26、引退したワケ
「で、なんで親子で俺んちに来るんですか。」
と、言うわけで、in ザンジバルマンション。
何でこんな奴のとこに来るんだよ~!
でも、冷房効いてて涼しーーー!
3LDKか〜、リビングダイニングキッチン、意外と広い。
何でこんなにキレイに家具そろえてるのか、やっぱ結婚考えてたんだなーって思える。
真新しいパステルイエローのソファーとガラステーブルが初々しい。
ベージュの幾何学模様のコットンラグは、踏むとひんやりする。
趣味、ヨシッ!
「あなたのせいで、息子が町中で目立つことするはめになりました。
責任取ってください。一晩お邪魔します。」
「はあ? なにそれ。覚えがないんですけど。で、何で俺の家ー 」
そんなことより! ぺちんっ! 優しくガラスのテーブルたたいた。
「あの女誰?! もー! 信じらんない! 」
「は? 女? 」
「イチャイチャして、肩抱いてたじゃん!
わーーーん! ザンジバルが浮気したーーー! 」
「してない! つか、まだ付き合ってないし! 」
「ザンジバルの薄情者! 好きって言ったじゃん! 」
「言ってない! な、な、何言うんだ、お父さんの前で。」
「私はまだ、お父さんじゃありません! 」
「わあああ、ごめんなさい! って言うか、まだって何だよ!」
「息子は嫁にやらん! 」
「息子は嫁に行けないし! 」
「僕、雅史のお嫁さんになるもん! 」
ハアハアハア、みんな顔つきあわせて息切らす。
ハアーッと大きく深呼吸して座った。
「まあ、それはあとで。あなたの家が一番近かったので来たんです。
空いた部屋もありそうじゃ無いですか。結婚まで考えた間取りですね。
ダイニングテーブルも程よい広さで、居間も落ち着いた色合いだ。
良い部屋です。」
パパりん、部屋チェック早い。
「帰って下さい。」
「今日は無理です。
事務所には電話しましたので、対応が済むまでお邪魔します。」
「ホントに今夜一晩でしょうね! 客用お布団、一つしか無いですよ! 」
「構いません、息子と寝るので。」
「やーだー、パパりんオヤジ臭いもん! 」
は? なんて事言うんだ、ミカエル様に。
「じゃあ、床で寝ろ、クソガキ。」
「は?! 今なんと? 」
「いえ! 床でお休みになられますか? お坊ちゃま。」
「雅史と寝たい~、チュッ! ん〜、チュッチュッ! 」
キッスやたら飛ばしてくる。
やめろ、お父さんが見てるじゃないか。殺される。
「えーい、駄目です! まーちゃん、自粛して。
まあ、暑いので布団なんかどうでもいいんですが、シャワーお借りします。
着替えが無いのでコンビニで下着とTシャツ買ってきてくれませんか? 」
「あー僕ももう汗でベタベタ、お風呂入りたーい! 」
「あー、じゃあ買ってくるのをメモに書いてください。もう、面倒ですね。」
「ねえねえ、あの女、誰? 肩組んでニッコニコしちゃってさ!
僕ジェラシ~~~!! 」
「女?…… 」
言われて雅史、しばらく考え、ポンと手を叩く。
「ああ、あれ、そんなんじゃ無いから。」
なんか言いにくそうに誤魔化した。
「ウソッぽーーーい!!
僕、泣きながら雅史探したんだからね! ほんと、マジで泣いたんだから! 」
ええええええええ、俺のために泣きながら〜〜??
マジかよ、まだ付き合ってないのに。天国か。
ダメだ、ここでニヤけちゃダメだ。
雅史、クールに決めろ。
「ふ、カンケーないし! じゃ、買い物行きます。
あっ! その部屋だけ入らないでください。プライベートなので。
絶対入らないでくださいね! 」
「承知しました。ではよろしく。」
「ねえ! 無視すんなー! 」
プンプン! 失礼しちゃうっ!
逃げるように去って行く雅史を玄関まで見送ると、居間からパパりんが手招きした。
「まーちゃん、こっち来て座って。」
パパりんが、険しい顔で隣を指さす。
仕方ないので、すとんと座った。
「なんで追いかけられたか理由、説明するから。」
「いいよ、わかってるから。」
パパりんは、にぶいからわかんないと思ってたんだろう、びっくりした顔する。
「え? え? ママの事? 」
「違うよぉ、パパりんのこと。
むか~し、歌手でちょっと人気あったんだって。
いっちばんいい時にやめちゃったからねって、ママが言ったんだ。」
「え~~~~、ママ~~、そりゃないよ~~~
しゃべったんなら教えてよ~ 」
バタッと突っ伏して、しくしくパパりんだけどさ、ママは守ってあげてねって言ったんだ。
まあ、僕は無理って断ったんだけれども。
「わかんない方がおかしいでしょ。
昔の歌番組は禁止だし、ママはパパりんがいない時だけねって、同じ歌手の歌ばっかカラオケで歌うし、パパりんは妙に顔だけはいいし、ママが押し入れにいっぱい貼ってたポスター、どう見てもパパりんだし。
ママの愛読書 “ミカエル様聖典” だし、読んだ後は必ず結婚して良かったってしばらく泣いてたし。
公園で知らないおっさんが話しかけてきたら、すぐ引っ越しだし。」
「ママ、パパりんのファンだったんだよ。とっても熱心な。」
「くっさい歌なのに、ママの好みがわかんないよ。」
「まあ…… 、古い歌だから許してよ。
まあさ、もう忘れられた人だから、昔ほど影響は無いと思うんだ。
だから、明日かえろっか。」
「ねえねえ、なんで辞めたの? 」
「あーーー、だよねえ。」
「後悔した? 」
「してない、最後が最悪だったんだよ。
メンバーの一人が亡くなっちゃってね。
パパりん、びっくりして声が全然出なくなっちゃったんだよ。
ほんのちょっと前に後ろでドンパン叩いてたドラマーがさ、何か調子が悪いって、でも心配するほどじゃないよって、笑って言ってたのに。
ガンであっという間に死んじゃったんだ。
悲しくて、悲しくて、心が追いつかなくて。
ほんとに、ほんとにいいお兄ちゃんだったんだ。」
パパりんが、涙を浮かべて額に手を当て、両手を合わせる。
人が死ぬって大変なことだけど、きっとパパりんにとってバックバンドの人たちは、身体の一部のような物だったんだろう。
まだ人の死を経験してない僕には良くわからないけれど、その痛みは計り知れないほどパパりんを締めつけて、歌手の命とも言える声までも奪ったんだろうと思った。




