5.皇室の料理番
──「凛花さん、私専属の菓子係になりませんか?」
は?
何言ってんの? この人?
言ってる意味分かっているのだろうか?
「殿下!!」
私より先に隣に座っている、中将様が声を上げた。
「やっぱり駄目ですよねぇ……まだここの仕事も慣れて無いでしょうし、その上、私の菓子作りまで頼んでしまっては……」
そう言ってとても悲しそうな表情をし、キラキラした瞳で私をのぞき込んでいる。
何考えてるんだ? この御方は。そんな顔をしても駄目なものは駄目に決まっているでしょ!
「殿下の食される物は全て内宮の「御料理番所」でお作りしているのでは?」
「……そうなんだけど、この焼き菓子食べてみて?」
そう言って今日も手土産として持って来て下さった菓子の袋を私と中将様の前にどっさり出す。十時のおやつも全く召し上がっておられぬような量だった。
『…………。』
私達はどちらとも無く沈黙する。寧ろ沈黙しか選べなかったからだ。
「御料理番所」と言えば、皇帝陛下はじめとする皇族の食事のみを作る部署だ。もちろん陛下や、皇后陛下が催す茶会や、会食の際も「御料理番所」が取り仕切る。
そんなトップ オブ トップの料理人の集団ですよ?
そんな方々が作る料理が、不味いだなんて……
そんなこと口が裂けても……
あ、文字に書いたかも…………
あ、でも「不味いです」とは書いてなかったよね? うん。
私は咄嗟に目の前の紙を遠目に読み返した。
セーフ! 私って偉い! 「不味い」ではなく「ちょっと、薄味ではなかろうか?」と
ちゃんと、やんわり言っているじゃないの。
「ねぇ? 凛花さん。正直に言ってごらんなさい? これ美味しいと思う? 貴女?」
こ、怖い……
最近この御方の攻め方が少し分かってきたような。
名前を呼ぶ時に「さん」と付けられている時は大抵、目が笑っていないのである。
表情は常ににこやかであるが。でもそこには体温を全く感じさせない、いや、寧ろ氷点下と言ってよい程の微笑である。正に氷の微笑とは、このことだ。
これ、正直に言うのが正解なのか? 否なのか?
トイプー教えてくれよ。
どっちが打ち首ですか?
短い間でしたが、皆様にお会い出来て私は光栄でした。あのまま日本に居たら、こんな高貴な御方達と会うことさえなかったでしょう。
まぁ、あのまま日本にいたら、ここには連れて来られてませんけどね……
お母さん、お父さん、そして短い間だったけれど、私を本当の娘のように接してくれた、貞舜母様、李俊父様、先行く不幸をお許し下さい──
「恐れながら、わたくしの好みの味では御座いません」
言った! 言ってしまった。
さようなら。私の18年の人生ーーーーーーーー
「でしょう?」
光潤殿下は、ニッコリ優雅に焼き菓子を一つ手にとり、目の前に座っている中将様の口にポンっと入れたのだ。
「実はねぇ、皇子様が最近またあまり食事を摂られていないご様子で。そこでこの書状を読み、これだ! と思って。凛花に手を貸して貰えないか? と思って」
『え?』
あまりにもの大きな話に、私達は同時に声を上げていた。
最近息ピッタリだね? トイプーちゃん?
皇子様と言えば、当然だが今上帝の息子であり、いずれは「東宮」になり、その先はお継ぎになる御方。光様の甥っ子にあたり、中将様にとっても甥となるわけで。
でも、皇族の食する物は「御料理番」以外にはお作りできないのに?
「とりあえず、私に作る形で一度作ってみて、何らかの形で皇子に食して貰える機会を。とは思っているのだが。その何らかを惟光と凛花にも考えて欲しいのだ」
えええええええええええええ!
それは無理じゃないの?
そう言って光様は立ち上がり「じゃぁ良い案をよろしく」とだけ言い残し、颯爽と部屋を出て行かれたのであった。
そんな、無茶苦茶な……
その後、夜更けまで右大臣中尉殿と、ああでもない。こうでもない。と、何らかを話し合ったのは言うまでもない。
──とりあえず、皇子様に「菓子」を食べていただくタイミングは考えるとして、中将様のご実家の権威、皇后陛下になんとかお取次を頂き、皇子へ献上品と言う形でお出ししてみることに決まった。
「なんとかなるよ」と笑顔で言われた、光様の意味が分かった気がした。
ある意味「なんとでもなるよ」の方が正しいのかも……
恐ろしい御方だ。
皇子様と言えばまだ御歳二歳の親王であった。
ならばプリンが良いかしら? なめらかなトロトロプリンがきっと良いわ!
それからの私の行動は早かった!
「中将様~湯呑茶碗を数種類集めて貰えないかしら?」
「この絵の感じが良いのか?」
「うーん。器にするわけだから、皇子殿下が食べやすい形が良いとは思うんだけど……」
でもどうせなら果物やクリームを添えて……
「プリンアラモードにするわ!」
「プリンあら? もど?」
「違う違う。アラーモードよ~~」
──トントントン
ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼するよ。どうやら決まったようだね?」
「はい! 決まりました! プリンアラモード! にします!」
私は雅に微笑む御人に、どうだ! と言わんばかりの胸を張って背が大きく見えるように背筋をピンの仰け反るぐらい上を向いた。
この世界の人は、顔立ちは日本人とあまり大差ないが、少し西洋より? 黄色人種とは異なり比較的色白で、黒髪や茶色、茶褐色な人が多い。中将様はその中でも明るめな茶色で巻き毛だった。
光様は黒髪だが、漆黒と言うよりは紫かかった黒だ。
一番気になるのは背の高さだ。私が平均的女性より低かったこともあるが、この世界の人は男女共に背が高い! 女性でも165~170センチぐらいはあるのではないか? と思うぐらい皆さん高いのだ。
以前に「女児」と言われたのはそれもあるかと……
それとも何か? 大器晩成型の丘の方の話からか?
「凛花、そんなに背伸びしたら、こけるよ? あと、その靴と衣装だが……興に欠けるねぇ」
暫くの間が空き、光様が続けた。
「あ、大事なことを伝えに来たんだった。盛り上がってるところ悪いが、此処でその「プリンアラモード」とやらを作ることは出来ないよ?」
「え?」
「あ!」
私の驚いた顔とは対照的に、中将様は何処か納得な顔、しまった! と言う顔をした。
「理由は惟光、話ておやり」
そう言って、光様は珍しくドサッと大きな音を立ててソファに座った。
と、思えば目を瞑っておられる。
かなりお疲れ気味の様子だ。
中将様より此処で調理が出来ない理由を教わった。調理器具が無いとかの物理的問題なら持って来ればできるが、そもそもの大きな問題点があったのだ。
此処、私が配属された「政務秘書官室」は「内宮」と「外宮」の丁度中間点にあった。皇族である光様と、武官である中将様のどちらもが行き来しやすいように考えてのことだろう。
「内宮」から此処の「政務秘書官室」へは移動可能であるが、逆の「政務秘書官室」から「内宮」には許可がないと入れないのだ。
「内宮」前に門があり、24時間交代で門番がいる。「内宮」内には限られた者しか入れない仕組みとなっている。
宮廷で使用される食料も全てこの「内宮」内にある、しかも、かなり奥地「御料理番所(皇族専用)」で一旦は一括管理されていた。
外部からの持ち込みなど厳しい検閲で到底出来ない。もし無許可で持ち込んだ者は死罪と決められていた。暗殺や病気の感染含めの処置だろう。
当然、食料庫の在庫も厳しく記帳されている。卵一個勝手に持ち出すと死罪であった。
「御料理番所」と此方は残念ながら遠く離れていて「御料理番所」勤務者以外の者が、材料の入手など到底あり得なかった。
当然、光様も中将様も「内宮」へは入れる。だが「御料理番所」に「料理を作りたい」から入らせて欲しい。は不可能と言われた。
うん。当然でしょうね。
この状態でどうやって皇子様に「プリン」を食べて貰う?
そもそもが、その材料を何処で調達し、何処で調理する? 外部購入持ち込み完全禁止の箱の中で?
と、説明された。
──振り出しに戻った。




