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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第二章 執着の至る所

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第13話 ポジティブシンキング

第二章開幕します。

かなり重めかもしれません。注意してください。



 春の暖かな日差しが葉に遮られ、じわりと湿った地面。

 そこを静かに踏み抜く。

 カサカサと落ち葉を踏んだ音が耳に入る。 


「……マトリ草、酸草(そうさん)、スナノキ」


 森の中を進みながら目に触れた植物の名前をひたすらに繰り返す。

 羅列し、特徴を思い浮かべてはすぐさま次の植物へと思考を変える。


香甘(コウカン)


 ゴブリンがいなくなったからか、だいぶこの森も入りやすくなった。

 だからか、カナルは僕に森の魔獣を討伐する、仕事をさせた。

 サンと同じだ。


 まぁ、仕事と一口に言ってもほとんどは森の入り口で意識を集中させて森の魔物を見つけるだけだ。無論、場合によっては討伐もする。

 対してサンは森に意識を傾けながらも自由に街を出入りしていた。


 やはりサンは凄い。僕には到底できないことを、やってのける。


 道沿いに進み続け、ほんの少し暗くなったところ。

 そこに目印である赤い花が咲いている。


 今朝も甘ったるいニオイをさせながら僕をお出迎え。


「……本当に慣れないな」


 この森はもはや僕の第二の家になっていた。

 家族と一緒にいる時間よりも、下手したら長くなっていた。


 それもこれも全部、サンの残したものの解析によるものだ。


 サンが残してくれたもの、それは合わせて二つあった。

 一つはこの植物辞典、もう一つは手紙だ。


 植物辞典をパラパラとめくり、最後の袋とじに切込みを入れるとそのまま引き裂く。

 べりべりといった安い財布のような音がなった。


 そこには手紙とキラキラ光る種がある。


 僕は静かに手紙を取ると。それを読む。


「……ヒワへ。急な、旅立ちになってしまいごめんなさい。私はもっと凄い人になってから村に戻ります。世界の皆が知るような。そんな誰もが驚く凄い人にです。だからそれまではバイバイ。君の成長を祈っています。

追伸、虹色の種は世界樹の種っていう213ページに説明があるものだよ。大事にしてね……」


 日課になってしまったこの手紙の音読。

 もはや見なくてもスラスラ言える。


 今度はページを捲り、世界樹の欄まで行くとまた音読を始める。


「世界樹、世界に一つしか無い大樹。どうやって成長したのかはるか昔から議論が続いているが詳細は不明。土に埋めても種のままのため、不成長種、隠常種いんじょうしゅ、などと言う」


 こっちも言えるんだよな。


 ため息を付くと、そのままあぐらをかく。




 今もあの日のことは嫌な思い出をフラッシュバックさせてしまう。


 キィっと木の軋む音、優しい声、喪失感、そのどれもが今あったかのように思い出せる。


「はぁ……」


 体は成長を重ね、身長はあの日からかなり伸びた。


 だというのに僕はまるで成長できた気がしない。

 日々の日課になった、ランニングと素振り、それにこの植物辞典をすべて覚えた、程度。


 これがサンが求めていることだろうと無理やり、がむしゃらに毎日を生きてきた。 


 だと言うのに、サンの方から連絡はない。

 もちろん、分かってる。紙が貴重だからそもそも送ることが難しいということも、郵便局なんて無いからそもそも送れないことも。


――――ザッ


「んん?……いるな。魔獣(モンスター)


 考えていたことがすぐに塗り替えられていく。


 魔獣は距離にして、前方百メートル位。

 じゃあ、届くな。


 僕は地面に手を置く。


 その手の下にはスナノキがあった。


 緑色の葉っぱがさわさわと手をくすぐる。


()()


 その瞬間、スナノキはムクムクと瘤のように膨らむと僕の手を押し上げる。

 そしてそのまま蓮のようにピンクの花を咲かせた。


「よし、一旦止め」



 魔獣はすぐに距離を詰めてくる。

 スピードはそこまでだが、おそらくこれはラビホッグというイノシシのものだろう。


 草をかき分ける音が遠くから聞こえる。


 あと数秒でここに到達するだろう。



「3、2――――」


()()


 花はすぐに萎れ、そして。


パンッ


 乾いた発砲音がした。


「ギュオオオオオオンッ!!!」


 そのすぐ後、僕の眼の前には頭部が崩れかけた巨体が突っ込んでくる。

 僕の身長をゆうに超えた、茶色でチクチクと針金のような毛が生えた体だ。


 右半分が吹っ飛んでいるというのに残った目をぎょろりと動かしながら。

 そのまままた咆哮をした。


「ギュオオオオオッ!」 


「ああ、そうかい」


 その勢いを保ったまま奴はまた僕に突進をする。


 すぐさま逃げず戦闘を続行させるのはやっぱり気性が荒いからか?


 傍から見れば絶体絶命、そう見えるだろう。

 ほんの少し手を前に出すだけでラビホッグにさわれるほどの距離だ。

 通常生き残れない。


 ただ僕はサンの弟子だ。

 この程度、よけれなくては。


 瞬間的に右に交わすと、両手に魔力を込める。


 魔獣は木に激突し、血しぶきを上げると、またもや咆哮をかました。

 しかし、今回のものは違う。


 モスキート音のように高く体に響く音だった。

 瞬間的に耳を塞ぐ。

 これは、声に魔力を乗せる技の一つだ。

 聞くと、昏睡や混乱、場合によっては命を落とす。


「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」



 振動が空気を伝い、体を揺らす。

 間に合わなかったか。


 体がまるで石のように固まった。

 それとともに、視界がぐにゃりと曲がる。


「サン」


 だったらどうしただろうか。


 魔獣は血で染まった目でこちらを見つめると息を吐く。

 そして、そのまま僕に向かって走り出す。


 徐々に上がる速度、風を切る音がどんどん近づいてくる。


 距離にして数メートル。

 今度こそ、死んだ――



「ギュオォォォ……」


 そう思う暇もなく。

 鈍い衝撃とともに、僕の体は魔獣の体を止めていた。


「そうだよな」


 叫ぶ手前、足元の草木を成長させ足を固定。

 初速が遅く、かなりの助走がないと威力が出せないラビホッグの突進じゃこれで十分。

 そう踏み、わざと硬直した自分の体で受けたのだ。


「あ、動く」


 身体の硬直が解ける。

 思っていたより短かったな。


 即座に木剣を引き抜くと、逆手のまま僕はそれを脳に突き立てる。


 もはや体のすべての血であろう、血しぶきが僕の眼の前で音を立てて吹き現れる。

 スプリンクラーのように絶えず吹き出るそれを僕は瞬きもせずに見ていた。


 当時、恐怖しかなかったというのに今じゃそれが当たり前のように感じられた。

 無感情、無関心。

 楽しさの欠片も感じられなかった。


 視界が赤に染まって。


 そして僕はまた見るんだ。

 幻影を。


 サンだったら。

 もっと軽くいなして、あんな痛みを与えずに一瞬で。

 そんな理想の幻影。


 届かない。

 戻ってこない。

 真実の幻影。


 そうやって見ていると漠然とした、現実だけがそのうちに視界を埋め尽くす。


 サン、僕は強くなっているのかな。

 僕はもっと……もっと……


 強くならなくちゃいけないよな。


 血しぶきが消えると、薄暗い、あの森へとまた戻ってくる。


 あの頃から、僕は何も変わっていない。

 成長もしていない。

 それどころか、サンの凄さを日々実感するばかりだ。


 どこをとっても、サンは僕のはるか先にいる。

 人間性でも。


※※※※



「ただいま」


「ヒワ!!だ、大丈夫か?」

「色んな人から聞いたのよ?あのラビホッグを討伐したって……」


 家の戸を開けると、ウルシア達が飛びついてくる。

 ただそれをグッとこらえると、言葉を返した。


「大丈夫、小さめの個体だったし」

「でも、その血は――」

「大丈夫だって」

「……辛かったら頼ってくれよ、なぁ?」

「そうよ、私達は貴方の親よ?」

「ありがとう、でも大丈夫」


 何度も繰り返した応答にもはや淀みはなく。

 キラキラとした何かを目に溜めた良い人達は、それでもと食い下がる。


「わざわざ、そんな仕事しなくてもいいじゃない」

「そうだよ、まだお前は子供だ!本当だったら何もしないで遊んでたって――!!」

「だから、大丈夫だって。父さん、母さん」


 僕はサンの弟子だ。

 だから、頑張らないと。


 サンに褒めてもらえないじゃないか。

 サンが戻ってこないじゃないか。


 あの、太陽のような笑顔も、何もかも。


「僕は、強い子だから」


 その言葉を吐いた時、身体の中から何かが湧き上がるのを感じた。

 あの言葉だった。

 前の世界で吐いた。

 どうしようもなく、みっともなく、情けなく、逃げ場を作った。


「「ヒワ!」」


 もう、何も考えたくない。

 日ごとに増す、焦燥感。


 それでも、動かなくては――――


 湧き上がる液体、動かぬ体。



 母さん、今見てる?


 父さん、僕は大人になれる?


 過去の人、僕は今、どんな風に映っているかな。


面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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