6.就職祝い
──ここ数日間、引っ越し作業に追われ、今が朝なのか夕なのかが分からなくなる時間に寝ていた。
「で、出来た」
「う、うん」
『やったーー寝れる!!』
光様の半ば無理矢理とも言える、引っ越し作業も、やっと今日で終わった。
この短期間で、これだけの建物とこれだけの設備を揃えてしまうところは、もはや驚きと言うより、この御方の立場を改めて知ることになった。
で、何故こうなったかと言うと。
振り出しに戻ったと二人で頭を抱えていたら、一言。
「なら新たに造れば良いだけだろ。「政務秘書官」でも「政務秘書官、兼皇弟料理番」とかにすれば良い話だろ。何をさっきからゴチャゴチャと」
と、ちょっとムッっとした表情をした光様が、ソファから気怠そうに起き上がって言ったのだ。
──そんな後出しジャンケン出来るなら、最初から言って下さいよ……
で、鶴の一声で新たに出来たこの立派な造りの建物を「大公所」と名付けた。
そしてなんとご自分も引っ越して来たのだった。
皇弟君と言う御立場上、御所内にある一角の旧東宮御所に寝所を構えていらっしゃったのだが、「折角新しいところが出来たのだし!」と言って勝手に引っ越して来たのだった。
当然、君にお仕えする者達は大反対で、一騒動あったと風の噂に聞いた……
ただ、そこは権力の差、いや、産まれの差とも言うべきか、現状で天子様に次ぐ身分の方の言うことに正面から否と唱えれる者など、この国内には天子様以外には居なかった。
まぁ、反対されたからと言って素直に聞くような御方ではないとは思うけれど。
「あ、そうそう凛花に渡す物があったんだ、支宣」
そう言われて目の前にいる男性。歳は若い感じだが、なんとこの方、中将様の弟だそうだ。
そして驚いたことに、その若さで光様の秘書だそうだ。何ともまぁ……
長女は皇后陛下、長男は国の軍部の実権者、次男は頭脳の中枢。これらを束ねる父上様は太政大臣様とは、如何に権力の持ち主かと思うとちょっとこの国の将来が不安視された。
先の藤原氏の栄華もいつかは盛衰した。ただ、その時代は長くそして帝を凌ぐ程の強欲さ故? とも……
太政大臣宰相様の家は代々、時の帝、皇族を支えている由緒正しいお家柄。
その中でも特に、現太政大臣宰相様は聡明かつ、安分守己を徹底されている御方と聞いた。
まぁ私のようなド平民にはあまり関係のない話だろう。
◇
──「光君様、ご用意が整いました」
支宣様が用意してくれた、衣と袴に着替え終わった。残念なことに此処には、侍女にあたる女性が居なかった為、この支宣様に手伝って貰うしかなかった。
流石に上着は自分で羽織り、袴も自分で履いた。幼少期より華道や茶道を習っていたのもあり、着物を自分で着る機会が多かった私には、二部式着物袴と言うのは、別段着るのに苦はなかった
『ほう』
部屋で待っていた男達も息ピッタリのようだ。
「安岐様の童の衣丈でちょうど良かったようだね」
「思った通りでございましたな」
「姉様の童時代を思い出すようでございます」
え? は?
今、何つった? 童時代?
──そうこれは……
恐れ多くも子供時代に、后様がお召しになっていた衣装を模して作られた物だった。
普段の作業用、外出用、少し華美な正装用と数種類用意されていた。
わ、童用のサイズってことですよねぇ……
皇后陛下がお召しになっていた物をモデルに作ったと聞いて、本来なら勿体なく有り難く思う品ではあるとは思うが……童時代。
この言葉に妙にひっかかるのは私だけだろうか……
「ありがとうございます。光様」
「うん。作業着は要らないかもだねぇ。その代わりに外出用と正装用をもう少し増やそうか?」
は?
外出用はまだしも、正装用なんて、一着もあればじゅうぶんでしょうよ!
外出用もそんなに必要ないでしょ。
それにこんなヒラヒラしていたら、作業しにくいし!
は? え?
何故か男性陣三人が、うんうん。と頷いていた。
男女の人数差、多数決では女一人しかいないここで、私に勝てるわけもく、勝手に三人でああでもない。こうでもない。と色やデザインを決められていた。
「もう少し目立たないというか、深い緑とかはいかがかと?」
ボソッと小声で呟いてみたが、三人にギロッと睨まれた。
光様に至っては、シッシッとでも言いたげに手をヒラヒラしながら、菓子包みの中の飴を手渡された。
子供か! 私は!
──雅な殿方が三人集い、ピンクや水色、朱色に橙色、錦糸や金、銀の糸を手にとり、真剣な眼差しで言い合いをしている姿は、ちょっと異様な雰囲気だ。
何度も言うが、この国の平均身長は現代日本より高めだ。
ここに居る美男子三人衆も例にもれず、揃いも揃い高身長である。
光様が186センチ程で他二人も高めだ。若干弟君が少し低い。
そんな美丈夫が、きゃいきゃいと騒ぎながら、見本の絹生地をペラペラめくりながら話しはじめて、すでに1時間以上になりそうな。時計が無いので正確には分かりませんがね。
プリンの話は何処行った?
皇子殿下の食細対策で、早急の用務ではなかったのか?
だからこの「大公所」の建設が昼夜問わずの突貫工事でできあがったのでは?
──何だかんだで、泰平なのは良いことだ。
「凛花、此方へ」
ん?
珍しく真剣な眼差しで、でも口調は厳しく無くいつもの柔らかで雅な声で私を呼んだ。
珍しく感じたのは、他二人も同じだったようだ。
「後ろ向いて?」
ん? 何かゴミでもついた? それなら、この御人にお願いするわけには。
と思ったが、早くしろよ。と言わぬが如く無言の圧に素直に従う。
え? 手が髪に? 軽く触れたような?
「就任祝いだ」
「殿下!」
「ちょ、殿下!!」




