15、マリルー父は涙もろい
昼休憩に入り、ザンジバル雅史は会社のフロアを見回すとマリルー父を探した。
まあ、いつものことだがもういない。
「あの人、時間にきっちりしてるんだよな。」
食堂に行き、入り口からぐるりと見渡すと、マリルー父の姿が見える。
皆がリラックスしてる中、1人シャンと背筋を伸ばして、しかもあのマリルーの父だけに、イケメンなのでやたら目立つ。
ただ、性格に難ありなので、表面的にはあまりモテない。
とは言え、女性に密かに人気がある。まあ、本人は知らないだろうけど。
仕事中はプライベートの話はしないと決めてるので、話すなら休憩中だ。
食堂に入って食券を買った。
あの人どうせ一番安い、日替わりハヤシライスだろうと、自分はカレーにした。
どうもハヤシライスは脳がバグる。
似たようなビジュアルで、脳がカレーだと認識するのに、食えば違う味で軽いパニックだ。
トレイを持って、隣に座るか迷ったけど、近くなる距離感が嫌で正面に座った。
「あ、」
マリルー父は、カレー食ってた。
同じカレーにチッと派手に舌打ちして、大口開けて食べ始めた。
マリルー父が、顔を上げると言うか言うまいかとちょっと悩む。
まあ、悩んだってしょうがないと、課長の雅史にちゃんとお礼を言うことにした。
「息子があなたのおかげで、普通のパンツ履いてくれるようになりました。
ありがとうございます。」
「高校生で、あのようなパンツは少し驚きました。」
まさか男でTバックはないだろ。どういう教育だよ。
ガタンッ!
突然マリルー父が立ち上がり、ザンジバルがビクッとする。
見下ろすその目に殺意が見えた。
「み、み、み、み、見たんですか?
襲ったんですか? うちの子を! え? ほ、ホテル? しゃ、車中セ、セ、セ、」
「してません、してませんよ! 落ち着いて、座って下さい。
ちゃんと7時に帰ったじゃないですか。
運転中、強制的に見せつけられました。
いいですか? 私は見たくも無い物を見せつけられたんです。
誤解の無いように! 」
よし、これで誤解のしようがないだろ。
「なんだって? 見たくないとはなんですか!
その言葉には解せませんね! うちの子の尻は可愛いでしょう! 」
な、なんだってーーーー!
なんで? なんでそう来るんだ??
「いや、ちょっと待ってください、男の尻を見たいとか思ったことは無いので、これはごくごくごく、普通の言葉だと思われますが?
あなたがそんなだから、あんな変な化粧をして恥ずかしくないんだと思いますけど? 」
「へ、へ、変な化粧とはなんだ! うちの子はあんなに可愛いのに、変な化粧だと?! 」
ザンジバルがため息付いて、いいから食えとカレーを指さす。
周りが男の尻の話で引いている。
聞こえないフリされるのも屈辱的ではある。
「まあ、冷めるから食いましょう。」
カレーは美味いが、関係ないが、このオヤジは駄目だ。
仕事はまあまあ厳しく出来るのに、子供に甘すぎる。
「あなた、なんでそんなにあの子を猫かわいがりするんです?
本当に可愛がってるんですか? 」
「可愛がってますよ。毎日定時で帰るでしょう。
毎日大好きなクマさんおにぎり入れたお弁当持たせるし、ちゃんと彩りよく食事を作るんです。
掃除、洗濯、きっちりやってます。」
「休日は? たまにはどこかに行くんですか? 」
カシカシカシ、カレーをご飯に混ぜて口に運ぶ。
マリルーの父が、分が悪そうに渋い顔になった。
「休日くらいゆっくりしたいと思うでしょう。色々と用があるんです。」
「連休は1日くらい遊びに行くんじゃないんですか? 」
「え?なんです? 何か言われました? 」
カシカシカシ、カシカシカシ、
カシカシカシ、あんぐ、もぐもぐもぐ
「パパりんは、僕に無関心だからって言ってましたね。どこか寂しげに。」
ガチャン
あ、スプーン落とした。
え~、自覚無いの?
「ウソ…… 」
「車手放したの、ショックだったようですよ? 」
「えっ?! えっ? 別にいいよって、」
「グダグダ理由言われたら、うんて言うしかないじゃないですか。
あの子の楽しい思い出を、あなた一緒に手放したんじゃないんですか? 」
カレー口に入れて顔を上げる。
げっ!
マリルー父が、ダーーーっと涙を流してテーブルに水たまりを作っていた。
「えっ! えっ! ちょっ、四季島さん、私が泣かしたみたいじゃないですか! 」
周りからヒソヒソなんか聞こえ始めてきた。
「ちょっと、あれ、パワハラ? 」
「うそ、あれ父子家庭の四季島さんじゃん。
あの課長キッツいから、定時で帰るの、きっと嫌がらせ言われてんじゃない? 」
しっ! しまった!!
このままでは俺の査定に響く!
「ちょっと四季島さん、俺はこんな事言いたいんじゃ無くてですね! 」
ガタン、
マリルー父が立ち上がって、深々とお辞儀した。
「ありがとうございます、息子には今日謝ります。
母親がいなくなって、一番傷ついたのはあの子なのに、気を回していたの自分の事だけでした。」
「い、いや、あなたもよくやってるじゃないですか。
男親1人で大変でしょう。私もあなたを責めるつもりはないんです。
ただ、あの子の話を聞いているうちに、これはあなたに伝えた方が良いんじゃないかと思って。」
マリルー父が、涙を拭きながら座ると水を飲んだ。
「いえ、やっぱりあの年齢だとなかなかじっくり話をする時間も無くて、反抗期もひどくは無いけど、離婚したあとはずっとアレですので、もう慣れました。」
え? 小6のとき離婚って言ったよな。
12歳で18だから6年反抗期? マジか、あのガキよくやるなー
父親へのいじめじゃね?
「まあ、家庭のことはご自分たちで上手くやってくださいとか言えませんがね。
そうそう、実はあの子と焼肉に行く約束したんですよ。
明日の夜、あなたもご一緒に、どうです? 私のおごりです。」
「え? いいんですか? 」
「まあ、成り行きですよ。ちょっと困ったとき助けてくれたし。お礼ですね。
だから気にしないでください。」
マリルー父が、嬉しそうにふわっと笑った。
な、なんだ? この人こんな顔するのか。
え、何で俺の顔燃えてるの?
い、いや、気のせいだ。
まあ、誰でも焼肉タダ飯は嬉しいだろう。もっと喜べ、感謝しろ。
「そう言えば、花火も連れて行って頂くとか。」
「ああ、ええ、まあ、たまには誰かと行くのもいいんじゃないですかね。」
「え、ええ、うちの子、浴衣を着ていくって張り切ってましたから。
それがなんだか色っぽくてですね。
パパとしては、もう心配で、心配で。
まあ、 いいんですけど。
襲ったら殺す。」
だから、なんで急にアサシンモードになるんだよ。
「男襲う趣味はないので。
じゃあ明日夜7時にこの店に予約入れてますから。」
店のカード渡して、トレイ持って立ち上がる。
なんだかとても疲れるオヤジだ。
息子可愛いに全振りしてるのに、どこか実際は片寄りすぎてて子供は満足してない。
まあ、リアル親子なんて、どこもあんな物だろ。




