10.照れ屋さん同士
──「白珠」こと真珠の養殖を成功させた、三木屋さんは「宮内庁御用達」の看板を正式に受け、その販売権を光潤殿下とその妻とした。
三木屋さんは屋号を改め「三木堂」とした。プリンの製造を任せた「文和堂」と並んでわかりやすく「堂」の字を入れることで「宮内庁御用達」のブランド力を高める感じだ。
三木堂の真珠養殖事業は国で保護することになり、その販売権を貰う代わりに、それ以外の宝珠も皇族が使用する宝飾品へと斡旋することになった。
今日の三木堂との会合は、来月行われる「園遊会」用の各人へ送られる、光の君からの贈り物のデザインを決める為だった。
立太子に向けての選挙活動みたいなものかしら?
◇
その頃、彼方の宮では超が付くぐらいの、不機嫌な麗しの君の姿があった。
「どっちでも良いわ。早くしろ」
「も、申し訳御座いません。殿下」
「惟光を呼べ! 背格好は余と変わるまい? あやつは」
「殿下!!」
園遊会でお召しになる衣装の色やデザインを決めるのに、集まった侍女達に同情の目が向けられた。
その後、あれやこれやと、女達の人形とされた茶髪君には些か申し訳ない気持ちだった。
「園遊会なぞ、くだらんことに感けている時間があるなら、もっと大事な政があろうに!」
彼は腹立たしさと、情けない気持ちでいっぱいだった。
「愚かな人だ」
誰にも聞こえないぐらいの小さな声で独り言のごとく呟いた。
そんな中、支宣が光君の下へ紙束を持って来た。
「先月の収支表です。此方は、一月から三月までの物になります」
紙束をペラペラと彼はめくりながら、一月分のと見比べていた。
「収益の増えは喜ばしいことだが、何だこれは? 後宮庶務費のこの数字は?」
紙束にある、数字をトントンと扇子で指しながら、その目は鋭く、だんだん部屋の空気が薄くなるような感じがしてくる。
「……」
主の言葉に支宣は沈黙した。
「答えろ!」
五月晴れの新緑の香りと、爽やかな風が通り過ぎる青い空から、激しい雷雨が突然降った。
氷の微笑ではなく、氷の鬼とは正にこの時の顔だろう。
怒号が飛んだ。
「今上帝の遊興費と、側女達をはじめとした女共の衣装、宝飾類などの金、それに付く者の維持費などです。飼い猫共の餌代です」
「これで全てか?」
支線の顎下に扇子を近づけて問う。
「…………「外交費」「接待費」も同様な使用目的で御座います」
「殺されたいか?」
「……」
「何の為にお前に権を与えている? その目は飾りか!!」
──雷が落ちた。
「誠に申し訳御座いませんでした」
支宣は跪いた。
「それで金が戻るのか? 謝る為だけの存在か? おのれは!」
そう言って、側にあった湯飲みを床に向かって投げ捨て、部屋を出て行った。
仕事には普段から厳しい人だった。僅かな数字の間違えにも直ぐに気付くし、政策の施工の遅れなどにも厳しく追究された。
ただ、今日のように全身から怒りを全面に見せることは一度もなかった。あの時以外は。あの時の後から、私は彼の下に仕えた。最初は見習いから。
元服の際は、こともあろうか主が全て衣装を整えてくれた。
もう小さくなり着れないが、ずっと大事に持っている。
話の途中で退出したり、ましては物に当たるようなことをするような人ではないことは支宣には、よく分かっていた。
それだけ本気で変えようとされている意だ。それを私は……
──バシッ
光君の執務室に一人取り残された支宣は、ただただ自分の愚かさと未熟さに悔しくて収支表を壁に投げつけた。
いくら国費の使用振り分け、予算の全権を任されていると言っても相手は今上帝だ。
その帝が使用する金を減らしてくれとは中々言い難いのだった。
ただ、贅沢三昧、湯水のように金を使いまくる者に、身分差とかではなく「仕事」として苦言を呈するのも、その職務の者の仕事であると言われたら返す言葉も無かった。
「父上に頼るか……いや」
今上帝の側近の顔が一瞬過ったが、支宣は直ぐに打ち消した。
自分の主は光潤殿下である。
と。
内志の輔殿に達しを出すしかないよな……
でも俺の名前では無理だろう……
支宣は大きく息を吐き、天井を仰いだ。
覚悟を決めたのだった。
◇
重々しい空気の中、定例の御前会議が始まった。
所謂「トップ首脳会議(密談)」だ。
週一回、ティタイムか昼食時に集まりランチミーティングと興じて、元一休店主らの、手料理を食べながらの会議だ。
政の相談から新作菓子、厨房のメニュー等、内容は多岐にわたる。
普段は、最初は真面目な会議をしていても、大抵途中から皆飽きて来てグダグダな雑談会となるのが恒例だ。
だが、今日は……。
私と、惟光様は二人で目配せしながら、この場の空気をなんとかしろと互いにサインを送っていた。
仕方がないので、私がお茶でも勧めようと思って立とうとした瞬間、支宣様がすっくと立ち上がった。私のほうに。
「凛花様、お願いが御座います!」
その声は意を決して立ち上がった様子だ。
「どうしたの? 支宣様?」
「こちらの書状を、皇太后陛下にお渡し願いたい!!」
渡してくれませんか? では無く、渡して欲しい。と言って来た。
私は書状を受け取りたずねた。
「中を改めても?」
「はい」
──「なるほどね」
ただ、このお役目、光様じゃなくて私でも大丈夫だろうか? と少し思ったが、まあ駄目ならその時! と思い、結を呼ぶ。
「結、紙と筆をこれへ」
「かしこまりました」
侍女となった結が直ぐに硯と筆、紙を用意した。
「香瞬皇太后殿下へ、贈り物をしたいのでお目通りを~~」との内容で面会のお願いの手紙を認めた。
「支宣様、私に出来るのはここまでです。許可が下りたらご一緒しますか?」
「はい。宜しくお願いします」
「奥を頼ったか……」
奥の離宮に下がられている為「奥」や、御印である「鈴蘭様」と呼ばれるのが定説だった。
光様が支宣様を睨んだ。
仕事に身分は本来関係ない。だが、帝相手に苦言出来る者がもし存在するとしたら、それはたった一人しか居ない。
この荷を支宣様一人に背をわすのは流石に気の毒だ。
そもそもこの自体を放置し続けたのは、目を背けてきたのは皇族である光様も含まれる。
「愚かな」
光様が一言呟いた。
それは支宣様に言ったのではなく、今まで分かっていて、見て見ぬふりをしていた自分に対して吐いた罵声だと言うことは、ここにいる皆が分かっていた。
「ささ、昼餉の用意が出来ましたよ」
そう言って母様と、後ろから父様が執務室に料理を運んで来た。
ありがとう流石はよく知っている二人だ。
微妙な空気の中、昼餉を頂く。
皆、静まり返ったままだ。
そんな中、殿下がいきなり自分の膳にある鶏の南蛮を箸で掴み、支宣様の膳に入れた。
「食え」
「鶏南蛮が好物なのは兄上で御座います」
「いいから黙って食え」
不器用な人。
私は少し照れた顔を見せた彼のキラキラ光る紫の瞳が、いつもと同じように澄んでいることに気づいた。
そして私は卵焼きを支宣様の膳に入れた。
それを見た、惟光様は汁椀を、そして母様は野菜の煮物。父様は漬物とデザートの苺をのせた。
「そんなに食えませぬ」
「黙って全部食え。残すなよ? 命令だ!」
みんな良い人ばかりだ。
この後、支宣様は厠へ何度も通っていたのは言う間でもない。




