ほんとに来た!
「何人が捕まえてこれるでしょうね」
「どうかな、そこそこ魔力を持っていれば勝手に引き寄せられるだろうが、微弱なものは頭が必要だろうな…。まぁ初期魔法程度がまともに使えれば苦労はないはずだ」
「どの程度がまともなのだか」
「…言っておくが、俺は魔法は得意じゃないぞ」
「知ってますけど?」
「上級魔法が使えるかどうかの俺を基準としてるのに大したハードルでもなかろう」
「そのはずなんだけどなぁ」
ベランダの手摺に腰掛けて散り散りに走ってゆく魔道士達を見下ろしながらシエルが軽く伸びをする。
「見たところ…、まともに魔力を持っていそうな子は数人…居るかな」
「あやしい言い方だな」
「市井からも探す予定だし、下位にでも引っかかればいいけどね」
「わかったよ、どれくらい探すんだ」
「昔兄さま達が集めたっていう30人前後かな」
「レン、頼む」
ふわりと風の精霊が笑いながら姿を現す。
くるりとまるでドレスの裾を翻す少女のように回ると白く輝く蝶がひらめいた。ふわふわとそれは羽ばたいて城下町の方へと飛んでゆく、きゃらきゃらと笑うレンブラントをご褒美だと言うかのように撫ぜてやりながらシエルを振り返った。
「風の蝶たちが連れてくる。その中に希望者がいれば雇えばよかろう」
「魔力を持っていても市井の者たちはそれに気づかない者も多いでしょう。かといって城勤めを望まないものもいるでしょうし」
「力だけでもいかんだろうよ」
「わかっていますよ」
するりとシエルがアッシュの首に細い腕を巻きつけると腰を抱き寄せ軽く身体に沿わせるようにシエルを固定させた。
「君に任せてもいい?」
「……剣士の俺がなんで魔道士共の試験をすることになるんだかな」
「あのレベルではさすがに僕じゃ相手出来ませんよ。加減の自信がない」
「まぁそうだな」
とん、とベランダの手摺を乗り越えると塔の最上階からシエルを抱きしめたまま何気ない仕草で飛び降りた。
「へ…、キャアッ!」
「…ッと、すまないまだ人が居たの… おまえは」
「な、な、な…、な…ッ貴方今何処から…ッ」
「…落ち着け、大したことじゃない」
「大した事じゃないって、この塔が一体どれだけの高さがあると思っているのよ!あの高さからよ、一緒に落ちている彼の方が負担は大きかったはず…大丈夫なの、毎秒 9.8mずつ速くなるのよ、腕や体全体にかかる負荷は…」
「重力加速度は風で抑えている」
「こんにちわ、すみません驚かせましたね。僕はこの塔の主です。大丈夫ですよ」
「シエル、多分この女だ」
「あれ、そうなの」
へたりこんだ赤毛の女に謝罪とともに向き直るとアッシュがシエルの身体を抱いたまま思い出したように言った。
「じゃあ君が噂の赤毛さん?」
「噂のって…、それはよくわからないけどもしかしてフードの貴方は先日の木の上のお昼寝の人…?」
「あぁ、あれから変わりないか」
ひょいと腕をつかむと無造作に女を立たせてやり、それとは随分と対照的にそっと大切にシエルの身体を下ろしてやった。
「あ、ありがと…そちらの方は塔の主って事は宮廷魔導師長様って事でしょうか」
「えぇ、シエル・シャン・アラルエヴィと申します。貴女は…そう、アレクサンドラ様でしたか」
「失礼申し上げました…、シルバーウッド伯爵家長子 アレクサンドラ・アリア・シルバーウッドと申します。ロード・シエル、お目にかかれまして光栄ですわ」
ふわりと貴族らしい礼でもって応えるのに薄く笑みを浮かべる。確かに先日天象儀で見た少女に比べたら礼節わきまえた人格に見えた。
「ふふ、先日は僕の補佐が失礼しましたね。今日はこちらへはどの様なご用向きで?」
「あぁ、そうだった」
すぐに素に戻るところは愛嬌と捉えるべきか。思い出したように髪に隠れて甘えるように肩ですり寄っていた魔力の小鳥を見せるとそっと手に乗せて差し出してきた。
「この子が迷い飛んできて、貴方の使い魔でしょうか」
「おや、これはご縁なのでしょうかね」
「意外とお前の方に素質があるのか」
「ん…?」
一緒にいた元婚約者にはとても魔法の才があるとは思えなかったと言うのに、文官見習いの少女の方が見どころがあったとは。
「…へー、…これは都合がよいかもしれません。ねぇレディ・アレクサンドラ、貴女のご希望はどの様な官職なのです」
「ぁ…、え…?い、一応今は財務官として補佐官様に師事しておりますが」
「金勘定か。アッシュ、今日は兄さま何処にいましたっけ」
「あっちだな」
「そっか、じゃあパパ呼んで」
「……またか…、おいベリル呼んでる」
ちょっと待て。
今怒涛の会話の流れの中に恐ろしいワードがいくつもあった気がするのだが聞き間違えだろうか。
「ぱ、パパって…ぇ、ベリル…さま、ぇ…?」
「あぁ、気にしないで。息子みたいに可愛がられているだけです」
「あ、そうなの…」
「おぅ、どうした」
「わぁぁあ!ほんとに来た!!」
「…おっと…、いいのか?人間じゃねぇか」
再び腰を抜かしてへたりこんだ少女を見て闇から現れたこの国の王が首を傾げた。
「まぁ構いません、君の補佐候補なので…と言っても多少の裏を見た今となっては断らせませんけど」
「な、な…、なん… いえ…、取り乱しました。無様な姿をお見せいたしまして申し訳ございません」
「ん、どう言う事だ?おい大丈夫か人間。立てるか」
「三刻しか時間がないので裏庭のガゼボに行きましょう」
「うん?…何か話があんのか」
「君にお願いしていたシルバーウッドのお嬢さんですよ」
「あぁ、成る程。報告前に姫の方が先に見つけたのか」
式典などで見る王と同一人物とはとても思えない男がそこにいた。外見は間違いなく神のそれだ。この造形は絶対に人間ではあり得ない。
白磁の肌に漆黒の艶めかしく長い黒髪、吸い込まれそうな黒い瞳は少し濡れたように光を湛えていた。紅を引いたようでもないのに自然な赤い唇が何とも言えず人を誘うのにその口から出る言葉は聞いたこともないような俗物的なものだった。
高みで式典を行う神はその姿にふさわしい神々しい物だったと思うのだが…。
「んじゃ犬、運べよ」
「てめーは自分で飛べるだろうが」
「ステラがいねぇとなんかやる気でねぇ…」
「我儘か」
一体誰なのだこの目の前の神は。
❀❀❀
「んで姫、どう見てもそこの人間は状況を把握してないように見えんだけどよ、どう言う事だ?」
「これから兄さまは半分はあなたの傍にいないのですから、少し仕事を手伝える補佐官を置きましょうってことですよ。クロードだってずっとキース様にお手伝い頂いていたのですから君だって人を傍においてもおかしくない」
「んー……、人間か」
ちらりと所在なげに少し離れた場所に佇む少女を見てがしがしと髪をかき混ぜるとため息をついた。
「俺は彼奴以外を傍に置きたくねぇんだがな…」
「別に神の仲間に加えるわけじゃありませんよ、ただの補佐官です。仕事だって執務室で行う必要はありません、闇の刻印で指示したらいい。僕たちが使っている反対の塔の小部屋あたりに彼女の執務室を作ればいいと思いますよ」
「まぁ…姫がそう言うなら、いいけどよ…」
珍しく煮え切らない。シエルが進言すれば大概のことは一も二もなく聞いてくれるべリルが酷く歯切れが悪くはっきりしない。
「ふふ、クロードが気になる?」
「…俺は欠片だって髪一筋ほどだって彼奴を悲しませたくねぇ」
「あの人はヤキモチ妬きですからねぇ」
あははと笑う人は『姫』と呼ばれているという事は女性なのだろうか…。いやでも先程『息子のように』と言っていたのはどう言う事だろう。
そして自分が何も了承していないというのに勝手に大切な将来について進められている気がする。
「僭越ながらお言葉を挟みますことをお許しくださいませ…、私を置き去りにしてお話を進められてはどうにも戸惑います」
「ふふ、失敬。しっかり物言いもされる方で安心しました。まぁ、人となりはアッシュが先に見させていただいておりますので信用していますよ。あとは貴女がどれほど学び、どれ程の才知をお持ちかで貴女自身の未来が決まるという話です」
「…と、申しますと」
「僕が、僕の権限内で可能な限りのシード権を貴女に差し上げようと言っているのですよ」
「な、何故そんな…身に余るお話を」
ひとりとても一緒になど座れないと離れていたがさすがに唐突な話に思わず一歩前へ出る。
「まぁ、こちらの都合が大きいですけどね。貴女のお友達のおいたが過ぎまして…、少しお仕置きの為に貴女に働いて頂こうかと」
「え ま、さ…か……エラリアが何か…、いえ…誠そうなのでしょう」
す、と片足を引き両の膝をつくと祈るように胸の前で手を組み静かに頭を垂れる。
「先日の補佐官様への無礼に続き…再び我が身内の者が不敬を働きましたこと、深くお詫び申し上げます。私の不徳が招いた事、いかなる処罰も受ける覚悟でございますがどうか…慈悲深き御心をもって、愚かなる我が身内にお許しをいただけますよう、どうか…」
実際はエラリアの失態をアレクサンドラが詫びる必要も罪を肩代わりする必要もない。だが王の前にそんな常識は何の意味もなさないのだ。小さく震える身体に少し申し訳なく思いながらも、計画通りに事を進めるためにシエルはわざとらしくため息をついた。
「おそらく、それは叶いません。彼女は怒らせてはならない方を酷く立腹させてしまいました。僕の補佐官に懸想するだけで終わればまだ罪を問うことはなかったでしょう、ですが彼女は踏み込みすぎたのです」
「一体…、あの子は何を…」
「聞きますか…?」
「は………、い」
「大公妃への冒涜です」
「……ッヒ…ッ」
突然奈落へ突き落とされた衝撃にそのまま額を地面につけ擦り付けるように伏し、余りの事にガタガタと震える身体が止まらない。
大公妃と言えば光の国から神である大公がたっての願いで迎えたと言うこの国一高貴な女性だ。リーフ家血族の精霊使いだとも聞いている。
そんな女性を冒涜したとなればエラリア一人の放逐などという生半可な話では贖えるはずがなかった。家門の断絶は最低でも免れないところであり、最悪全ての一門郎党にまで罪が及ぶ。あの時不敬を感じながらもエラリアの暴走をたしなめ、止められなかった自分の家門にも何かしらの罰が降りかかったとしてもおかしくはない。
まさか、まさかあの子は何ということを…!
「でも、僕達はその事実と罪を表沙汰にしたくない」
「は…、い」
「なので、破格の条件を貴女に提示しようと言っています」
「まさかそのような事になっていようとは…謹んで…、何なりとご用命賜りますようどうか、どうかお願い申し上げます」
「では、この国の宰相を目指していただけますか」




