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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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召使いになれ

小さな頃から才女だと言われていた。


特に何を思うこともなかったが、人よりは多少勉学を好んでいたように思う。財務官を目指したのは数字が好きだったわけではない、ただ国の中枢の金の流れは国を支える上で全ての善悪を察するに近い場所だと思ったからだ。

勧善懲悪を望むわけではないが、白と黒を知ることさえないのは恐ろしい事だと思っている。

知らない事は幸福でもあり、罪だ。

全てを、とは言わない。ただ選択することが出来る事を望んだゆえだ。


だが、ここまでのことは望んでいなかった…!



「さ、宰相…とは」

「あれ、貴女のような聡明な方がご存知ない…?」


『そうではなくて!』

思わず心の中で叫ぶのをぐっと声に出してしまうのを抑える。

この国には宰相の地位に座るものは今の所存在しない。代わりに三大公爵家を置き、政務の実務を振り分け任せていた。王、ベリルは身近に人を置くことはなかったはずだ。


「わ、わたくしのような若輩者に…そのような重責、まだとても…」

「まだ、と言うことは将来にはお力をつけていただけるということでしょうか」

「それは…、わかりません」

「自信がない?」


ヴェールに隠れた顔は薄く笑っているように感じた。ただのからかいや意地悪などではない、彼は本気でそれを望んでいるのだ。


「まぁいきなりゴールの話は考えなくてもいいのです。僕もね、出会ってすぐに人の本質まで見抜けているとは思っていないのですよ」

「はい…」

「将来の事は今は良いでしょう。大体これは罰であって褒美ではありません、ただの召使いになれと言われているようなものですよ。まずは補佐官として僕の大切な方を支えていただけないかと思うのですが」

「勿体ないことです」

「そしてこれは、君を守るためでもあると言っておきましょうか」

「え…」

「此処は神の国です。大公妃はこの世界をも消せるほどの力で護られていてちっぽけな一人の少女になど髪の一筋、爪の先にすら傷もつけられないでしょう。だから敢えて罪を罪として裁かずこうして貴女に話しています。けれど貴女は…」

「…あの子はそんなにも狂っているのでしょうか」

「知らなかったわけではないのですね」

「…わたくしにだけ向けられている内はと、他に害がなければと微かな希望と共に見守っておりました。…今あの子は罰を受けているのでしょうか」

「今頃はお屋敷にお戻りかと思いますよ」


思わず顔を上げて神々を見た。静かにこちらを見据える視線にゆっくりとまた地へと額をつける。


「もはや許しは乞いません…、わたくしの全霊をかけて償いをさせていただけませんでしょうか」

「思った以上にご明晰ですね、僥倖です」


つい、と宙空に指を走らせると追いかけるようにキラキラと煌めく水の粒が何かを形作っていく。最後にそれらをつなぐように水の膜を張るとそこには何かの組織図が描かれていた。


「全てはまだお教えできませんが簡単な今のこの国の組織図です」

「……ッ」


こんな精巧な水膜(スクリーン)は初めて見た。

そこには王だけが全てを担う何処か歪で偏った組織が描き出されている。政治をまだ深く知らない自分であってもこれはいけないとわかるものだった。

神でなければこんな国決して成り立たなかっただろう。


「今此処に大公が降臨され少なくとも一つ頭が増えましたがまぁ、悪さをしようと思えば簡単でしょうね」

「偉大な王の存在に言葉も出ません」

「そして、今回少し内部で面倒事がありまして、この三つの手足の一つをちょっとお仕置きします」

「それは…」

「うん、それによって暫くは一部の機関がうまく稼働しないどころかどこかしら停止することもあり得ますね、パパ」

「おう」

「この手足が主に担っているのは?」

「外交だな…、まぁ箱庭だ 国同士の友好だのなんだのは必要ねぇが輸入関係は多少麻痺するかもしれねぇな。国内の流通もこいつらが一手に引き受けていたはずだ」

「そんな…」

「まだ学生と言ってもいい貴女には重責でしょう。無実である臣下たちにまで罰が及ぶことはありませんが流石にトップをそのままにはできませんのでね、ちょうどいい場所です此処で学んでください」

「気の遠くなるようなお話です…」

「王に一時的にですがこの機関を直接つなげます、つまりお仕事が増えちゃうんですよね。貴女にお手伝い頂きたいと思います」

「マジか。昔面倒で押しつけたひとつじゃねぇか…また俺がやんのかよ」

「だから補佐官つけましょうって言ったんですよ」

「…しゃあねぇな」


気怠げに椅子の背に体重をかけるように天を仰ぎ見た。ちらりとそのまま少女に視線をやると長い髪に指を絡ませがしがしと頭を掻く。


「それはいいが姫、そんな人間の子供に俺の補佐が務まるのか」

「正直ひととなりだけで仕事が出来るかなどわかりません、素質はあると思いますがまだまだ将来性の範疇を出ませんので当然試用期間は設けますよ。難しいようなら元の部署へ戻します。まぁ兄さまも半分はこちらに来るのですしあくまで補佐ですよ」


これも神の弊害だ。

人を直接動かすのは人の方が都合がいい。


「人を見張るなら人の方がいいでしょう」


彼も神なのだろうか。

話している内容からすれば人ではないように感じる。大公には確かに共に降臨された妹君がいらしたはずだが、隣国の宰相キースの妻としてブロッサム家へと嫁がれたはずだ。

そして何より『姫』と呼ばれてはいるが…細かい所作や言葉遣いをみるにおそらくは男性だと思われた。


「無理な事はさせません、今回の話は完全にただの御縁からの偶然の采配ですから。ただ、貴女は少しの間だけでも僕たちの庇護下にいた方がいい」

「…あの子の事でしょうか」

「今は気楽に考えて、解決してから自分の身の振り方を真面目に決めたらいいですよ」

「神の御慈悲に感謝いたします」






❀❀❀






「さて、何人戻って来るでしょうね」

「あの…、私も此処にいるということは何かお手伝いをさせていただけるのでしょうか」

「うん、まずは宮廷魔道士筆頭のお手伝いをお願いしたいので顔見せのようなものです。まだ交渉前なので筆頭様を確保できるかどうかなんですが…、まぁ何とかなるでしょう」

「…彼奴を相手にそんな日和見でいられるのはお前くらいのものだぞ」

「その…、『彼奴』とは」

「貴女のもう一人の上司になる予定の方の夫です。彼は奥様には大層甘くて過保護ですので」


…嫌な予感しかしなかった。


「そもそも私は魔法にはあまり造詣が深くなく…、お役に立てるとは思えないのですが」

「それが、意外にもお持ちの魔力はそこそこなようでしてね、解放の仕方があまりうまくないようですが多分筆頭様予定に少し教示いただければすぐ使えるようになるかと、まぁ今日は顔見せだけですから。アッシュどうするの」

「俺のやり方でいいんだろう」


軽く手を挙げて訓練場の休憩所から何人かの近衛兵が駆けてくるのを迎える。先頭にいたのは副師団長のシュレンだ。訓練用の軽い装備を着けた5人ほどを連れてアッシュの元へ駆け寄り片膝をつく。


「アッシュ様!お呼びとのことで馳せ参じました、団員の中でも何人か精鋭を見繕って参りましたが…どの様なご用向きでございますか」

「忙しいところ悪いな。今から魔道士共の再入隊試験を行う、手伝ってくれ」

「は、再入隊…?お手伝いは勿論ですが何かありましたのでしょうか…」

「宮廷魔道士団は今日一掃させる、お前達への言われない誹謗罵倒は今日で最後だ」

「そんな事…」

「そろそろ時間かな…、誰も捕まえられなかったらどうしましょうね」

「ま、その時は全入れ替えになるだけだ」


訓練場の入り口を眺めて待つこと少し、時間になり、チラホラと元宮廷魔道師達が集まってくる。その手に白い小鳥を捕らえているものは殆ど居なかった、


「おや、これは思ったよりも難しかったかな」

「確保できたものは前に出ろ」


汗だくになってかけずりまわったのであろう魔道士の一人がギリ、と奥歯をかみしめ我慢ならないとばかりに一歩前へ出る。


「僭越ながらお言葉を申し上げることをお許しください魔導師長様!いきなりのこのような暴挙、我ら一同看過できるものではございません!何卒今一度お考え直しいただ…」


全てを奏上する前にサラリとアッシュが深く被っていたフードを外し、深く輝く紅紫の瞳で集まってきた貴族の子息子女達を静かに射抜いた。


「で…、何人だ」


神としか思えないその姿に全員が時を止め、何も言えなくなる。今声高に叫んでいた言葉も聞こえていなかったかのように静かに見渡した。

そっと数人が前へ出る。


「…7人、か。まぁ頑張った方じゃないか」

「…ッもう、一人…!」


遅れて駆け込んできた一人が子息子女の頭の後ろから叫んだ。


「ふん、ギリギリだな。何とか面目は保ったか」


リボンもレースもボロボロで綺麗に整えていたはずの長い髪も無残に乱れたココの姿だった。


「…ッせめて貴方には、認められたい」


何か思うところでもあったのか、その手に魔力の籠を抱いて一歩前へ出た。白い小鳥が可愛らしく首を傾げている。


「よかろう、捕らえられなかった他のものは一旦塔へ戻り自分たちの身の回りの整理をしろ。追って再配属の沙汰を下す。残ったものは試験をしてやろう、合格すれば一応宮廷魔道士の名は残る」


アッシュがぱちんと軽く指を鳴らすと試験者たちの手にいた白い小鳥たちがシャボンのようにはじけて消えた。

改めて8人を見れば少しだけ見た顔も混じっていたがまぁそれはあとでいい。シュレンを振り返り指で招けばアッシュの足元へ控える。


「シエル、物理結界だ」

「へぇ、やっぱりそっちでいくの」

「3メートル」

「了解」

「シュレン、前へ出ろ。胸にこの花を挿せ」

「…は」


シエルが小さく笑って手のひらを空へ向けて差し出すと四角い半透明の箱が現れた。手を広げた瞬間に数十メートル四方の薄く視認できる結界がその場に張られる。アッシュとシュレンを包みこんで約3メートルの高さに展開された。そのままアッシュが結界に風を満たすとフワリと2人の身体が結界の中に浮く。


「わかりやすくしましたよ」

「…あぁ、いいな」

「う、わ…ッアッシュ様、これは」

「おまえは訓練どおり自分とその氷の花を護れ。俺の風の中で身体を固定しろ、地か風の初期魔法でいけるだろう」

「や…、やってみます」


ずっと見下していた近衛騎士が目の前で己達よりも魔法を神の言葉通り操っていた。二人が結界の中で浮いたまま対峙しているのを魔道士たちは呆然と見上げる事しか出来なかった。





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