1.ブランド立ち上げ(1)
第四章突入です。
引き続き宜しくお願いします。
今日は定例の御前会議。支宣様の衣装作りの為、皆忙しく各所で作業中の為、今日の昼餉は「皇家料理番所」へ朝一番にテイクアウトのお願いをしている。
良いのかこれは? と思ったが、光様の「俺の名前で四つ運ばせれば良いだけだ」と半ば強引な注文を惟光様が請け負っていた。まぁ妥当な人選かと。
「新しく店ですか。しかも凛花様の」
惟光様は腕組みをしながら言う。
「いや、凛花はあくまでも象徴となるだけだ」
すかさず、殿下が否定した。
そんなに直ぐ否定しなくても良いじゃん。って内心ちょっと悲しかった。でもデザインぐらいは良いと言ってくれたしね。
ここで凛花が勘違いしていたのは、光の君が赦したのは「屑石を使った安価な腕輪」の販路案だけで、あり、その店に凛花の名を使ったらどうだ? と言っただけだ。店頭に今後並べる宝飾品のデザインや、他雑貨類、店の内装などの仕事をしても良いとは一言も言ってない。
彼は、ちゃんと一つだけだぞ。と念を押していた。
このあとの会議の続きが荒れるのを、ここに居た誰もまだ気づいてない。
空は青く、本日は見事な五月晴れ。
「捨てていた屑石を利用出来るのは良い案ですね。屑石なら市井の女、子供にやらせたとて多少懐に入れたとしても、問題はないですしね」
「そこの分は見込んでの大量生産です」
「まぁそれを少しでも減らす為の、凛花の名ではあるがな」
光様が微笑んだ。
名入れの提案あっさりしてきたのはそういうことか……。
先にはなるが、殿下の側に付く者の名が冠された店に卸す品物をこっそりは……
即座に家族全員、何なら親類縁者に至るまで……防波堤には持ってこいだわ。
「でもそれだと、来年になりませんか?」
私は殿下に問う・
「うーん。とりあえずは名はお前のを使用し、御用達の看板付けて、鈴蘭でも掛けとけ」
『殿下……』
流石にそれは駄目なんじゃないのか? と皆の顔が言っていた。
「そもそもなぁ、あの御方から、お前に「花」を与えろと俺に言ってきたぐらいだからな」
『え?』
「花を決めるか? 先ず。 ならお前の印を掛ければ良いし」
『え? そんな簡単に??』
「別に何ら問題なかろ? お前らだって持っているわけで?」
惟光様と支宣様が俯いた。
国に貢献した家に家紋として、帝より「花」が与えられる。
苗字制度がないこの国では、「藤の家の長男(嫡男)」と呼ばれ、「惟光様」や「右大臣様」と一般人が平素呼ぶことはない。
「凛花への「花」の下賜に関しては鈴蘭殿に、私から文を書いておこう」
え? 本当にそうなるの?
「で、凛花の希望があれば聞くが、鈴蘭殿の推薦がすでに実はあってなぁ。ただお前が気に入らなければ、他を選ぶのは構わんぞ? ただ俺もソレには良案だと思ってはいる」
「殿下も気に入っているのならば、是非とも其方に。で、何の花ですか?」
私はちょっとドキドキしてたずねた。
──暫くの沈黙のあと、光様が少し小声で答える。
「桜だ」
『え?』
桜の花、この国では特別な存在。国花として定められていて、勝手に私有地に植えることは認めなれていない。植える場合は国に許可が必要だった。神事の時などに植樹されることもよくある。
そのような花を個人の印に使用しても良いのだろうか?
「大丈夫なのですか?」
支宣が恐る恐る、光様の顔を伺う。
「皇太后陛下が推薦し、皇弟の俺が勅するんだ。問題なかろ? どうせ書など見ておらんわ。下賜の儀もどうせ俺が代理するだろうしな」
「あの方は今何処だ? 宣?」
「……後で朝餉を召し上がったあと、そのまま。本日は踊り子を招き宴を行うと聞いております」
「……まぁちょうど良いわ。 宣、書の用意しろ」
「はっ!」
直ぐに一旦支宣様が、硯箱一式と紙を持って来た。
「印は宮に御座いますので、持ち出しは出来ませぬゆえ後程殿下が」
「必要ない」
そう言って、なにやら殿下がサラサラと短く文を書いていた。
その後、もう一通。
此方にはなにやら少し長めな文章だ。最後に小さな挿絵も自分で御描きになった。りんどうの花。
いつ見ても、字は勿論のこと絵も上手よねぇ。
そこにはサラサラと短時間で描いたとは、とても思えない程の見事な「詩」と花の絵が添えられていた。
「宣、これを箱に」
「御意」
今日は侍従の者が居ない為、支宣様は忙しく自分で走り回る。
とりあえず、私の「花」は決定らしい。
なんとも、こんなことで良いのか? と、多少不安が残るが敢えて口に出すのは憚れたので無言を貫いた。
光様は何事もなかったかのような涼しげな顔で、茶を啜っていた。
私は、そんな光様に聞いてみる。
「店の場所の候補地や、内装屋、置く商品を作ってくれる工房を探しに参りたいのですが?」
──コツン
珍しく光様が湯呑を机に置く際に、乱雑に音をたてて置いた。
雅な皇族が食器を乱雑に扱うことなど普通はない。
惟光は、すかさず立ち上がり、入口の扉付近に立っていた。
「座れ」
低く冷たい声がする。
シュンとなったトイプーが小さく丸まって椅子に座る。
──ガチャリ。
「只今戻りました」
支宣が部屋に入る。
だが、その部屋は真冬かと錯覚するぐらい冷え切っている。
支宣は無言で兄の横に座った。仔犬が二匹小さく丸まる。
「凛花、お主自分の立場が分かって言っておるのか?」
ハッ! 浮かれていた。 市井に私が出るだけで、何人もの影と護衛が付かなくてはいけない、今の私の現状を、考えてなかった。私に何かあれば、何かなくても、殿下に反する者の材料にされることを常に視野に置いておかないといけないのに……
自分のブランド。あのまま日本に居たら絶対に出来ないだろう「自分の名を冠店」を立ち上げられることの喜びのあまり、忘れていたのだ。私の力なんか一ミリもない。全ては「光の君」の御威光で実現することを。
「浅はかで御座いました」
私は、心から反省し詫びた。
「直接関わるなと申したはず」
殿下の顔と声は変わらない。
「申し訳御座いませんでした。殿下にご迷惑を掛けてしまうことを失念しておりました」
はぁ──。
大きなため息が殿下から漏れる。
流石に呆れられたようだ。
「馬鹿か!! お前は!!」
五月晴れの良き日に雷雨が落ちた。
「座れ」
立って謝った私に座るように命じられ、従う。
「誰が迷惑と言った? お前が俺に掛ける迷惑など髪を揺らす風程度に過ぎんわ。関わりを禁じたのはお前は始めたら、寝る間を削り没頭しかねぬ。そして追究する。そうなれば身体に障るし、何よりも……」
そう言って殿下は私の頭の上に自分の手を載せた。
「これ以上俺に心配かけるな」
「俺を乱すな」
そう言って殿下が優しく頭を撫でた。
でも私は護られるだけは嫌だった。
「護られるだけの女にはなりとう御座いません。殿下を支え、私が幸せにする。と誓いました。必ず国に富をもたらせます! ですから!!」
私は、殿下の目を真っ直ぐ見た。殿下はまだ強い眼差しで私を射刺している。
それでもその視線から私は逃げることはなかった。
殿下が、自分の片手を自分の顔前に当て半分覆う。
「とんだ跳ねっかえりを嫁にしたもんだ」
「まだ、嫁ではありません」
その手が頭に軽くコツンと、入った。
「とりあえずだ、候補地はこっちで決める。それに否は認めん。工房の選定も同様だ。工房は皇家の抱えの中からいくつか試作させ、実際に提出させて選定はお前がすれば良い。ただし宮内で行うこと。店の内装は絵図を用いて宮内で行え」
「それで良いか?」
「有難う御座います!!」
私は殿下に抱きついた!
「はぁ……この先が思いやられるわ……」
同じことを思ったのはそこに控えていた仔犬達も同様だった。
支宣はまた寝る時間が無くなることを。惟光は、工房探しと、土地探し、内装業者探しとやることがまた増える未来を如実に体感していたからだ。




