1.決意
第二章突入です。
皇太后に会うことで二人の仲は急展開をむかえます。
──控えの間に私達は通された。二人並んで入場の時を静かに待つ。
そっと、斜め上に目線を移す。
神様は不公平だ。
天は二物を与えずと言うが、それは間違えである。と、これを唱えた人に私は言ってやりたい。
天は時に、全てを与えし者を生み出す。
そして残酷なまでの現実をその他の者に与える。
今、私が眺めている光景は涙が出るほど美しかった──。
嫉妬する程の美しい御方の背を見て、前を向く。
「入りなさい」
その声と共に、神に選ばれし御方は静かに礼をとる。
憎らしいぐらいの美しい所作だ。
それに習い、私は今できる自分の精一杯の敬意を込めて深く頭を下げた。
「御前へ。皇太子殿下」
「皇太后様、その呼びはお控えください」
皇太后陛下の御声により、殿下が前に進む。
「本日はお招きありがとう御座います。そこに控えておる者が、凛花で御座います」
殿下がそう口上すると、皇太后様が開いていた扇子をパチンと閉じた。
「凛花とやら。此方へ」
そう言われたが、直ぐに立ち上がってはいけないと教わっていた。
皇太后陛下の側に控える者が、此方にやって来て私を案内するまでその場に止どまり、まだ頭を上げてはいけないと。
!
「凛花。行こう」
あろうことか、皇太后様の御前に参じていた殿下が立ち上がり、しかもお尻を向けて私を迎えに来たのだった。
「皇太后様、いや母上。些かいたずらが過ぎはしませぬか? 本日はただのおやつをご一緒に? との誘いであったのでは? 我々はそれなりに忙しいのです」
ギョッ!! 何を言い出すのかと思えば!!
ちょっと待ってよ!! 何でいきなり喧嘩腰なのよ!
焦って私は思わず殿下を凝視した。
しかしその目は真っ直ぐ皇太后様を見ていた。
「ホホホッ。皇太子殿下これは私が悪かったわね。まぁそんな目くじらを立てなさんな? お座りなさい。そして凛花も此方へ」
そう言って皇太后陛下は近くにいた女官に目配せした。私達は女官殿に従い席についた。
それでもいつもの穏やかな殿下とは少し違って、ピリピリとした空気が漂っていた。
「殿下? そのように張っていたら、凛花さんが怖がっておりますよ? 何、他意はないわよ。この娘が「おむすび」とやらを広めた者と聞いて、ちょっと会って見たくなっただけなのよ」
「ならば、もう帰って良いですか? 皇太后陛下?」
ちょーーーーーーーーーーっと!! 何考えてるのよ!!
私は慌てて、皇太后陛下に話かけた。本来身分の低い者から、許しが出ていないのに話かけるのは御法度だ。でも今はそんなことを言っている場合ではない。
「失礼ながら申し上げます。この度はお招き頂き大変光栄で御座います。このように礼儀も知らぬ田舎者では御座いますが、拝命した職を誠心誠意努めさせて頂く所存で御座います。何卒宜しくお願い申し上げます」
「ふん。殿下。其方の過護は要らぬらしいぞ。凛花、ここは女同士二人で茶を頂きましょう。無粋な男は置いておいて、さぁさ。此方に、美味しい焼き菓子があるのよ」
そう言って皇太后陛下と私はなんと、光様を放置して二人でティタイムをすることになってしまった。
ひえぇえええええええええ。どないしましょ。
「あの馬鹿が……折角わざわざ悪役になってまで、遠ざけたのに……」
親の心子知らずではないが、彼女の負担を軽減する為にわざと悪態をついて、せめて凛花だけでも早く帰らせてやろうと一芝居打ったのに、全く気づいてない彼女にイライラが募っていた。
「他のことは聡いのに何故俺のことになると……こうも勘違いするかなあ?」
◇
「凛花、次は肩を少し揉んでくれぬか? 最近首が痛くてのう」
「あら? それは大変で御座いますね。後程、良く効く軟膏をお届け致しましょうか?」
「ほう、それは有難い」
「あと肩痛や、腰痛がある時は、コンニャク芋を沸騰した鍋で茹でて、手拭いなどで包んで、それを患部にあてると良いですよ?」
「ほう? それはどんな効用が?」
「温めると、ほぐれてくるからでございます」
「なるほどなぁ。冷えで身体を強ばらせておるのか」
「左用で御座います」
「凛花殿、もう良いぞ。随分と楽になったわ」
そんな雑談を何故か私達は、絢爛豪華な部屋でしていた。
誠に滑稽な風景だろう。
「そろそろアレを呼んでやるかの?」
そう言って皇太后陛下は、側に控えていた女官殿に耳打ちした。
暫くして光様が部屋に入って来た。
先程までのピリピリした雰囲気は一変して、いつもの穏やかな表情の殿下だった。
先程のは、いったい何だったんだろうか……
「如何でしたか? 女子会は?」
「ああ、とても楽しい一時だったよ。ときに、凛花は琴の名手と聞いたが、一曲聞かせてはくれまいか?」
──来たーーーーーーー!!
練習しといて良かった……
「独学で拙い手ですが、御耳汚しにならなければ良いのですが、僭越ながら」
そう言って私は一旦席を立った。
「聡い娘だな。何処から拾って来た?」
「文に書いた通りで御座います。御祖母様」
◇
──琴の音色が聞こえて来た。
「ほう。聞きしに勝る中々の腕前じゃな?」
「二日前にはじめて琴に触れたそうです」
光君の言葉に一瞬ギョッとした顔を見せたが、直ぐに平常になり再度たずねた。
扇子を互いに口元に当てて、聞き耳をたてないと聞き取れないぐらいの小声での会話が続いた。
「本気なのですね」
「奪いに行こうとさえ思わせるぐらいに」
「お覚悟を?」
「もう少し……もう少し時間を下さい。舞台が整うまで」
「そこまで彼女を……分かりました。盾になりましょう。鈴蘭の者を好きなだけ使いなさい」
「有り難き幸せ」
「ところで、もう「花」は授けたのですか?」
「……いえ、まだ……」
「そっちの方は意外と奥手だったんですね。ホホホッ」
「婆々様……揶揄わないで下さい」
「桜は如何しら? 鈴蘭を添えて」
「皇太后様!」
驚きのあまり声をあげてしまった……
「そうすればアレの手からも護ることが出来るでしょう」
「有難う御座います」
「大きくなりましたねぇ……あんなに可愛かった貴方が、恋をする歳になったんですね。歳をとるはずです」
「止めてください。貴女様には刻がくるその時まで、まだまだお元気でいてもらわないと困ります」
「今度こそ幸せになるのですよ」
「……はい。そろそろお返し願えませんか? あれを?」
「はいはい。若い二人の邪魔をするのは無粋ですね。鈴蘭の者には夕にでも連絡しときます。全力で護りなさい」
「勿論そのつもりです。では、またお会いしましょう」
「はい。有難う御座いました。光潤殿下」
二人は静かに笑みを浮かべ別れの挨拶を交わした。




