45、洋館のダンススタジオ
電話先の雅史が、でっかいため息付く後ろで、バタンバタンドアが閉まる音がする。
僕は部屋でカルピス飲みながら、雅史のいる場所が何となく想像出来た。
なんで電話かけると、必ずどこかに逃げ込むかなあ。
まるで猛獣に睨まれたうさぎだよぉ〜 ピョンピョン
可愛い〜〜!
って、ニヤニヤ笑っておちょくられているのも知らず、俺は溜息交じりでマリンの可愛い声を聞く。
そう、トイレで。
『ってさ、酷いと思わない? もー、パパりん大っ嫌い』
プウッとむくれて、チューッとなんか飲んでる。コクンと喉の音がして、ドキンとする。
「だからって、なんで俺に電話するんだよ。」
ヒソヒソ声で返す俺は、何故かマリンから電話がかかると、とてもいけないことをしている気分になってしまう。
昼休みなのに、慌ててトイレに逃げ込んでしまった。
だが今の時間、やたらトイレは人が多い。
ドンドンドン
「高瀬〜、電話は外でやれよ〜 トイレとかよ〜、相手の可愛い子ちゃんにしつれ〜だろ〜 」
クッソ、高田〜、デカい声で名前言うなよ。
『やっだあ! トイレじゃん! うんこ? 』
く、クソッ! トイレを飛び出し、どこがいいのかキョロキョロする。
『雅史ぃ〜 なにしてんのぉ〜 』
「うるさい、ちょっと待て! 」
はっ、会議室だ!
そうっと開けると、ビンゴだ。誰もいない。
フウッと息ついて、ようやく座った。
「あー、なんだよ。用は愚痴だけ? 切るぞ。」
『やぁだぁ〜 恋人が電話かけてきたのにぃ〜 』
「恋人じゃねえし。」
『またまたぁ、あ、い、し、て、る。』
はうううっ!
マジやめて、昼間っから胸を鷲づかみにされるぅ〜
「やめろ。何でこんな時間にかけて来るんだよ。」
『だってさ、嫌なことあったら、やっぱ恋人の声で癒やされたいじゃん?
ねえねえ、花火大会の勝負下着は何がいい? Tバック? 』
Tバック…… まん丸お尻がこんにちは
駄目だ、仕事場に来たらあんな物思い出しちゃ駄目だー!
「俺は浴衣姿の方がいい。だから脱ぐな! 」
『え〜、いけずだなあ。チューしちゃう! ちゅっ、ちゅっ
ほら、今ね、自分の部屋にいるの。
やだ、気分上がっちゃう〜 』
「上げるな、切るぞ。また夜にかけるから。」
『う…… ん、 イヤ、 ね? 切っちゃイヤ。
雅史の声を聞かせて。ふう〜〜、ほら、耳に、僕の息がかかるでしょ? 』
え? は?
『あ、 はぁ……
ほら、雅史の手がね、僕のあそこに、ほら、 あっ! や、やだ、揉んじゃイヤ。
駄目、はあ、はあ、あっ! そこ、そこは僕の敏感なとこっ! ひうっ!
んっ、んっ、んあーー! はあっはあっ 』
な、なに? 一体何が起きているんだ?
昼間っから、この子は何してるんだ?
「はあはあはあはあ、雅史、いやっ、あ、あ、駄目だよ、そんなとこ後ろはまだ!
んアアッ、雅史いっ、イッ、イッ イク…… 』
いやあああ、やめてええ! 股間がおっきしちゃう!
「 切るっ! からっ! 」 ピッ
はあはあ、はあ、く、くそ、なんだよおおおおお!
仕事中なのに、俺を挑発するな!
ああああ、股間が! おっきしかけてるううう!
なんだよ、魔性の男の娘かよ!
もう電話取らないからなーーーー!
そう言いながら、結局またかかったら取っちゃうんだ。
俺は〜〜 あーーー! どうすればいいんだ!
「高瀬君、」
ひいいいいいいいいい!!
「ぶ、部長。なんでここに? え? いらしてたんですか? 」
「フフッ、コッソリ昼寝だよ。いいねえ、若いって。」
俺は、股間のテントを必死で隠したい。隠したいけど、上着がなあああああい!
「あー、はい。これくらいしか無いね。」
今年定年の部長がニッコリ、椅子を畳んで差し出す。
俺は、顔を真っ赤に燃え上がらせて、それを受け取るしか無かった。
「あ…… りがとう、ございます。」
「男の生理はね、仕方ないんだよね〜 」
うるせーーーーーー!!
俺は引きつった笑顔で返し、横歩きでそっとトイレに向かった。
マリン、俺はお前を許さねええ!!
次は夜にしろ。
僕は、翌日からパパりんとダンスの先生のスタジオに行くことになった。
マネージャーのハルさんが迎えに来てくれて、運転は何かキリッとした男の人だった。
「青井と言います。これから移動は私が担当しますので。よろしくお願いします。」
「お願いしまーす! 」
「お願いします。」
青井さんはピシッと髪を73に分けて、暑いのにきっちりスーツ着てる。
なのに、汗書いてる感じじゃない。
どこかパパりんと雰囲気似てた。
「息子さんにも名刺渡しておきます。何かありましたら、とりあえずご連絡ください。
空いてましたら駆けつけますので。」
「はーい。」
「まーちゃん、タクシー代わりに使っちゃ駄目だよ。」
「わかってるよう〜 」
プウッとむくれると、ほっぺを指で押されてしぼんだ。
信用無いんだから、もう!
ほんと面白く無いし〜 マジパパりんには色々裏切られたの、許してないんだからね。
でもまあ、週末の花火大会が楽しみで、何かウキウキする。
最近、雅史も優しいし。
僕はとても幸せだ。
高級住宅街に入って、大きなお屋敷が並ぶ中を進むと、林のように木が植えてある、古い洋館の前で止まった。
車を降りて、ハルさんがツタの絡まるレンガの塀にあるインターホンを押す。
返事が来て、ファンタジーの漫画とかで見る太い針金を組み合わせたような、洒落た扉を開けて中へと入って行く。
門を入ると、左に木が並ぶ石畳の道があって、洋館を右に見ながら庭へと進んで行った。
「綺麗なお家だねー 」
「お爺さんの代で建てられたんだよ。素敵だよね。」
パパと話しながら、木の間から通る風にホッと息を付いて進む。
「注意しないとね、蜘蛛の巣かぶるんだ。」
「えー、やだぁ。」
クスクス笑って進むと、なるほど何本も壁と木を繋ぐ蜘蛛の糸が現れて、ハルさんが手で払った。
何か慣れてるなー
「ほらね? 蜘蛛がいると最悪だよ。その辺に木の棒が置いてあるから、それで払うんだ。」
「はあ〜 」
と、急に木が途切れて、パッと明るく空が開けた。
現代に引き戻されたように、事務所のようなドアから、1人の金髪に髪を染めたおばさんが顔を出している。
洋館とは中で繋がっているんだろう、趣のある洋館とは正反対の、無機質な白い壁をしたスタジオが現れた。




