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何も持たない僕が、異世界で爪痕を残すまで。ーその人はただ誰かの心に残りたいー  作者: 阿野ツリア
第一章 喪失、また喪失

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第10話 ゴブリン戦線③

 そのゴブリンはどこか怒りとはまた違った何かを持っているように見えた。

 僕を見て、仲間を見て叫んだり吠えたりするのではなく、表情からそれがわかるだけだからだ。


 動揺していない?


 いや、そんなわけがない。少なくとも表情からはありありと怒りが伝わってくるし顔も赤くなっている。

 じゃあこの得体のしれない不気味な感覚は何だ?


 まるで力が吸い取られていくかのように爪の先から冷たくなっていく。

 思わず、握っていた剣を落としかける。


「――――ギャガ!!グガァ!!」


 それを見て、口を開けていたゴブリンに笑みが戻ってきた。

 耳まで裂けた口からはギザギザな歯と垂れる涎が見える。


 先程までの奴らとは一線を画すほどの異質な存在、まさしく僕はそんなことを思った。






「はぁ……はぁ……」


 大体二分ほど睨み合いを続けていた頃、僕は違和感に気づく。

 動悸が収まらないのだ。

 それどころかまるでたった今も激しい打ち合いをしていたかのように体は鉛のように感じられ、視界も少し霞んでいる。


 それに対し、ゴブリンは寧ろ元気そうだ。

 ニヤニヤとした下卑た笑みは相変わらずだが、心なしか肌の色が明るくなっているように見えた。


「ぐっ……」


 駄目だ、立てない。


 瞬間、膝の力が抜ける。

 ただすぐさま剣を地面に刺し、なんとかそれに体重を預けた。


「はぁ……ふぅ、はぁ……」


 ポタポタと顎を伝い、汗が落ちていく。

 雫は草に弾かれ、霧散した。


 体が鉛を重ねていくように重さを増していく。



 まさか魔力が吸われている?

 明らかに体が衰弱している、それに今まで見えていたはずの靄が気づけば意識しないと視界に捉えられなくなっていた。


 どうやって魔力を――


 僕の足元をよく見てみると何やら細い糸のような物がゴブリンの方向に辿られている。

 そしてそれは


「――あれか」


 ゴブリンが手にしている謎の武器、柄だけの剣のようなものへとつながっていた。

 震える指をゆっくりと武器へと向ける。


「ッ!?……もう力が!?」


 本当であれば、足に力を入れてそれを奪い取るつもりだった、がもう僕にはそれをできるだけの力も残っていないらしい。


「クソ……駄目だ」


 回り始めた視界が傾いていく。


 ゴッと大きな音が鳴った。顎を打ったようだが痛みがもう来ない。

 ああ、地面がこんなに近い。


「はぁ……はぁ……動け、動けよ」


 なんとか首を動かし、前を向く。


 まだ魔力があれば、魔法(ファイアボール)が使えたかもしれない。

 サンに怒られるけれど、まだ僕は助かったかもしれなかった。


 ただ魔力(それ)ももうほんの少ししか感じ取れない。


 こんなあっけなく僕はくたばるのか?

 こんなんじゃ終われない。


 まだ何も成し遂げていない。

 結果を出せていない。

 趣味だって見つけていない。


 魔法のことだってもっと学びたい。

 サンと修行したい。

 ウルシアの畑作業を手伝いたい。

 フィーナのご飯を食べたい。



 じゃあ、どうすりゃいい。


「グギャガゴ!!」


 ゴブリンは足を踏み鳴らしながら五歩ほど歩くと僕の頭上で声を上げて笑い始める。

 油断、している。

 でも僕は動けない。



――もし、この植物に魔力を込めたらどうなるんだろうか。気になる――



 ほんの少し昔の記憶。


 残された道はもうこれしか無い、そう思った。


 ……靄を体から集め、体から手のひらに力を集中させる。

 そして手のひらに溜まった魔力を植物に、ああ、クソ、雑草に被せる程度しか魔力が集まらない。

 ……そして、そのまま唱える……




「……()()


 虚ろになっていく視界。

 それとともに手放しているのがわかる力。


 あまりにも辺りが静かで森がさわさわとそよいでいるのが聞こえる。


「頼む」


「頼むよ」


「ガガガ!ギャッギャッギャ!!」


 何度かそんな言葉を言ってみるが、草は何も変わらず揺れるだけ。

 そして次第に遠くなり始めた意識についに僕は諦めた。


「……あぁ」


 そんな僕をさぞ楽しそうに見届けるとゴブリンは近くにあった木の枝を拾い上げた。

 思い切り振りかぶり、そのまま落とす。

 先の尖ったやりのようなそれは真っ直ぐ僕のつむじを狙っている。


 ポンッ


「グギャギャッ!?」


 軽い音ともに、ドンっと響くような振動が伝わる。

 つむじの辺りにはじわりとした重み。

 それとともに、視界はより一層おぼろげになっていく。


 プツンっと糸が切れたような音が聞こえた。


 ああ、これが死なのか。

 痛みもなく、それどころか体に力が戻って来るような中々良い気分だな――――


 ちょっと待てよ?


「はぁ……はぁ……」


 木の枝にしては平べったすぎないか?


 というか、今ポンっとなったよな。

 ってことはこれは、死じゃない。

 ()()が成功したんだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 体に痛みが戻ってきている。

 息苦しい。

 いや、でも次第に呼吸もしやすくなってきている。

 体力が戻ってきているのか?なんでいきなり……

 いや、今はそれはいい。

 何が起きてどうなったんだ。


 明るい、冷たい、痺れてる、色んな感覚が一度に押し寄せてくる。

 ただいつの間にか開けていた視界から情報を得ようと顔を上げた。


「グググ……ガガオギャ……」


 そこにいたのは植物に巻き付かれて身動きが取れなくなっているゴブリンだった。


 抑えている植物を辿っていくと僕が倒れていた隣の芝から伸びている。

 どうやら()()がなんとか発現できたらしい。


 ゴブリンは苦しそうに体をよじらせているが、大の字に固定されているからかどうすることもできない。


「危なかった」


 もし、発動しなかったら。

 またもや僕はお陀仏していた。


 というよりも今回は本当に死んだと思った。


 むしろ、なんで僕は生き残れているんだ。

 それに


「こんなに、ちょうどいい大きさに成長させられたのか……?」


 今までやった、とは言っても数回だがその中でも自由を奪える且つ相手を必要以上に痛めつけない締め付け、さらには大体数メートルほどの大きさ……初めてだ。


 だというのにこんなにも力強さを感じさせてくれる。


「成長したのはどっちだったかな」


 そっと手を置くと脈を打っているようなそんな気がした。


「グギャアア!!」



 さて、じゃあとりあえず総決算といこう。


 今は一刻も早くこの場所から離れて安全な場所に戻りたい。

 だから、まずはこのゴブリンを仕留める。


「グググ……」


 ちらりと視線をゴブリンに戻すとこちらを恨めしそうに覗き、低く唸っていた。

 どこまでいってもコイツラは害獣、獣だ。

 人に仇なすなら殺さなければならない生き物だ。


 散々僕を嘲り、殺害しようとしたんだ。

 仲間を思って怒っていた、だけじゃ到底僕は彼らを動物として見れなかった。


 でもどちらかと言えば彼らの気持ちを理解してあげたい気もある。

 何もしていないというのに餌場に入ってきた人間を狩ったら虐殺されるのだ。

 それどころか何もせずただ生きているだけで今回のように討伐されてしまう。

 だから攻撃的になるしかなかったんじゃないか?

 そう思うことも出来る。



「よし」


 しっかりと僕は彼の目を見た。

 真っ白な目、怒りを感じる表情、涎を撒き散らしながらも必死に抗おうとする行動。


 そのすべてを僕は否定しない。

 ただし、肯定もしない。


 せめてもの慈悲で一撃でやってやる。


 突き刺した木剣を引き抜くと、数歩ほど歩き、一度ゴブリンの首へと木剣を当てる。


「……来世があるなら、どうか君たちが幸せになれるよう祈っておくよ」

「それが僕なりの礼儀だ」


 距離を取り両手で木剣を強く握りしめるとゴブリンの元へと走っていく。


 ゴブリンはこの後のことを悟ったのか、次第に顔を青ざめさせる。

 それどころか、汗を何滴も垂らし、精一杯わめき出す。


 少し手前で飛び上がると、僕は大きく振りかぶった。



 ゴブリンは辺りをキョロキョロと見回している。

 必死に汗を垂らしながら。

 歯ぎしりで歯が砕けるほど。


「ガァァッ!!?ガガガォッ!!!?」


 瞬間、彼の瞳には僕が映った。




 そのまま居合の要領で首に叩きつけた。

 ジンっとした痛みが手のひらに、広がる。

 この感覚は一向に慣れない。


「ごめん」


 ひどく首が曲がったゴブリンを尻目に、僕は静かにその場を後にすることにした。


 ひとまず。


 僕の勝利だ。

 ……ただどうしてもこれが勝利だとは思えなかった。

面白かったら評価・リアクション・感想いただけると励みになります!(*^^*)


よかったら是非!!

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