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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第14話 猫耳少女は言う「死にたい」

 チュンチュン、と小鳥が囀る朝。

 絶え間なく続く頭痛、自然と閉じてしまいたくなるまぶた。


 飛んでくる怒号。罵声。


 分かっている。分かってはいる。

 けれど時々こんな風に体が動かなくなる。


 ぼーっとする。

 おぼろげながら部屋の天井が見える。


「ああっもう!クソがぁぁぁ!!!」


 隣の部屋で父がそう叫んだと同時に何かの割れる音がした。


 おそらくまたコップを割ったのだろう。

 馬鹿にならない出費なのに。


 あ、体が動く。

 動かなければ、また殴られるだろう。


 ご飯を作らねば。

 それで少しでも機嫌を取るんだ。



 真横に有る机からメガネを取ると静かに体を起こした。


 おばあちゃん。


 私、幸せになりたかったよ。

 でもなれなかったよ。


 初めて来たときとは全く違う感情を持って、私の一日は廻りだした。


※※※※


 出来立てのトーストをポンと置き、バターをくるりと塗る。

 見るからに良い出来だ。

 これだったらあの人も喜んでくれるだろう。


 キッチンを抜けると、大きな音の鳴る部屋の前へと歩みを進める。


 まるでチョコのように黒く、しっかりとしたドア。

 おそらく、私はまた殴られるだろう。


 震える手で取っ手を握る。


「落ちつけ……落ちつけ……」


 込み上げかけてくる何かを抑え、油汗を額ににじませながら私は静かに戸を引いた。


 目に映ったのは、棚に並べられた本の数々と薄暗い中、何かを書き込む父の姿。

 父の前の机にはまるで山と化した書類があり、その中の何個かは雪崩を起こしたかのように部屋に散乱していた。


「朝食を持ってきました」


 その直後、私の真横で何かが割れた。

 振り向きざまに何かを投げられたらしい。


 父の目はひどく血走っており、コケた頬と深いクマからは骸骨を想起させた。


「遅えつってんだろッ!!」


 投げられたものはコップだった。

 ちらりと一瞥すると、茶色の液体がコポリと垂れている。

 コーヒーの替えも必要だろうな。


「ご、ごめんなさい。少し寝不足で――」

「ああ?だから何だよ」


「お前はこの程度のことも出来ねえのかよ?ああ?」

「使えねぇ、愚図が」


 大量に紙が積まれた机の上にトーストを乗っけると私は逃げるように部屋を後にする。

 扉を締めたと同時にまた何かが割れたような音がした。


「てめぇ皿持って行けや!!片付けろやぁぁッ!!!」

「殺すぞッ!!」


 背筋がゾクリとした。


「ご、ごめんなs――――」


 慌てて扉を開けたその瞬間私のみぞおちには大きな拳が叩き込まれる。

 ほんの少し身体が浮いた直後。

 逆流してきた昨日の食事が黄色く腐った液体となって撒き散らされた。


「ゴホッ!ゴホッ!!……カハッ……」


 父は苛立たしそうに足踏みをすると、私を見下ろす。


「さっさと掃除しろやッ!汚えなあッ!!」


 くるりと踵を返すと、父はまた机に戻っていく。


「は、はい。ごめんなさい」





 死、というものについて考えなかったことはない。

 いつものように殴られて、気分が悪くなって、寝れなくなって。

 また一日が始まって私は過ごしていく。


 そしてまた死を考えるの繰り返し。



 まさに生きているのか死んでるのかわからない生活。

 汚れきった部屋にボロボロの服を着て、父の世話をし続けて。


 父も私が来たときはあんなに荒んでいなかった。

 ほんの数年前、母が死ぬまでは。


 父は母をいつも褒め、敬い、愛していた。

 一挙手一投足を父は新たな喜びのようにリアクションを取っていた。


 ただ私は養子だったから。

 美人な人でとても優しい人だったのは分かったが、死んだところで惜しい人をなくしたなぁ、といった程度だった。


 父は違ったらしい。


 思い返してみれば片鱗はあった。



 ある日の晩、母が風邪を引いた時があったのだが、その時父は見るからに挙動不審になり、本棚から山積みになった本をひたすらに読み母への愛を歌いながら超回復(ヒール)をかけ続けていた。



 暖かった。

 そんなことがありながらも母は常に笑顔で私も笑顔で父も笑顔だった。

 幸せだった。


 戻りたい。

 あの幸せだった頃に。


 出来ることならそのまま幸せに暮らしたい。




 そんなことを思っていた。

 ただ目に映るのはどうしようもない現実だった。


「うう……」


 魔道具から水を出しながら、黄色に染まった服を洗う。

 桶の濁った水には汚れた顔の自分が映る。


 唯一の救いは、あの父の血が私には無いこと、それだけだ。


 どうやったら私はここから脱却できるんだろうか。

 そんなことももう考えられない。


 そうなってくると、私の中では何度も死というものが現実を帯びてくるのだ。

 今死ねば、この地獄からは解放される。

 後悔は……ない……

 そう信じ込めれば今にでも私は逝ける。


 よし、じゃあ死ぬか。


 そんな軽い言葉が頭をまたたく間に占領した。

 そして、ブチッと私の中で何かがちぎれた音がした。


 その瞬間、すべてがどうでも良くなった。

 どうせ死ぬのだから。

 そう考えればこの作業も苦痛ではなくなっていった。


 すぐさま仕事を終えると、ちらりと窓の外を見る。


「……最期くらい、外でも行くか」


 冷たくなったトーストをかじり、顔を洗うと、覚悟を決めた。


 どうせ、戻ってくることなどない。

 もうあの人に会わなくてもいいんだ。



 玄関のドアを力いっぱい引くと、私は真っ白な明かりの下へと走り出す。

 靴なんて履かない。

 私はもう、自由なんだ。


 この瞬間(とき)から私は自由になるんだ。



※※※※


 村にでも行って最後この森で首を吊ろう。

 思い立った私は直ぐ様足を進めた。


 家の周りは森しかなかった。

 道なりに進む一本道しか村につながる道は無い。


 ただここ数年外に出ておらず、既にその一本道ですら草が生い茂り、獣道のようだった。

 所々にある看板だけが村へと行く手がかりとなる。


「ふんふふーん、ふんふふーん」


 鼻歌交じりに、ただしばらく歩く。

 そのうち、木々が開ける。


 パッと広がる一面黄色の畑。

 その中にポツポツと点在する家。


「ああ、綺麗だ」


 思わず涙が出てくる。

 たった、たったこれだけの景色ですら私にとってはどんなものより美しい。


 一度、父と母に連れられて訪れたあの集落、村は何も変わっちゃいない。

 それがこんなにも嬉しいなんて。


「あは、はあはは」


 私は変わってしまったのになぁ。


 思い切り、私は走り出す。

 何度も転び、何度も足に石が食い込む。

 けれど足は止まらない。止められない。


 息は上がり、いつの間にか村との境界へと私はたどり着いていた。


 辺りには誰もいなかった。

 だからすんなりと村に足を入れることが出来た。


 なんてのどかな村なのだろうか。

 あんな小さい家が私の家よりも遥かに大きく生きている。



 しばらく歩いていると。


「……あ、川!」


 川があった。

 透明で綺麗だが、ゆっくりと水面は揺れている。


 幅はそこまで広くないというのに飛び込んでも底に届かないだろうな。

 うん、立派な川だ。


 もっと、もっと見たい。


 縁に手をかけ、私は身体を乗り出して覗く。


「あ」


 その瞬間私の手はつるりと滑った。

 もう一方の手が空を切り、身体は重力に従うようにそのままゆっくりと景色が後退していく。


 私の墓場はここか。

 まぁ、悪くない。

 最後にこんな綺麗な場所で死ねるんだ。


 悪くない、悪くない。

 悪くない、悪くないぃ。


 ああ、何でだ。

 何でまだ水に落ちてないのに雫が見えるんだよ。


「やめろぉぉぉぉ!!!」


 瞼が落ちる間、そんな声が聞こえた。






「はぁ、はぁ、はぁ……」


 何だ。暖かい。

 それに、水に落ちていない?


 瞼を開けると、そこには少年がいた。

 と言うよりもその少年が私をお姫様抱っこしていた。



「……何考えてんだよ」


 低い声が耳に響く。

 ただその声はどこか鼻が詰まったように聞こえる。


「何で死のうとするんだよ」

「ふざけんなよ」


 少年の顔は綺麗だった。

 薄緑の目にほんの少しとんがった耳。そばかす。


 美少年、とまでは行かなくとも優しそうな顔立ちからは性根が垣間見える。


「お願いだから、死なないでくれよ」


 ただその顔はひどく崩れていた。

 光を失った目からは静かに涙がこぼれ、私の顔に落ちてくる。


「もう、嫌なんだよ」

「誰も離れないでくれよ」


 そう言うと、少年は声を上げて泣いた。

 叫ぶように、空っぽにするように。



 何で泣いてるんだろうか。

 何で私を救ったのだろうか。


「う、う」


 ツンとした刺激が鼻をくすぐり、じんわりと目が熱くなる。


「ああああああああああ……」


 私は幸せになりたかった。

 でもなれなかった。


 だから死を選んで地獄から逃げようとした。


 その選択は間違っていない、そう思う。


 だけど、私がしようとしたのは間違いなのだと、漠然とした事実だけが私を苛めた。








 ルーカ・ジャグーラ、十一歳。

 私の人生は今、音を立てて動き出した。

面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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