6.罰
騒動から翌日の昼下がり。いつもの執務室で慣れない手つきで、茶を淹れる男がいた。
「殿下~~ お茶淹れてください~」
トイプードル兄が言う。
「殿下~~茶菓子まだですか?」
柴犬弟が言う。
「お前らぶっ殺す!」
『はぁああ??』
仲良し兄弟が、美丈夫を睨む。
「………。ってかさぁ、仕事しろよ? こんなに溜まってるじゃないか?」
『誰のせいですか?』
堪らず彼は、助けを求めて最愛の婚約者を縋る目で見つめた。
「凛花さんや? 何とか言ってくれないかい? この阿呆面兄弟に?」
「自業自得です! お茶淹れてください!」
そう言って私は湯呑を殿下にグッと突き出した。
「謝ったろ? な? な? って? もうしないって言ったろ?」
「嫌いになりますからね? 今度したら」
凛花はギロリと睨んだ。
「すいませんでした……」
美丈夫は深々と頭を下げた。
犬兄弟を睨む。
犬兄弟は、二人揃って首をブンブン横に、千切れるか? 程に振る。
そう、感冒のはずが、何故バレた?
そこは親切? 侍女達が変な薬を盛られたらしい? と、話しているのを凛花が聞いて問いただしたからだ。
湯浴みに人払いされ、一晩中支宣が人払いしてまで廊下で控えている。
只事でないのは、長年殿下に仕えた侍女達が気づかない訳がない。
あくまでも、彼女らは主の容体を心配して話していただけだった。
不可抗力である。
「そう言えばさぁ。バタバタ騒ぎで、渡すの忘れてたのよ! これこれ! 本当は光様に最初にと思ってたんだけど……今回は罰で無しね?」
「は?」
そんな美丈夫の声を無視して、以前買ったままになっていた「ハンカチ」を二人に渡した。
「俺に?」
惟光はクシャクシャの笑顔で喜んだ。
「はい。これは支宣様に」
「ありがたく頂戴致します!」
凛花は何事も無かったように、席に戻り茶を啜る。
「おーーい。 おーーーーいい。誰か一人忘れてはいませんか?」
無視して茶を啜る。
「だから謝っただろ? 二度としないって」
少しイライラした様子で言う。
「私が怒ってるのは其方ではありません。其方も勿論許せないですが、でもそれ以上に許せないのは、何故私を頼ってはくださらなかったのですか? あの夜。何故お一人で苦しまれたのですか? 私達は夫婦になるのではないのですか? 私はその程度の女ですか?」
「違う! 決してそのようなことは!」
「り、凛花ちゃん。流石にそれは……いくらなんでも愛する女性には……」
支宣は、主の苦しみが分かる分、急いで凛花に訳を説いた。
「それでも、わたくしは殿下の妻になる女です。どんなことがあろうと覚悟は出来ております。夫の苦難はわたくしが受け止めます」
凛花は支宣と、惟光の目をしっかり見てはっきりと言った。
「ご無礼を致しました」
支宣は凛花に素直に謝った。が、その声は喜びとも思える声だった。
「宣、惟光、悪いが席を外してくれ」
『御意』
そう言って二人は部屋を後にした。
◇
「すまなかった。ただお前を抱くなら自分の意思がある時、自分が自分である時が良かったんだ。分かってくれと言うのは勝手かもだが、分かって欲しい。獣のような我を忘れる醜態でお前を壊したくなかった……赦せ」
彼の頬からキラリと一筋の雫が零れ落ちた。まるでダイヤモンドのような輝きを放ちながら。
「愛している凛花。すまなかった」
そう言って彼は、目の前の最愛の女性を抱きしめた。
「ごめんなさい。辛かったのは私じゃなくて殿下なのに……ごめんなさい」
「今夜、うちに来ないか?」
彼女を腕の中に抱いたまま、耳元でたずねる。
「駄目でしょう?」
彼女は意地悪そうに微笑んだ。
「春まで待てるかなぁ……」
淋しそうな顔をする、当代一の美丈夫の後頭部に両手を絡ませ、自分の方へ引き寄せ、そっと自分から口づけをした。
「お前それずるくないか?」
「罰です」
「もう一回して?」
「駄目です」
「もう一回だけして?」
「駄目です」
「凛花さん?」
そう言って彼は目を閉じた。長い睫毛は綺麗に巻いている。
凛花は彼のすっと通った高い鼻をカプッと軽く噛んだ。
「お預けです」
「なぁ。やっぱりもう無理だわ……今夜来なさい」
「ご兄弟の許可が下りたらね?」
「……。無理だろ」
「頑張ってね?」
「なぁ。俺のハンカチは?」
「ちゃんとありますよ」
「後で見せて?」
「今出す?」
「いや、もう少しこのままがいい。寧ろずっとこのままでもいいぞ」
「それじゃぁ何もできませんよ?」
「こんなことも出来るぞ?」
そう言って再び彼は口づけした。
この抱き合ったままのやり取りが、このあと夕刻まで続いたことは、外でずっと待っている仲良し兄弟しか知らなかった。
「宣。もう良くないか? 婚姻先にしても?」
「駄目でしょう? 帝と皇后になる御方ですよ?」
「だよな……」




