第12話 サンとの戦い
明くる日、 いつも通り起きて、隣を見たらサンがいなかった。
トイレかとも思ったが、いないし、どこかウルシア達の様子がおかしい。
しきりに何かに集中しているようなことを言い出すのだ。
「あー……今日仕事長引きそうだな―……」
「そ、そうねぇ〜私もお掃除張り切っちゃいそうだわぁ〜」
なんて感じで。
すぐさま問いただすとすんなり吐いてくれた。
少し前にカバンを持って出ていってしまったと。
照りつける太陽の中、今僕は走っている。
それも風を切りながら。
「はぁ、はぁ……」
大丈夫、少し前ということはまだ村から出ていない。
サンは生真面目だから、何人かには絶対挨拶をしてから出ていくはずだ。
だから、まだ村の出口まで走れば間に合うはず。
だってのに、何で遅いんだよこの体!
明らかに早いのに、速度はそこまでだ。
早く、早く。
まだ、まだ感謝も何も伝えてないんだよ。
川にかかった石橋をわたり、村の出口が目に入る。
金髪、褐色。
ふわりと花のいい香りがしそうなボリュームの髪。
そこにはちょうど馬に乗ろうとしていたサンがいた。
「待って!!」
ピタリとサンの動きが止まる。
そのまま僕はサンの腹に飛びつく。
「待ってよ!サン!」
思っていた以上にぐるぐると回りながら、サンと僕は村を飛び出した。
そして近くの木にぶつかると止まる。
「ヒワ!?あ、危ないよ!!」
「サン!はぁ、はぁ……」
「それに、なんでここにいるの……?」
「……父さん達から聞いた」
「ええ、話しちゃったか……困ったなー」
頭を擦りながらもサンはいつも通りに振る舞う。
しかし、動揺しているのか目は泳ぎ、ほんの少し体が汗ばんでいる。
「ねぇ!サン!なんで出ていくの!?」
「僕はまだ、サンと一緒に――――」
「はは、やっぱ言うよねぇ」
こうなるから言いたくなかったのに、って何だよ。
僕はこれでもまだ冷静だぞ!
サンは少し悩んだ素振りを見せると、
「よし!じゃあ私に勝てたらここに残ってあげるよ!」
「それに私が出ていこうとした理由も教えちゃうよ?」
ニヒルな笑みを浮かべると、僕を引き剥がす。
サンに勝つ?
そんなことが出来るのか?
いや、でもこのままだとサンが僕の近くからいなくなってしまう。
……答えは一つだ。
「――やる」
「わかった!」
「あー、村長……いや、カナル様。少しお時間頂いても?」
不意に、何かが変わったような気配がした。
ただ、あたりを見回してものどかな畑があるだけだった。
「ううむ、構わんよ?」
村長はそれはそれは楽しそうにひげをさする。
それと同時にサンはまた同じ表情に戻った。
「よし、じゃあはい!これ!木剣!それと……魔法も使っていいよ!」
「え?いいの……?」
「うん!」
「私はハンデとして、素手で行くよ。魔法ももちろんなし!」
「少し離れたら私が合図をするので、村長は号令を掛けてください」
老獪の目は瞬時に覇気を纏う。
「ほほう、この私をこき使うか?」
「はは!すいません!調子に乗りましたね!」
「いや、構わん構わん!」
ガハハ、と大げさに笑ってみせると村長はコホンと一呼吸を置く。
……村長ってなんかすごい人なのか?
ちょっと、何も分からなかったけど……まぁいいか。
今はひとまずサンの対戦について考えないと。
サンはだいたい僕から十メートルほど離れると軽く跳ねてみせる。
「ふんす!ふんす!」
鼻息がまるで牛のように出ている。
その瞬間、僕の頭の中には数々の思い出が蘇ってきた。
修行でひたすら走らされたこと、剣技について教えてくれるもサンが凄すぎて心が折れかけたこと。それでもサンは優しくていつも楽しかったこと。
勝てるわけがない。
分かってるさ、肌で感じる。
サンの魔力の靄が濃い。
調節しなきゃ、視界が真っ白になるほどに。
でも、勝つ。
勝算はある。
一度、先程まで転がっていた場所へと目をやる。
細く、見るからに弱そうな木、しかし、地面を見ると立派に根が張られている。
僕も同じだ。サンから見たら弱そうでも、しっかり根を張っている
しっかりとサンを見据えた。
「始めぇぇぇぇいッ!!!!」
開戦のゴングは鳴り響く。
※※※※
「成長」
薄く膜を植物の周りに這わせるイメージで。
軽い音とともに、シュルシュルと長い草がサンの元へと辿っていく。
しかし、サンのもとに届く前に、植物は成長が止まってしまった。
「あれ?ヒワ……全然届いてないんだけど……」
植物は僕から数歩程度の位置で成長を止めてしまった。
クソ、まだ加減がわからない。
でも、これでいい。
サンの意識は植物の成長へと行く。
だから、僕はもっと植物を成長させ続ける。
僕を隠すように。
「なーるほどねぇ……」
サンの武器は、その圧倒的なスピードとパワーだ。
だけれどそれはあくまで対峙したのが魔獣のとき。
人の場合、更にそれが身内の場合は絶対に躊躇する。
「林を作れば私が攻撃できないと思ってんだねぇ〜……」
「成長……!成長……!」
ほんの数秒、時間を稼げればいい。
僕の狙いはこれじゃない。
それにサンの攻撃はいつきてもおかしくない。
警戒レベルを上げろ、僕。
大体三メートルほど林を作った僕は、今度は地面に手を置く。
ここからが勝負だ。
「お?終わったかな?」
サンは軽い口調でそう言うと、走る音が聞こえた。
珍しく、攻撃が遅いな。
「うわ、凄いね私くらいの大きさあるよこの草……」
「……」
「じゃ、攻撃するよ?」
サンがそういった瞬間、僕の真上から草が消滅した。
えぐり取られた。
「わ!!結構深いね、この草」
合図は――
「ヒワー?どこかなー?」
サンはキョロキョロと僕を探す。
僕は体が小さいからか屈めばまだバレない。
「あ!ヒワ!みーつけた!!」
――ここだ。
「成長ッ!!」
ポン、と軽い音ともに僕は立ち上がる同時に飛び上がる。
その際、僕の体を押し上げるように草を成長させて。
「お?ヒワ?」
瞬間的に僕の体は空中へと放られ、サンの身長をゆうに超えた。
サンに僕の攻撃は……届く。
頭上の僕に意識を向けたこの瞬間、タイミング。
――成長――
サンの足元には大きな木の根が出現する。
これは先程の木の根を成長させたものだ。
強制的に成長させることで根を地表に露出させ、サンを持ち上げる。
一瞬、サンの体勢が崩れた。
目を見開かせて、口を開けて、眉を上げて。
「火球!!」
その瞬間、僕の右手には魔力が集まり、靄が回転を始める。
そして静かに火はついた。
火球、その名の通り球であるが、僕のはピンポン玉程度しかない。
ただそれでもこれをこのまま持っていく。
大丈夫、サンはこれなら耐えてくれる。
この勝負
「僕の、勝ちだ!」
火球がサンの顔へと近づいていく。
まるで吸い寄せられるように。
しかし、この勝負は――
勝負ではなかった。
「ヒワ、ありがとう」
まるで別れを惜しむように。
涙目に成りながら。
逆に跳ね、近づいてくる。
そしてサンの手刀が、僕の火球を当てる前に決まった。
途端に視界がおぼつかなくなる。
思考がぼやける。
というよりも、起こった情報を処理できなかった。
空中で、飛び上がってる相手にサンは首に手刀を当てたのだ。
ということは端から全部。
僕の攻撃は、
見切られていたということだ。
根の露出も、僕の考えも全部。
全部。
わからなくなっていく。
この日々が。
ぐちゃぐちゃになっていく。
サンへの思いが。
※※※※
目を開けると、そこには茜色に染まった空が映っていた。
「サン!!サンは!!?」
「お?起きたか、ヒワ坊」
声の主を見ると、村長、カナルが座っていた。
いつの間にかかけられていた彼の服。
どうやらカナルは倒れた後の僕をずっと見守ってくれていたらしい。
ただ今はそんなことより。
「サン!!サンはどこに!?」
「もう行ったよ。だーいぶ前にな」
そう言うとガハハと笑った。
「お前さん、そーとーに強いんだな」
ポンと肩に手を置かれた。
が僕にはそれを感じられるほどの余裕がなくなっていく。
サンは、もう。
…………
「おん?どうした?ヒワ坊?」
ふわふわとした感覚のまま立ち上がる。
「家に、帰る」
「おう、そうかい」
サンのいない家。
想像ができなかった。
何歩か歩いて、出口を見ては、また何歩か歩く。
そんなことを繰り返していた。
帰る足取りは重く、立っているのもやっとなくらい。
結局、サンは教えてくれなかった。
それとも僕が何かしたのだろうか。
だから教えてくれなかったのだろうか。
いや、違う。
負けたからだ。
「ヒワ坊、泣くな!」
「サンは最後にこう言ってたぞ?」
「楽しめとな!」
分かってるさ。でも僕には出来ない。
好きなもの一つすら見つけられないんだ。
何も出来ないさ。
「……ヒワ坊!植物は好きかー!?」
分からないよ。
「返事がないってことは不同意ってことでいいんじゃなー!」
「じゃあ、このサンが残していった本はワシが売りにでも――……」
その瞬間、僕の体はカナルへと向かっていた。
どうしようもないほどに、足を動かして。
「はっはっは。好きなら好きと何故言わん」
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」
カナルは意地悪そうに笑うと、放り投げるように僕にそれを渡した。
サンが残していった本。
植物辞典のようだった。
皮のような質感の表紙に、ボロボロの和紙のようなページ。
「ヒワにはこれを渡してほしい。って頼まれてな」
「忘れとったわい」
ケラケラと笑ってみせるとカナルは立ち上がり、僕の手を引いた。
「じゃあ、家に帰ろうな」
「大丈夫じゃ、ヒワ」
「サンは沢山残してくれただろう?」
そんな優しい声が、響いた。
耳から離れなかった。
これにて第一章は終わりです。
面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)
よかったら是非!!




