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2.眠り姫

 ──「おーい! 帰るぞ! 凛花!!」


 女官様方と仲良くなった私は、きゃいきゃいと、雑談をしていたら、遠くから私を呼ぶ声に、ハッとした。


「やば! 忘れてた!」


 って、今日って何しに来たんだっけ? 確かお茶に誘われて?


 一応皇太后陛下とはお茶は一杯飲んだけど、お菓子貰って、お礼に肩揉んで、世間話して、琴を少し弾いて、結局そのまま、合わせてくれたお囃子の方と急のセッションとなり、その後なんだか舞を女官様とご一緒したり? 何しに来たのやら……


 これって大丈夫だったんだろうか……

 急に自分がやらかしてしまったことが大事(おおごと)のように感じて、反省してしまう。


 皇太后陛下より、沢山のお土産を頂いてしまったのは良いのだが、乗って来た馬車が小さかった為、菓子だけ持ち帰ることにして、残りの絹地や、糸、宝珠等は後程取りに行くことになった。


 でも、こんなに戴いても良いのだろうか?


 ──行きは緊張のあまり気持ち悪くなったが、帰りは安堵と、ここ数日の寝不足と「入試試験」がやっと終わったと言う解放感で、今までの疲れがどっと押し寄せて来た。


 瞼が重い……。隣で何か話かけているような気もするが。

 ほのかな伽羅の甘い薫に包まれて、ふわふわと。馬車の揺れといい徐々に意識が遠のいていく。



「子供か!」

 そう一言だけ呟いた美丈夫は、言葉とは裏腹に何だか嬉しそうだった。無防備に男の前で身体を預けて、スヤスヤと寝息をたてて寝る娘を見ながら、大事な宝物のように、頭をゆっくり何度も撫でていた。


「しかし、少しは警戒ぐらいしろよ。これでは襲われても文句は言えんぞ?」

 そう言って苦笑いしながら、そっと娘の唇を自分の唇で覆った。



 馬車は一旦、光君の住まいの前で停車した。


「しかし、これ、どうするかな……」

 再び彼は苦笑いした。


 主の帰宅に、一斉に侍従達が玄関に並び迎える。


「宣を呼べ」


 それだけを伝え、待ち人は馬車内からまだ降りて来ない。

 何事かと、侍従衆達は頭を低く下げたまま言葉には発してはいないが、皆どことなく落ち着きがなく、ソワソワしていた。


 暫くして、馬車の前に宣と呼ばれた、支宣が小走りに近づく。

「殿下、如何なされましたか? ご無事で?」


「余は心配ない。ただ……こやつが……」


 !! 

 何か、彼方の宮であったか? 殿下が付いていたのに? 支宣は一瞬不安が頭をよぎったが、直ぐに打ち消した。

 光様は、剣の腕前も兄上に勝るとも劣らぬ御方。そのような事がもしや起こったとしても。

 それに場所は彼方の宮の中。ありえるはずがない。


「入れ」

 主の声は動揺している感じはなく、普段と何ら変わらぬ声だった。

 それに安堵した支宣は、馬車の扉に手をかける。


「失礼いたします」


「……これは」


 そこにはまるで赤子のように抱かれた少女が光君の手の中に、丸まっていた。

 袖が馬車の床まで垂れている姿がなんとも、美しくも可憐で蝶のようだった。


 紫の地に、薄紅色の桜の花びらが、鳳凰の尾に絡むように舞い、白い蝶が周りに舞っていた。


 急務で仕立てた割には我ながら良いできだ。と支宣は目を細める。ってそんなことを言っている場合じゃない!! 


 支宣は頭を抱えた。


「どうするよ? これ?」


「……道に捨て置く訳にはいきませんしね」


「……死にたいか?」


「すいません。軽口を」

 

 不敬を承知であまりにもの愚策に、支宣は主を横目で見たがその目は、謝罪の目ではなかった。


 この男の凄いところは、身分の差が如何にあろうと、主が間違えを犯した場合屈することは無かった。そこが兄惟光とは違ったところだ。兄は光君の言うことには絶対服従しか無かったからだ。

 

 それでも、常に自分の側に支宣を置き続けるのは、それだけ彼を信頼しているからだろう。



「迎えの車を呼ぶとか、出来なかったのですか?」


「……」


 支宣には分かっていた。この御方は、気づかないような方ではない。

 

 気づかなかったのではない。「こうなること」を全て想定し、全て分かった上で、敢えてわざと、この事態を作り上げたのだ。自らの意思で


 まったく……餓鬼かよ。そんなに手の中に隠して置きたいなら、さっさと婚約でも何でもしてくれよ。と心の中で思った。


 どうすんだよ。これ。


 婚姻前の娘が、暗くなって男子の家に泊まる。しかもその相手は、皇族の高位者。

 皇位継承権第二位の御君。


「暫しお待ちを」


 そう言って馬車の扉を支宣は一旦閉め、小走りに一旦宮の中へ入った。


 暫くして男物の侍従が着る衣を持って来た。

 そして、再び馬車の扉を開ける。


「此方で、全てをお包みください。私が奥へとお運びします」


「……誰の衣だ?」

 少し怪訝な顔をして、低い声でたずねた。


「今はそんなことを言っている場合ではありません」

 支宣も負けず劣らずの低い声で、ピシャリと言う。


「首はねないでくださいよ?」

 

 そう言って支宣は主を少し睨みつつ、護衛従者の制服の衣を頭から彼女に覆い被せた。

 幸い小さな娘なので、足まですっぽり隠れた。

 嫌がる主から半ば強引に抱き取り、抱えて馬車から降りた。


「心の臓の発作ゆえ、今宵は此方で急遽預かることになった。殿下の護衛殿である。詮は問わない」


 光君の側近の護衛が急遽、倒れたのでその用向きは詮索することは許されない。と殿下の一の側近である支宣に言われたら、一瞬ざわついたが、皆何も言うことなど到底出来なかった。


「誰にも目に触れない場所……あそこしか、やはりないのか……」


 支宣は、この茶番劇を全てを筋書き通りに動かされている自分に多少腹を立てながらも、主人の憎めぬ行動に笑っていた。




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