り、かじっているとフィーナは背を向きながら話を続けた。


「カナルさんに話は通して休み取ってもらったからね」


 話を、通した……?


「な、何でだよッ!!」


 思わずそう怒鳴ってしまった。


 机を叩きこそしなかったが、相当ひどく睨んでいただろうし声も張っていただろう。


 フィーナは少し間を置くとゆっくりと話し始める。


「だって貴方は限界だったもの」

「違う!!僕は、僕はまだ!!」


 被せるように言葉を続けるも、その後の言葉は続かなかった。


 本当は僕も分かっていた。

 そりゃそうだ。

 帰ってきたときに嘔吐したんだ、それほどキツイと受け取られても仕方がない。


 ただこの瞬間の僕の頭の中にはそんな冷静な思考はなかった。


 また僕を離れていく人がいるかもしれない。

 だったら僕に人が集まるように、凄いことをキツイことを成し遂げなければ駄目だと。


 そういった考えしかできなかった。


「駄目です、私が許しません」


 ピシャリ、と言い抑える。


 でも、と言葉を続けようとした瞬間洗っていた皿を置くと、くるりとこちらを見た。


「ヒワ、私達は貴方の親よ?」


「お願いだから、もっと頼ってよ……!」


 綺麗な顔に雫が落ちる。

 初めてみた顔だった。


「あ……が、あ……」


 つま先から冷気を帯びて、喉元まで迫る。

 そして痺れたかのように僕の体の力が抜ける。


 いつの間にか立ち上がっていた身体に重力がのしかかると直ぐ様椅子に座り直した。


「わかった……ごめんなさい」


「……ごめんね」


 フィーナはそう言うと居間から出ていく。



 パンを一口サイズにちぎると口に入れる。

 そして流し込むようにスープを啜った。


「……味がしないな」



※※※※



「……一人の時間だな」



 ベッドに寝転び、植物辞典をパラパラめくり、サンの手紙を読み……そんなことを何回も繰り返して。

 僕はまた気付いた。


 ああ、何もかもがつまらない。


 いつか、魔法を趣味にする、冒険者になるという目標を立てる、なんてことを言った。

 ただそのどれもが中途半端に終わってしまった。


 魔法は未だ成長のみ、冒険者なんて僕程度の運動神経じゃ到底出来ないだろう。


 そしてついに僕はそれを鍛える(すべ)すら失ってしまった。

 じゃあ僕はここからどうすればいいのだろうか。






()()


 軽い音もならず、手の中にあるソレに変化はない。


「……やっぱり無理だよな」


 手を開くとそこにはキラリと光る種がのぞいた。

 世界樹の種、成長方法が未だ不明だと言う。


「……他の植物の種も持ってくればよかったな」


 持ってきていれば気を紛らわすことくらい出来ただろう。


「取ってくるか」


 森に入らずに、家の近くで種を拾えば良い。

 そうだ、そうしよう。



 ベッドから勢いよく飛び上がると、部屋を出て音を鳴らして階段を降りる。


 居間には誰もいなかった。

 どうやら二人とも今は畑にいるらしい。


 まぁいい。報告しなくていいだろう。

 森に入らなければいいんだ。


 そう、だから()()()()()は問題がないはず……


 そんな考えを持ちながら、そのまま居間を横切り玄関へと足を進める。

 そして勢いよくドアを開けた。



「……!!」


 そこには一面に金色が広がっていた。

 ポツポツと人が作業をしているのが見え、のどかな田舎という印象を受ける。


 いつの間にか秋になっていたんだな。

 気づかなかった。


「い、今は種を探そう。そうしよう……」


 そう言い聞かせるように僕はまた足を進めた。




 村はそこまで変わっていなかった。


 畑を突っ切るように出来た道を難なく進み、所々に点在する家には変わらぬ温もりを感じた。


 気がつくと僕は種を拾うことを忘れ、景色に目を奪われ続けていたのだ。

 余裕ができたからなのだろうか。

 はたまた別のなにかなのかはわからないが、ただ少し気が楽になった気がした。

 

 しばらく歩いていると、川が見えてきた。

 それほど大きい訳では無いが、かさが深く、子どもたちは遊ばないようにと釘を差されている。

 何なら近づくな、とも。


 だからか僕は何気なく橋の上にいる少女が嫌にでも目についてしまった。


 ベージュの髪に獣耳、そしてボロボロの汚れた服。


 一目でこの村の子供ではないとわかった。

 ただ僕が嫌に感じたのはそこではない。


 明らかに身体を前に出しすぎているのだ。

 そんなにしたら落ちてしまう。

 それに、その石橋は苔が良く生えているから滑りやすい。 


 瞬間的に僕は理解してしまった。

 彼女は死のうとしているのだと。


「あ」


 短く、掠れた声とともに少女の身体は宙に舞った。


 脳裏に浮かんでいた情景がまるで再現のようにスローモーションで重なっていく。



「やめろぉぉぉぉ!!!」


 僕は思わず叫んでいた。

 喉が枯れるくらい、一息で村に響くくらいの大きな声で。


 そして僕はそのまま彼女の救出へと思考をシフトさせた。



 今から走ったところで間に合わない。

 成長を使い、植物で体を押したとて、おそらく川に落ちる前には届かないだろう。


 どうすればいい。

 どうすれば、彼女を救える?


 その時ふと思い浮かんだのはサンの身体強化魔法だった。

 ウルシアを片手持ち上げた時、近場の都市に行ってくる時、山を駆け回る時……


 サンは一体どうしていた?


 靄をまとわせて、一部を回転させていた。


 やってみよう、彼女は今も落ち続けている、考えるよりも体を動かせ。


 短く息を吐くと僕は少女を見据えた。


 足に靄をまとわせ、足首から下を回転。

 回転数は僕が出来る限り早く。

 今の僕が出せるすべての靄を使え、体力が一回ですっからかんになってもいい。



 すると、ほんの少し身体が浮いた気がした。


(イケる!)


 そう確信した僕は右足に力を入れると一気に蹴り上げる。

 パチパチと足から音がなるとともに、体がグンっと前に出た。 


 もう一歩、もう一歩、そうやって足を出すうちにより一層加速していくのがわかった。


 瞬きすらしない勢いで、彼女まで到達するとそのまま抱きかかえ、向こう岸の草むらへと着陸。


 小石を飛ばしながら、ブレーキを掛ける。

 すると、橋から2、3メートルほどのところで停止した。


「はぁ、はぁはぁ、はぁ」


 バクバクと痛いほど鳴る心臓、ぼやけた視界、温もり。

 それを確認するとそのまま僕は膝をつく。


 流石に立てなかった。




「……何考えてんだよ」


 まず真っ先にその言葉が出てきた。

 魔法を使えて救えた達成感、そんなものは僕にはなかった。


「ふざけんな」


 あるのは

 もう誰にも死んでほしくないという


「お願いだから、死なないでくれよ」


 切実な願いだけだった。

面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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