第11話 ヒワとの戦い
森を抜けると、入り口の柵の前にサンがいた。
かなりの時間待ったのか、ところどころ泥が跳ねている。
「ヒワ!!」
サンはいつものように笑顔で出迎えてくれた。
ただ僕の様子を察したのか、頭を撫でながら静かに抱きしめてくれた。
達成感、よりももしもあの場でやられてたら、という考えがぐるぐると回っている。
もう、この人たちに会えなかったのだろうか。
目をこすりながらも顔を上げると、サンは顔を崩しながらもより強く抱きしめてくれた。
「ヒワ、ごめんね」
「よく頑張ったね」
そんなことをただ何度も囁いていた。
違うんだ、違うんだよ。
サン、僕が言ったんだよ。冒険者に成りたいって。
だからサンは自分が知っている中で一番楽な仕事をさせてくれたんだ。
だというのに僕はもう――
心が折れてしまいそうだった。
「うっ……」
自分が嫌になる。
何もかもが中途半端で。
チャンスがあったからと何も出来ないのに首を突っ込んで。
僕は泣いた。
申し訳なさと、自分の不甲斐なさがサンの優しさでより一層浮き彫りにされる。
ごめんなさい。
その一言すらも言えないまま泣き続けた。
※※※※
木の扉をそっと開ける。
小窓からは夕焼けが入り、部屋全体は赤く染められていた。
開けっ放しにしていたからか、ほんの少し肌寒い。
「……疲れた」
質素な部屋の中、ひときわ目立っている大きなベッド。
簡素な机に花の無い花瓶。
それらを一瞥し、そのまま僕はベッドに倒れ込んだ。
ボフッと音がなる。
フィーナがどうやら洗濯をしてくれていたらしい。
ふかふかだ。
寝たまま、仰向けに体勢を変えると今度はしっかりとため息を付いた。
目元を手で覆う。
傷が一切ない、綺麗な手だ。
サンとは程遠い。
……ゴブリンを倒した時、最初の方は達成感があったんだ。
だからご褒美に心を踊らせてた――いや、本当は違った。
死んでいたかもしれない、という恐怖を誤魔化すため気丈に振る舞ってた。
ただ最後、あのリーダー格のゴブリンを殺した時。
自分が恐ろしくなってしまった。
躊躇いなく、僕は彼の家族を仲間を殺していた。
それに加え、最後まであのゴブリンは生きようと模索している中、木剣を振るった。
彼も、自分が死ぬ瞬間にどうにか足掻こうとしていた。
そこに一瞬でも自分が重なってしまった。
「はぁ……はぁ……」
もしかしたら、あの場で死んでいたのは僕かもしれない。
じゃあ、あのゴブリンと僕の境遇はもしかしたら同じだったんじゃないか?
もし、僕の転生先があのゴブリンだったら。
たまたまだ。
僕は全部がたまたまだ。
たまたま人だった。
たまたま師匠が出来た。
たまたま》優しい人達に会った。
もし――あれが、人だったら。
もし、あれが僕と同じだったら。
賢明に生きてきた人を、この手で。
また僕は人を――
「う!!」
思い切り手を壁に叩きつける。
ドンっと響く音が鳴った。
サンは、あんな仕事をやっていたんだ。
聞いていた感じ、毎日。
あんな命のやり取りをしながら生きて。
ジンとした痛みが手に残る。
ただそれも、あのゴブリンに比べたら遥かにマシだろう。
サンだって、こんなことよりひどい怪我を沢山してきただろう。
たまたまで中途半端で、じゃあ僕は今何が残っている?
趣味を探しても見つけられなくて、皆を生かすと声高に宣言しても自分じゃ力及ばずと折れてしまいそうで。
「ヒワ」
誰かが部屋に入ってきて、僕を呼びかける。
サンだった。
「ええと、私が出来ることなら何でもするよ?」
「……大丈夫、です」
「大丈夫じゃないでしょ」
「大丈夫ですって」
「大丈夫じゃない」
サンは一向に引かない。
こっちが折れるまで居座るつもりだ。
体を起こした。
けれどサンの方に顔は向けられない。
「サンには関係ない。部屋から出て」
「関係ないわけない」
「だからいいんだって!」
続けざまに言葉をつなげようと、語気が強くなっている。
こうやって僕はまた人に当たる。
「駄目だよ」
「教えて」
淡々とした口調でそう述べる。
サンが僕に寄ってきているような気がする。
「……私はね、君を分かっちゃいないけどさ」
「君よりも何歩も先を歩いてるつもりだよ」
もう、どうでもいい。言ってやる。
ぶち撒けてやる。
そう思っていたのに。
振り返ると、サンの頬には涙の後があった。
それに加え、僕をしっかりと見つめている。
まるで、心を透かしているように。
「……僕は、弱いんだよ」
「何かをやろうと思っても迷惑をかけちゃうし、頑張ろうと決めてもそのとおりに出来ない」
「今も、こんな風に、手が震えて……怖い」
どうして、サンはそんな顔をするんだ。
なんでそんな辛そうな顔をするんだよ。
サンは深く息を吸うと、屈んで僕と目線を合わせた。
「ねぇヒワ」
ほんの少し明るい声が響く。
乾いた涙の跡にそってニッコリとしたエクボが見えた。
「失敗じゃないんだよ」
「何度も挫けて、泣いて、苦しんで」
「そんでもってそこから何を学ぶか」
「結局はそれなんだ」
だからね、とサンは続ける。
「君が今日、何を学んだのか教えてほしいな」
「出来なかったことより、出来たことを話そうよ」
泣いた子供をなだめるような、そんな優しい声。
ひねくれた回答ばかりが口から出ていきそうになる。
でも、サンが僕のことを案じている優しさが残って離さない。
「私だって何も出来なかったんだから」
「……何も?」
「うん、魔法学校じゃ赤点ばっかでね。奇跡的に受かったのに親からは学費を無駄にしたなんて言われたよ」
「それも返したんだけど、やっぱり高いからね」
「今でも時々言われるよ、当時は勘当してやろうかと思ってたってさ」
「見返したんだ」
「うん、在学中に冒険者になって稼ぐようになったからね」
そう言うとサンはニカッと笑う。
剣の修業のとき、時々見せていた表情だ。
思えば、サンは苦しかった話もまるで楽しかったように話す。
死にかけた話もだから助かった、だから生きたのように。
悲しい話もでも、良い経験だった。
そうやって、話すのだ。
「……でも、なんでいきなり出来るようになったの?」
サンは少し間を開けると、静かに述べる。
「好きな人が出来たんだよ」
「何でも出来て、美人でお茶目で、かっこいい、そんな人」
目を閉じて、思い出に浸るサン。
「その人が私にこの考え方を教えてくれたんだよ」
「良いことも、悪いことも全部ひっくるめて楽しめってね」
いい言葉でしょ?と同意を求めてくる。
「でも、僕にはそんな風に考えられな――――」
遮るように言葉を重ねる。
「私もそう言った」
「でも、その人が言ったんだ」
「だから実践してるってね」
実践してる、じゃあ――
「その人も信じてなかったんですね」
サンは吹き出すように笑うと言葉を紡ぐ。
「らしい!」
「面白い人でしょ?」
「はい」
サンはぱあっと輝いて見えた。
「その人は今どこに?」
ただすぐにそれは光を失った。
「もう、死んじゃったんだ」
思わず目を見開いた。
死んだ。死んだって言ったのか?
どこか遠い目をしながらもサンはどこか微笑みを浮かべている。
ただ少しぎこちないようにも見えた。
「辛かったよ」
「でもね、言ったでしょ?ヒワ」
「彼女が残してくれた言葉があるんだ」
「何でも楽しむ。それが大事なんだ」
サンは僕の手を取りながらスリスリと撫でる。
ひどく、淡々としていた。
ただありきたりではなかった。
到底僕には理解が出来ない話をされた。
でも、心のなかで何処か納得している自分がいた。
誰も辛くなかった、なんて言っていないしサンだって努力しなかったわけじゃない。
剣や魔法、それだけじゃない。
立ち直る方法という曖昧なものに対しても彼女は受け止めて、経験として前に進んだのだ。
「……凄いね、僕には出来ないよ」
「君にだって出来るさ」
「赤点の私だって出来たんだから!」
小窓から入った風に、ふわっとしたいい香りが舞う。
かつて、キツイと評したあのニオイだ。
「ふふっ」
サンは立ち上がる。
すると、そのまま僕のおでこにキスをした。
思わずドキリと心臓が跳ねる。
落ちつけ、彼女は男だ。
「よく頑張りました。ご褒美です!」
へへっと軽く笑いながらサンは顔を赤らめる。
夕焼けに照らされた彼女は、本当に女性のように見えた。
いい笑顔、だった。
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