3.才能の共演
翌朝から「政務官室」の改修工事が始まった。地下道のことは警備上、極秘事項の為とは言え、なんと父様の仲間の方々によって行われていた。
母様と言い、父様と言い何者?
母様のお仲間? って、この前壁から出て来た人よねぇ?
実は、凛花だけは知らなかったが、あの日潜んでいたのは壁だけではなく、天井や畳下、縁下はじめ、何らなら井戸の中、地中にすら潜める手練れ衆が控えていたのだ。
光君の配慮により、それは凛花には内緒にされた。
これからずっと凛花の耳に入ることはなく、入るようなことがあれば、左大臣家の次男の命は無いだろう。
色んな意味で可哀想な男だった。
──朝から、支宣はあちこちに狩り出されてはテキパキと指示を出し、メモを取り、足りない資材を先読みし、人員を派遣し、一人で数種類の紙束をめくりながら粛々の仕事をこなしていた。
そんな中、一人の女性が側でこれまた紙束に数字のメモを書きながら、支宣に時折声を掛けていた。
「三百と三十です」
「しかし、恐ろしい早さですね」
「支宣様の仕事振りにはかないませんよ」
支宣様を光様が側に置く理由が分かる。
交渉力、人海戦術、人を上手く適材適所に配置したりするのが非常に的確だ。多少、話術に難点はあるが、そこは腹心の裕進様がサポートしていて良い感じだ。
この女性は一体何者なんだ……
頭の中はどうなっているんだ?
どうしたらこんなに早く、全てに正しく答えが出る?
しかも、全て私が思う答えが言わなくても即答されていく。
仕事がこんなにもやりやすい相手は、今まで出会ったことがない。
殿下がご執心なのも分かるな……
恐るべき計算能力の高さ、いや早さもだ。今度絶対教えてもらわねば。
皇后になられても、秘書官続けてくれないかなぁ……
それぞれの思いは違えど、ここに似た者同士のベストパートナーが誕生したことは言う間でもない。
「凛花様、此方が本日開墾の進んだところです」
「有り難う御座います」
──250坪だからもうすぐね。
「三百で区切り、畦を作ってください」
「かしこまりました」
検地の行いも進み、これで収穫量の大まかな数字が数値としてちゃんと分かるはず。
「凛花様、此方の数字をご確認ください」
「んー。ここは一桁間違えてますね。二千飛んで二です。それと、ここの行は税率が違います。四百と五十ですね。と、此方を足して二四五二と、七十になりますから、二千と五百二十二です。わたくしが書き直しておきますね?」
「有り難う御座います」
凛花の下に続々と、各部署の責任者が順に集まっていく。皆、きちんと整列して、自分が見てもらう順番を待っていた。
「此方が日当の帳簿です」
「本日は七四名ですか?」
「左様でございます」
「では二百二十二金分を両替省にお願いしてください」
「そこは、財務省に計算させれば宜しいのでは? 凛花様?」
支宣様が私を横目に見ながら言う。多少呆れている様子だ。
「……本来はそうなんですけどねぇ……支宣様? 今度、官達に算術教室開きません?」
「凛花様が講師で?」
「赦されるとお思いで?」
支宣は自分に刺さる視線を避けるように言う。
「……。無理ですからね? そんな目をされても。今の私にそんな暇は御座いません」
「なら、私がしましょう」
「お止めくださいね。まだ長生きしたいのです。まだ十六年しか生きておりませんので」
「え? 支宣様って十六歳なの??? 私より年下??」
「……幾つだと思っていたのですか。逆に」
目の前の芝犬がちょっと、ふくれっ面だ。
まぁ惟光様の弟なんで、そんなものか……光様と惟光様が同い年だから、そのぐらいか。
「今、何思いました?」
「いえ。何でも……」
老けていると思ったのが伝わったか……
微妙な空気が漂う。
「貴女様の旦那様のおかげで日々苦労が絶えないのでね。生気が抜けて行くのですよ」
「……旦那様って……まだ」
「すいません」
凛花が頭をさげる。
何となく気まずい空気が漂う。
「処刑されそうになったらお願いしますね?」
「はい……」
今日の借りは返せよ? と無言の圧力だった。
「で、今日、かの君は何方においでですか? 朝から一度も御姿を拝見しておりませんので、些か心配にもなりまして」
「え? 私はてっきり支宣様がご存じだと思っていたのですが?」
「え?」
支宣様の顔色が変わった。
「此処にいて、いや執務室で凛花様はお待ち下さい」
「わかりました」
凛花ほ早る気持をぐっと堪えた。分かっていたからだ。
自分が動けば周りに余計に迷惑がかかる。自分の護衛に人を割くぐらいなら、一人でも彼の為に多くまわせるほうがマシだと。
何も出来ない自分が、足手まといになる事態だけは避け無ければ!
と。
一気に辺りの空気がピンと張り詰めたのが分かった。
何処かしら居た影が風の如く一瞬で動いた。
ご無事だと良いのだが……
※次回は少々、大人の回になります。苦手な方は避けてください。




