パパに繋がってます。
ぞくりと身体に言いようのない悪寒が走る。
蛇の舌が背をなぞったような、ムカデが身体中を這い回るような…。
「…ッ」
「ん、どうかした?黒」
「奇妙な悪寒が走った…、病でもなかろうし 虫の知らせ…というやつか?」
「おや、僕も先程似たようなものを感じましたよ」
「…あの時か」
夕食を食べたあと白の塔に戻りベットに入って何の気はなしにこれからの話をつらつらとしていた時だった。横になったアッシュの胸板に頬杖を付いて特に口にしなかった先程の嫌悪感を思い出す。
「ふふ、誰かからの挑発のようだったから無視してたんですけど…、やっぱり君に関わってそうだなぁ」
「嫌なことを言うな」
「こういうのは兄さまの方が明確に分かりそうなものだけど…、僕にはまだただの不快感としか分からない」
「…大丈夫か」
すり、と頬をなでる。相手がなんだろうが何を目的だろうがそんなものはどうでもいいし関係ない。真っ先にシエルの心配をするのがアッシュだ。
「大丈夫、君に触れていれば他の何も感じない。全部君になるから…」
「じゃあ、俺の方も消してくれ」
「はいはい、僕のペットくんは可愛いな」
伸び上がって目元に口づけるとにっこり笑ってまた胸元に収まりごそごそと身体の位置を確かめて寝入り始めた。シエルが気に入った場所に落ち着くとアッシュもシエルの額に口づけて掛け布団をかけてやる。
「明日は貴族たちへのお仕置きといくつかの手配をしたらちょっとお休みしましょう」
「ん、疲れたか」
「そうじゃないけど、ちょっと自分の体の調子も見ておきたいから」
「そういえば、まだ縮めんのか」
「そうだな…、多分もう少し。思ったよりも重症だったね、魔法が使えないわけじゃないけど本調子でもないかな」
うとうとと微睡みながらシエルが答えるのに髪を撫でてやりながら眠りを促す。
「もう寝ろ、お前は俺が護る。その姿だって、本当はそのままでも構わないんだ」
「うん…わかってる」
❀❀❀
「やぁ」
「あ、おはようございますシエル様。どちらへお伺いすればよいかわからなくてとりあえず執事さんにお声がけしたらこちらへと」
朝食後にステラの後、執事長に任命された男からベリルに言伝があり、鬱陶しいヴェールとローブを付けてアッシュと共に貴賓室へと顔を出した。
アレクサンドラが緊張した面持ちで待っていたのに声をかける。
「おはようございます、もう挨拶や引き継ぎは大丈夫なんですか」
「はい、昨日のうちに全て終わらせました。ベリル様から先にお話があったおかげでスムーズでしたので」
「なによりです、じゃあパパから執務室へだいたいの資料は届けてあるはずなので貴女のお仕事部屋への案内しましょうか。一時的に鍵は僕になってますから貴女へお渡ししますね」
「…鍵?執務室なのに、いや貴方が…って…ぇ…?」
「あはは、貴女は一応自分が危ない身だと自覚なさい。貴女のご家族の目がある場所はともかく人目のない場所で一歩外へ出たら何をされるか分かりませんよ」
「そう…、なんですね」
「大公妃はもうあの娘の前に現れることはありません、もう二度とね。つまり矛先が消えるんです、だから保護したんでしょう」
とん、と白くしなやかな指が額に当てられて反射的に体全部が動きを止めた。
「これ以上大公様の怒りを買うわけにはいかないんですよ。恐れを知らない子供は何をするかわからないから怖いことです、本当にこの世界からこの大陸を消すつもりですかね。だからと言ってそのせいで貴女に向くであろう悪意を放ってはおけないかと思ったので。貴女だけであったのなら可哀想に、で済んだ話なのですが、僕のペットまで関わってしまっては…」
わざとらしくため息をついたかと思えば指先からフワリと薄明かりが額に移りゆっくりと体全部を包んでゆく。
「は…、ぁ、え……ぇ…?」
「はい、これで貴女に鍵が移りました。僕達だけは自由に出入りできますけどそれ以外の者は貴女の許可が必要になります」
「許可、ですか?」
「極力誰も入れないように。食事やお茶の類いは決まった時間にのみ執事長のセージが運ぶ手はずになってますがその許可はパパが出しますから貴女からは何もしないように、セキュリティの為です。それ以外に必要なものはセージが伺った時にお願いしてください」
「はい…」
「では参りましょうか」
正直話だけでは何のことやらさっぱりわからない。そもそも『鍵』と言われても何も渡されたわけではなく実感もないのだ、見たほうが早いだろう。
シエル達が歩く後をとりあえずついて歩く。間違いなく自分のためなのだから逆らう理由がない。
暫く城内を歩いたかと思えば長い廊下を経て一つの扉の前へたどり着いた。少し他の扉とは違って重厚で、なんというか…扉の向こうに空間を感じない。
「ここはわかりやすくしました、五芒星です」
「わかりやすい…?」
「えぇ、僕達が使っている塔の鍵の紋様は人間には描けませんから」
つい、と指で五芒星を描いて扉に軽く手をつけば、一瞬目の前が真っ暗になったかと思えば次の瞬間そこは豪奢な雑務室だった。
「ここは小さな塔なので2、3しか部屋はありません。五芒星でここへ飛びますからここだけ覚えておいてください、貴女専用の執務室です。帰る時はパパに言ってください。水回りはあちらの扉、軽く湯あみもできますし仮眠室もありますから最悪数日は過ごせます、もちろん仕事が早く終われば好きに帰っていただいて構いません」
「ふぁ…凄い部屋、ですね」
「まぁそうですね。基本的にパパの私用部屋なので人が使うのは珍しい」
「え、そんなお部屋を私が使わせていただいてもよいのですか」
「構いませんよ、むしろ貴女を囲うのが私事なので。ずっと見張るよりはここに囲う方が簡単なんです」
「そ、そうなんですね…感謝いたします」
「じゃあ後は任せても構わないかな。決裁書類と指示書はここへ放り込めば外に届けられますから、後は尚書を介して実務官が執行します。分からないことがあればそこの小窓をノックしてください」
「小窓…、あ これですね。これは…」
「パパに繋がってます」
「ぶ…ッッ」
思わず吹き出した。
「え…、は はぁ…ッ?」
「パパに繋がってます」
「言葉がわからなかったわけじゃありません!」
「そうですか」
小首を傾げる仕草が可愛らしいな!
「そ、そ、そんなのノック出来ません!」
「気楽に聞いて構いませんよ。貴女は補佐官なんですから」
「でも…ッ」
「わからないまま仕事ができると思わないでください。貴女の責務は簡単なものではありませんから、自覚と責任を持ってお願いしますね」
思ったよりもずっと真剣に返されたのに背筋が伸びる。
「早く慣れることです」
にっこりと翡翠の目が笑う。
実はその瞳の美しさにはずっと惹かれて仕方がなかった。まだまだ自分は甘い考えのままここにいたのだと実感してしまい息を整える。
「はい、申し訳ありませんでした。精一杯つとめます」
「よろしくお願いします。では今日は行きますね、頑張ってください」
「はい、ありがとうございました」
❀❀❀
「いいのか」
「ん、いいよ」
「何がとか聞かんのか」
「クロードでしょう」
「……何か企んでるのか」
「別に何も。だから言ったじゃないですか、少し痛い目見たらいいし解決もしていくって」
「ベリルが怒るんじゃないか」
「まぁ、…でもね、このままじゃダメでしょう。あぁなっては兄さま離れしないとだしキース様に申し訳ない。でもそうしたらパパが壊れます」
「まぁな。彼奴等は歪過ぎる」
素直に愛したらいいのに、と傍らを歩くシエルの頬をそっと指の背で撫でる。
「ふふ、なに」
「馬鹿な奴らだなと思ってな」
「僕たちの知らないものがあるのでしょう。そもそも2人だけで過ごしすぎた時間が彼らにはあります。傍にいるだけが愛するという事ではないのでしょうから」
「…俺は片時も離したくない」
ふいと隣のアッシュを見上げる。こんな時に無表情なのはステラに似てるなぁと少し可笑しかった。
「……君は記憶はなくても…、彼が恋人に飢えているのを知っているのでしょうね」
「俺は彼奴じゃない」
「わかってますよ、怒らないで」
機嫌を取るように背伸びをして首に両腕を巻き付けた。
「人気のないところへお願い」
「広い方がいいか」
「うん、ちょっと試したいかな」
「了解」
足元からぐるりと風が2人を包んで次の瞬間にはふわりとその姿は消え、次の瞬間にすとりと降り立ったのは城の屋上だった。アッシュがシエルの身体を抱き寄せたまま平らな足場の上でくるりと指を滑らして軽く結界を張って覆う。そのままくい、と指を天へ曲げれば静かに結界の壁が天へ向かって四方から立ち上がった。
「これでいいか」
「うん、ちょっと試すだけだから充分。ありがと」
抱いていた身体を結界の上へと降ろすと一歩下がる。ぷぁ、と多少息苦しかったのか顔のヴェールを外してシエルが息をつくのを見て目を薄めた。
不自由をさせているのは心苦しいのだ。自然のまま、自由に存在できないのに胸が痛む。
「もう少し離れて、巻き込みます」
「俺にはきかん」
「まぁ、そうなんだけど」
「離れろと言われると逆らいたくなるな」
呆れた顔で、それでも何の気もない様子で宙空に指を走らせると突然光の翼を広げて巨大な美しい鳥が召喚の光とともに天へと舞い上がる。一瞬の嵐のような風を涼風のように流して空からシエルを護るように舞い戻る鳥を見上げた。
「カルラか、久しぶりだな」
「召喚は大丈夫かな。この子クラスが来てくれるなら問題無いでしょう」
「…そいつの場合、力よりお前だから来るんじゃないか」
「え、そう?」
くるる、と喉を鳴らしてシエルの身体に長い首を巻き付かせるようにして擦り寄るのを額を指で弾いて取り戻す。
「調子に乗るな」
『痛い。久方ぶりですのに』
「お前は自我が有りすぎる。懐きすぎだ」
声とも音ともつかない言葉が空気を震わせてアッシュに応えるのを苦笑して見ていたシエルが軽く頭を撫でてやると翼をひとつ羽ばたかせてカルラと呼ばれた光の鳥が空へと舞い上がる。
『お力が何かに囚われていますよ…、つけ込まれましたね御主人様。お気をつけを』
「え…」
そのまま天へ向かって飛び去る姿のまま幻のようにかき消えた。
「…気づかなかったな」
「少し時間がかかっているとは思っていた、何が干渉している」
「わからないけど…、あの子が言うならちょっと気をつけないとかな」
闇の気配にはあの2人は鈍い。自分達の方が気配も力も圧倒的に強いからだ。あの2人が気づかなかったということは恐らくそういった類いの力だろう。
「ずっとつけられていたようですね、厄介だな」




