死きたまま、消えろ
「さて」
壁一面に天象儀を展開させていくつかの映像を眺めながらステラが空中で足を組んで考え込む。
その中で固定された映像にベリルがあるのはステラらしいと言える。キースの映像だけは映せないからベリルの様子で何をしているかを見ているのだ。
軽く触れると映像は切り替わり城の様子が全て映し出された、映像の一つにシエルが映る。
シエルが人気のない鋸壁に居場所を決め込み風に包まれて座っていた。
「ふふ、たまには私もお傍で貴女の歌声を聴きたいものです」
映像をそっと撫でていると中に映るシエルが静かに小さく歌い出す。その声に鳥達が羽ばたくのをやめ傍に舞い降りシエルを囲んでさえずるのをやめた。
囁くように、鼻唄のような小さな歌が風に乗って空気に溶け込み城を包み込むと人々は話すことも動くこともやめ、聞こえない歌声にうっとりと聞き惚れ彼等の目には何もかもが夢のように輝きだす。
「しかし、あの阿呆は何を考えているんですかね」
呆れたように呟いて傍らの映像へと指を滑らせる。
そこに映るシエルが何かに気づいたように顔を上げ何処かに視線を向けた。トトト、といくつかの映像を辿ると視点がきり替わりいくつかめに黒髪の男とブラウンの髪の少女が映るのに眉を顰める。
「調子に乗りすぎでしょう。怒られても知りませんよ」
そこにはひくひくと背を反らせて快感に酔っている女の胸に舌と歯を立てて愛撫しながらもう一方の胸を揉みしだく黒髪の男が映っていた。
少しの間眺めていたが直ぐに興味を無くしたように他の映像を指先で切り替え、そのまま手を伸ばしてシエルの映像に触れると画面の中のシエルが分かった、と言うかのように微笑んだ。
「早くアレの傍へ戻りたいのですがねぇ」
一人不満を口にしながら目まぐるしく移り変わる映像に目を走らせため息をつくのだった。
❀❀❀
「は、…ぁ…、ぁン……おかしく、なりそうよ……アッ、シュ…ぁあ…ッ!」
びくびくと身体を震わせてその舌の感触に酔い痴れる。待ち望んだ男の身体、唇、舌…、全部が愛おしく、狂おしいくらいに自分を悦ばせた。頭に霞がかかる。何も考えられずその指に、唇に、全てに悶え狂うしかない。
あぁ、貴方はこんなにも荒々しく乳房を揉みしだくのね、こんなにも焦らして敏感な先を虐めるのね…!
早く、早く、早く貴方を奥に頂戴!待てない、待てないの!ついさっきつまみ食いした人間など足元にも及ばない快楽、貴方が欲しくて気が狂いそうなのだ。がちりと先端に歯を立てられて悲鳴にも似た嬌声を上げた。
腹を撫でる手のひらが明確に意思を持っているのにもはや快感に酔った頭は気づけない。
秘所に触れてほしくてくねらす腰が切なくてもどかしい。
ふ、とたわわな乳房から顔を上げ軽く首を傾げるようにしてぼんやりとした紅紫の瞳が見下ろしてきた。
「…シエル…、本当に、こんなにも触れて、いいのか…」
「はぁ…ッな、に…どうしたのアッシュ……イヤ、やめないで…もっとよ、もっと虐めて…」
「……あの女にもこの感触は…、伝わるの、だろう…?嫌だと…言っていたじゃないか」
まさか気づかれていた?!
そうか、だから常にあんなにも優しく触れてくれていたのが急に何も感じなくなったのか。
あの女、つくづく忌々しい…。闇の欠片にでも見つかったか。
「あんなに…、触れるなと、嫌だと…言って、いたの…に」
何処か焦点の合わない瞳で自分を見つめ、首を傾げ、頬を撫でながら何処かおかしいと思い始めている…?
「あぁ…ダメ…、…お願いよ、身体が熱いの 貴方をちょうだい…」
「…? 糸の気配は消えていない…、繋がっているんだ、ろう…?シエ、ル…」
「ん…ッンぁあ……ッ」
くり、と先端を摘んで親指で押しつぶした瞬間脳天を快感が突き抜けたのを置き去りにして無慈悲にもその手を放し身体を起こそうとする。
やめないで!イヤよ!もっと欲しいの、お願い!お願いだから!背中から優しく抱きしめられているような錯覚と、離れてゆく視覚に恐怖にも似た感情が頭を支配する。
「あんなもの!消えたわ、とっくに切れて無くなってる は、早く…早く続きをシて…!堪らないの、我慢できないの…、貴方をちょうだい…アッシュ…!」
「………本当に…?まだ嫌な匂いがする…シエ…、ル…?」
「あぁ、クソ!邪魔よ、消えなさい…!」
女が叫んだ瞬間、頭のてっぺんを叩くような高い細い音が耳の芯に響いた。
「…おや、手荒な方が簡単だったようですね。落ちましたか」
パチリと指を鳴らすと重力を思い出したかのように身体が床へ向かって落ちてゆき、同時に映像もステラと共に消えていく。
床につま先が触れる瞬間にステラの身体がその部屋からかき消えた。
❀❀❀
「アッシュ」
「ん、何だ」
歌をやめ、自分を背中から抱きしめていた腕に手を添えるとそっと後ろを見上げて空気の変化を告げる。
「今なにか…」
「犬、もういいぞ」
闇の中からステラが現れシエルに向かって手を差し出す。
「兄さま」
「もっと貴女の歌を聴いていたかったのですが残念。まぁ念のため、もう干渉できないようにしておきましょう」
さらりと髪を撫でてそのままぽんと頭に手を乗せた。チラリと厚手の布で顔を隠した男を振り返り、少しだけ眉を顰めて苦笑する。
「少しやり過ぎだと思うがな、うまいことやったのは事実だ…あまり叱ってやるなよ」
「…兄さま、もう糸は切れたのですか」
「あぁ、もう一筋も残っていない。安心していい」
「…なら何でそんな思わせぶりな事を言う…」
「あとでな」
するりと闇に消えた男を見送って、胸に頬をつけ抱きしめてくるシエルを受け止めた。
「これは僕だけのものです」
「最初から誰にも触らせていたつもりはなかったんだがな…」
ふわりとシエルからステラの気配を感じる。薄い結界を張ったのか、もうつけ込まれないようにしろと叱られているようだった。軽く髪に口づけて上向かせると、何時間かぶりのその唇を味わった。
「ン…、でも思ったより早かったな」
「うまくやったと言っていたしな、そうなんだろう」
❀❀❀
「…アッシュ…ほら、もう何も感じないでしょう…?繋がった糸なんて何処にもない…、はやく、早くあたくしを愛して、抱いて…めちゃくちゃにして……!」
愛しい男を手に入れた今あんなものはもう必要ない。あの女を出し抜いてやったのだ、あとはこのまま彼を連れ去り冥府で柘榴を口に含んでやれば完了だ。
もう少し、もう少しよ…!
身体を起こし離れようとするアッシュの首に追いすがって愛撫をねだる。それよりももっと触れて欲しい、我慢できなくて狂いそうなのだ!
「ふむ、確かに生臭い気配はお前だけになったな」
「アッシュ…、何…どうしたの」
「どうだ、もうよいのか?我には見えぬゆえ確実に確かめたいのだが」
そのまま軽く余計なものを振り払うように黒髪の男は頭を振ってまだ少しぼんやりする自分の目を覚まさせた。
ふわりと宙空に現れた闇が人の形を作る。
「えぇ、確認いたしました。もう大丈夫ですよ、あとは好きになさい」
「ははは、好きにとは異なことをいう」
「……少しだけ甘く囁いて丸め込めと言っただけなのに、随分と楽しそうだったじゃないですか」
「虐めるな、これでも妻が居る。アレはこれしきで妬く女ではないが、こんなのを喰ったと知れればさすがに叱られてしまうわ」
「そうですか…、まぁ自分の裁量ですることならば私は構いません、口を出す気はありませんよ」
「…な、……なん、何が…」
すらりとした長身の美しい男が現れた。
腕を組み、顎に軽く長い指を添えて呆れたようにアッシュに向かって話すとチラリとこちらへと一瞥をくれた。はだけた肌を咄嗟に隠すのも忘れその視線に釘付けになる。
あぁ、この男はアッシュとは違う欲も知っている色気がある、何と美しいのか。ゾクリとした色香に一瞬で身体が熱くなる。欲と快感の残滓で目の前のアッシュがおかしなことを言っているのも分からない。
「ぁ…、お前は…お前は誰…」
「……?何です、この毒婦は。私に言っているのですか」
「ははは、気に入られたのではないか」
「冗談もやすみやすみになさい」
「ぇ…、ぁ………?……ッアッ、シュ…?……ッ!」
「お、ようやく目が覚めたぞ天津甕星殿よ」
「だから誰なんですそれは」
「な、……いや、これは何、どういう事なの……ッ!」
パチリとステラが指を鳴らすとアッシュの姿をした男が一瞬氷に包まれ次の瞬間アッシュの形が割れて砕けて消えた。代わりにそこにいたのは長い髪を雑にまとめた逞しくも精悍な大男だった。
「何者だ!」
悲鳴にも近い声で叫んで殆ど裸になっていた身体にドレスを引き寄せる。
「名か、必要か。我はそなたを知ってはいるがそなたが我を知る必要はないぞ」
「あたくしを謀っていたのか!アッシュは…、アッシュは何処!」
「お前が知る必要は無い」
黒い男が静かに言うのにカッとなって振り返る。ならばいい、お前でいい!黒い男、美しい男!お前もあたくしと同じ側の者だろう!ならばわかるぞあたくしを見て堪らなくなった筈だ!
一度冥府に置いてきた身体を味わわせればどんな男もあたくしに夢中になる。連れかえって永遠に喰って愛してやる…!
「…何です、やはりただの阿呆なのですか。……俺に触るな」
伸ばしてきた手に触れるのも拒みすい、と消えて素戔嗚の背後へと現れる。
「貴様も帰るぞ、シエル様に褒めていただかなくていいのか」
「おぉ!まことその通りよ」
「…ただ忠告しておくが、犬の姿で調子に乗ったことは黙っておいた方がいい。褒められるどころか口も聞いてもらえなくなっても知らんぞ」
「む、左様か。そのようなつもりはなかったのだがまずかったか。欲に弱いこの女のことだ、手っ取り早いかと思ってな」
「まぁ貴様なりに勝算があってしたのならば私は構いません。黙っていてやる」
「かたじけない!」
「待てェぇえぇ!貴様が、貴様が謀ったのか!あたくしからアッシュを奪ったのか!」
「そもそもあれはお前のものじゃない」
「うるさい!うるさい!うるさいぃぃぃい!ならば貴様が代わりにあたくしのものになるのよ!冥府に来い、一緒に来いぃぃィィい!」
「触るなと言っているだろう。私の唯一が嫌だと言っているんだ、触るな」
何もない宙空でステラが何かを掴むように手を握り込む。
「ぁ、ぐ…ぎゃ……」
首を掻きむしるように少女の動きが止まりジタバタともがき始めたかと思えばゆっくりとステラの動きに合わせて身体が宙に浮いてゆく。
「地の底へ、海の底へ帰れ。あの二人も甘いんですよ、荊で拘束するだけなどと子供のお仕置きですか」
「む、荊の仕置きとな。少し昔にあった大神殿達のあの騒ぎのことか」
「…貴様はまったく、意外と情報通なのに時折驚きますよ」
「ぁ、ぎゃ……ぐ」
ずるりと少女から女が抜けて半裸の身体だけがばたりと地へ落ちた。意識のないまま淑女とは思えない姿で無様に横たわる。
「面倒な事に貴様は消せないからな、ならば死きたまま闇に消えろ」
ぽっかりと漆黒の闇の穴をもう片方の手で作ったかと思えばゴミを捨てるように女の影をそこへ放り込んだ。パチリと指を鳴らせば一瞬でそれは閉じて消える。
「何をした」
「永遠にあの女は自分の肉体には戻れない、肉の喜びを二度と味わうことなく、自分の身体に手が届きそうで届かないまま、薄い壁を隔てた別次元で魂のまま永遠に死きる」
「はははは!あの肉欲の塊から女の悦びを奪ってやったのか!さすがに貴方は怖いのぅ!」
「シエル様のみならず、私の唯一の顔を曇らせたのです。甘いくらいだろう」




