さて、この娘はどうしたものか
今日も突然目の前に闇の文字で指令が下り、主人に言われたとおりに落とし物を回収に来た。
「えぇと…何処でしょう、この辺だとおっしゃっ……うわ!」
きょろりと辺りを見渡しながらつい最近この城の執事長を任されたまだ若い壮年の男が何気ない様子で歩いて指定の場所付近に着くと、視線の先に何かが落ちているのを見つけてギョッとする。
殆ど全裸に近い女が無造作に落とされたような無様な格好で倒れていた。着ていたらしいドレスがおざなりに身体に絡まってはいるが何も隠せてはいない、下手をすれば暴行を受けた後のような…いや、いっそそうなのか…?いやいやここは神聖な闇の神殿だぞ。それに主人がここに女がいると知っている以上そんなわけはなかった。
駆け寄って抱き起こすとあまり見てはいけないが性交の跡はないように思えた。…多分。…うわ!胸元にはいくつかの鬱血の跡はある、では襲われかけた…?とりあえず出来るだけその肌を見ないようにしながら何とか隠れるようにドレスを着せるとそっと抱き上げて使用人たちの使う宿舎などがある別棟へと向かう。
客ではないから城へは入れるなと言われたからだが…こんな姿で落ちているなんて(とても倒れているなどという表現ができない姿だった)いったい何があったと言うのだろう。
人目につかないように、使用人達の客室へと運び何とか寝かせてやる。掛け布団を掛けてやり、目の毒な部分が隠れてやっと改めて見てみれば何処かの貴族のご令嬢に見えた。多少汚れてはいたがドレスはまぁまぁ上等なものであったし、結い整えられた髪はとても市井の娘がするものではなかったから。
「さて、この娘はどうしたものですか」
新しく配属、任命された補佐官であるまだ幼さの残る少女を屋敷まで送り届けたあと直ぐに大公殿下より指示が下り今に至る。このまま他の使用人たちへ世話を渡せば姿からあらぬ噂が流れかねない。いや、誇り高き闇の神殿の使用人たちがそんな軽々しく噂をするなど考えられないが、どこから漏れるかなど分からないのだ。
仕方ない、もう少し整えてから侍女に任せよう。
だが淑女の下着など自分が着せてもよいものなのだろうか。その辺に散らばっていた布切れは一応全部拾い集めては来たがそもそも何故この娘は殆ど着ていないのか。無理やり脱がされたにしてはどこも破れたりはしていない。まるで自分から脱いだような…。
少し考え込んでいたところ小さく呻く声が聞こえベットの方へと意識を向けると少女がゆっくりと目覚めるところだった。
よかった、ならば自分で身につけてもらえばいいか。
「お目覚めでしょうか、お嬢様。何処もお怪我などはなされておりませんでしょうか」
「ん……、なに…誰…おと、こ…?」
「申し訳ございません、訳あって私がお運びいたしましたもので、侍女をかわりに呼びますがその前に少し身支度をしていただきたく」
「…………んー…、頭がぼぅっと…、何処よここ…」
「ここは闇の神殿の端、商人達や使用人の客人が一時滞在する宿舎でございます。お嬢様が敷地内で倒れておられましたもので応急的にお連れいたしました」
え、と動きが止まる。自分は確か自室で湯あみをしていたはず、何故こんなところに…。
「きゃあ!な、な、な…ッなんでドレスを脱がして…おまえ…!」
「いえ、倒れていた時すでにそのお姿でしたので。私は最小限でお運びしただけでございますよ。ただ人を呼ぶのに体裁も悪いので少しドレスを整えていただきたいのです」
「そんなはずないわよ!お前が私の身体に欲情してこんな真似をしたんでしょう!」
「……誓ってそのような事はございません」
「嘘よ!お前なんか直ぐにクビにしてやるわ、こ、こんな辱め絶対に許せないんだから!」
少女に気づかれないように静かにため息をつく。主人に命じられただけであるのになかなか厄介な娘に関わってしまった。
「ここは神の住まう神殿です。嘘偽りは全て神の元曝け出されるのです。…その上でもう一度申し上げます、誓ってそのような事はございません」
「……ぅ」
「ご理解頂けましたら侍女をお呼び致しますので、最低限の身支度だけお願い致します」
淡々と告げ軽く礼をすると執事の男は静かに部屋を辞していった。
待ってくれ、まだ頭が混乱している。
確かに自分は湯浴みをしていた、間違いなく自分の屋敷の自分の部屋でだ。城へは参代しようとは思っていたが記憶のないまま来られるような距離じゃない。あぁそうだ…、そういえばあの時何か…おかしな事が、身体を何かが侵食して意識が、消えた。
「でも…、怪我なんかはしてない……ちょ、何なのよこれ!」
無数の鬱血の跡を乳房に見つけて確かめる。間違いなく男の愛撫の跡だ、先日の跡はだいぶ薄らいでパッと見ほとんど分からなくなっていたはず、ならばこれは今日付けられたと言う事…? …まさか、これを見られた?
不実な女として名が広まるのはまずい。貴族の娘なのだ、初婚時に生娘でないなどあってはならない。…いや、既に純潔ではないのだが人に知られているかどうかが重要なのだ。
咄嗟に布団を覗き込んで秘所を確認すると…、無事…?特に痕跡はない、が…実は奥で甘い疼きがずっと、じくじくと身体を侵食していた。
「一体…私に何が起きているというの…」
まずは乱れたドレスをとりあえず着直して屋敷へ戻らなければ。部屋に戻ったら身体の確認と…、いやまずはさっきの男の口は封じておかなければ。
コツコツと静かな足音が聞こえてきて控えめなノックが響く。
「は、入っていいわ」
「失礼いたします…、あのまずはお嬢様確認させていただけますでしょうか」
「なッ……なに」
「いえ、実は先刻から待機所でお待ちのとあるお屋敷の御者とお付きの方からお嬢様がお戻りにならないとお問い合わせが来ておりまして、もしやお嬢様がリーガル家の御息女様ではないかと…」
名を知られた!
…いや待て、大丈夫よ。むしろ決定的な純潔(純潔ではないけど)は無事だったと逆に知れているはずだもの、滅多なことは言わないはずだわ。
「そうよ、うちの馬車が来ているの?ちょ、ちょっと具合が悪くなって手を貸してもらって休んでいただけよ、すぐに帰るから支度と屋敷の者に知らせをお願いね」
「畏まりました」
少しドレスの裾は汚れていたがそんなに気になるほどではない。破れもないし情交の跡もない…、ならば一体自分の身に何が起きたというのだろう…。
わからないという事は恐ろしいことだ。そして何より自分が知らない事を別の誰かが知っているのはもっと恐ろしい事だった。
「ね、ねぇ…。さっきここにいた執事は何て言うの」
「はい…?執事長様の事でしょうか」
「そうよ、…そう、礼を言わないとね」
「倒れておいでのところをお運びしたとお聞きしておりますが、礼などは必要ありません」
「私がしたいの!教えてちょうだい」
「はぁ…、闇の神殿の新しい執事長、セージ・レレイ・カーズです、優秀な方でございます」
「そ、そう。ありがとう」
あの男が何を知っているかを聞き出して黙らせないと、疑心暗鬼が止まらない。まずは絶対に何もしゃべらないという確証よ!
私は将来この城の女主人になるはずなのに…邪魔されてなるものか…!
❀❀❀
「…ご主人様、酷いですよ」
「なんですセージ、どうかしましたか」
いつも通り一仕事片付けた後、王と大公夫妻のためにアフタヌーンティーを運びゴールデンドロップを落としたところで思わずこぼしてしまった。
相も変わらず仲睦まじく、大公様が奥様を人目も憚らずに慈しんでいらっしゃるのを見て思わず恨み言が口をついて出てしまったのだ。
「…驚くに決まっているでしょう、あんなの人目についたらどうなさるおつもりですか」
「……………あぁ」
こしょこしょと妃殿下の首筋の一房の髪を弄んでいたかと思えば小さく思い当たった、というような声を出す。本気でわからなかった顔をしたぞこの人。妃殿下以外どうでも良いにも程があるだろう。そしてその妃殿下自身は慣れたもので大公様の悪戯など意に介さず紅茶を手に菓子を一つ摘んでいた。
「…? 何かあったのですか」
「お前は気にしなくていい」
ちゅ、とこめかみにキスを落として可愛らしく首を傾げて問う妃殿下の気をそらす。確かにこのお優しい妃殿下にはショッキング過ぎる光景だった、お耳に入れたくないのだろう。
「倒れていた少女に驚いた、というお話ですよ妃殿下」
「あぁ、先程ラグナ様がお願いした件ですね。ご苦労でしたセージ、ありがとう」
「いえ、あれしきのこと。ただ敷地内で人が倒れているなんて驚きましたもので」
肝心なところは伏せて言葉を選ぶ。
「それに、お嬢様がお目覚めになった途端に…その」
「なんだ」
「お前をクビにしてやる、と罵倒されまして…」
「おやおや」
「そんな…」
「流石にそれは困りますのでご勘弁願いますとだけ、お願いいたしますよ」
「それは…、驚いたでしょう…申し訳ありませんでしたね。大丈夫だと私が保証いたしますから」
本当に申し訳なさそうにお声をかけてくださる。よかった、王や大公様よりも大公妃様の保証が最も信頼と確証が持てるのだ。………いやそれもどうなんだろう。
「それならばよかった。せっかくの憩いのお時間にお邪魔いたしましたこと、申し訳ございません」
「そんな、私達がお願いしたのですから。迷惑かけましたね」
「………あの、妃殿下。妃殿下が誰にでもお優しいことは存じておりますが、私にはもっと事務的にお話くださって大丈夫でございますよ」
「…? どういう事ですか」
「ですから…」
「ぇ…ッぁ…ゃ、ステラ様……ッ」
「ご主人様に恨まれますので…」
何とか自分の前だからかおそらくは口づけだけは我慢しているようだが胸に抱き込んで隠してしまった。無言で抱きしめた妃殿下を静かに見下ろしている。
誰も取りませんから…、そんな恐ろしい。
「下がっていい」
「は、失礼いたします」
「おぅ」
「離してください、ステラ様!苦し…」
時折妃殿下が口を滑らせたように違うお名前でご主人様をお呼びになるが、改めて確認したことはない。
星の神であるご主人様を星と呼ぶことは特段不思議ではないのだけれど…、何かあるのだろうか。いや、恐ろしくて聞くことなどできないのだが。
静かに部屋を辞して背中で扉を閉める。
「だから、お前らはほんっといい加減にしろ!」
途端に限界だったらしい王の声が響き渡るのを背に、今日も何も聞こえなかったことにしてその場を離れたのだった。




