各々の思惑
可愛らしいリボンとフリルをこれでもかというほどあしらったドレスを身に纏い、鏡に向かって柔らかいピンクの紅を唇に引く。
軽く馴染ませてパカパカと唇を開閉したかと思うと可愛らしい表情を探すように自分の顔の角度をいろいろ探っているどこかあどけなさの残る少女が鏡台に向かって化粧をしていた。
「ココ様、お支度は…」
「あー、もう少し」
驚く程低い声が応える。
一体何処に声の主がいるのかと知らないものであれば部屋中を探してキョロキョロしてしまったことだろう。
「ンー…今日も最高に可愛くねぇ?オレ」
「…はい、それはもう」
年頃はせいぜい20前後、丸みを帯びた頬が顔全体を幼く見せている。白く塗った顔に目尻に引いたラインと薄っすらオレンジやピンクに染めたまぶたに頬、くるりと回ればひらひらのドレスの裾がフワリと舞った。
「よーし、んじゃ定期招集会に参りますか!」
「はい、お供いたします」
傍で控えていた金髪の青年がそっと腕を差し出すと細い指先を絡めそのまま甘えるように腕を組んだ。通常ならばその様な仕草は親しい父や兄弟に対してするものなのだが、少女は控えめな胸を押し付けるようにして腕を絡ませている。
「あ、そーだ忘れてたわ。エリザベスの籠を部屋に入れとかねぇとな」
チチっとベランダで鳴いた小鳥の声に思い出したと振り返り慌てて窓辺へと駆け戻る。
「あぶねぇあぶねえ、このままにしといたらカラスや蛇に悪さされるところだったわ」
「へぇ、素敵なお声ですね。少し驚いた」
「………―――――――――は…」
宙から声が振ってきたかと思えばすぐ傍で覗き込むようにヴェールに顔を隠した男かも女かもわからない声の侵入者が首を傾げて浮いていた。
❀❀❀
「え、それは本当なの」
「はい、昨夜からとのことで、あちらではお屋敷中が大変なことになっているようでございますよ」
「ホントにあの子は…、周りにご迷惑ばかりかけて。スザンヌ、此方からも捜索のお手伝いを出して差し上げて」
「はいはい、かしこまりましたよ御嬢様。お人好しなんですから」
「…あれでも幼馴染よ、変えてあげられなかった私にも責任はあるわ」
「お嬢様に責任だなんてありはしませんよ」
身支度を整えながら母ほどの年頃の侍女と見事な赤髪を結い上げながらため息交じりに何かの噂話をする少女。
文官見習いとして半年ほど前から闇の宮殿に上がっている。貴族とはいえ跡取り以外の子息子女たちは何かしらの職を持ち、分家を興すなり屋敷を構えて国や領地の為に働く。家の為に領地の仕事をすることも考えたが、弟が家督を継ぐシルバーウッド家はさらに下の弟もいるため自分は家を任せて己の好きな数理科学の知識を活かして国の財政機関への士官を希望することにした。
それに何故か負けず嫌いを起こしてついてきた幼馴染のエラリアが昨日から行方不明だと言う。彼女は跡取りとして家を守ることが決まっている為城へ士官することなどありえないのだから完全に自分への対抗心だ。普段から文官としての仕事もそぞろで何をしに来ているかわからないと言うのに先日はわけの分からない茶番まで見せられてうんざりしていたところだった。
「はい、今日も完璧でございますよ。お気をつけて行ってらっしゃいまし、あちらのお家にはあたくしから手配しておきますから」
「ありがとうスザンヌ、助かるわ」
サラリと髪を流して身支度を整えた身体をもう一度鏡の中に確認すると、侍女に礼を置いて部屋を出る。
さて、せっかく決まった婚約も破棄になることだしこれは本腰を入れて仕事に打ち込まなければ。シャルルの事はそれでも幼馴染として憎からずは思っていたのだが、あぁまではっきり拒絶されてはそんな思いも吹き飛んだ。直に届くであろう婚約破棄の知らせも否やもなくお受けいたしましょう。いっそこちらから出しても構わない。
小さくため息をついてそれでも幼い頃の思い出を少しばかり思い出しながら参内するために馬車へと乗り込んだ。
それにしても…、あの時の男は誰だったのか。
まがりなりにも王の住む城、闇の宮殿の敷地内だ。居住区からは程遠くはあるが王宮の士官達も多く行き交う場所からはすぐの場所、確かにあまり人が入り込むところではないのだが…のんびり昼寝なんてできるはずはないのに。
…それに、エラリアが一瞬で釘付けになるあの容姿、…神の系譜に連なる方なのではないかとすら思えた。それならば、納得もできる。
もう、会うこともないのだろうけれど。
❀❀❀
「イヴリン、君最近ちょっと変だぞ」
「え…、そうかしら」
「時々ぼぅっと窓を眺めてため息ついたりして、もしや何か悩み事でもあるのかい?」
「なやみごと…そうね、悩み事なのかもしれないわ」
今日の職務の前の一杯の紅茶を飲みながら同僚である第三小隊の隊長であるエルダンに心配そうに聞かれながらもそぞろに応えるのに困った顔で伺い見られているのにも気づかない。
あれからお姿を見ないし連絡もない。またいらっしゃると、きっと会えると信じて毎日、と言ってもまだ3日と経ってはいないのだがそわそわとしながら職務をこなしている。
アッシュ様…、嫌われてはいないと思うが好かれている程でもないだろう。もっと、もっとあなた様を知りたい。
お姿もさることながらあの魔法力、あの頼もしさ。夢中にならない方がおかしいだろう。
宮廷魔道士のローブを着ていたのだから同僚なのだろう。だがどう思い出してもあの2人のことは見たこともないし話にも聞かない。少なくとも宮廷内で職務には就いていないはずだ。あのローブの色も襟章の色も見たことがない、まさか王直属…?そうなればアッシュ様はもう一人の方の補佐だと言っていた、ならばあの方が 宮廷魔導師長様…と言う事?
あぁ、手の届かない人なのだろうか。いや、アッシュはあくまで『補佐』なのだ、手の届かない人だとは言い切れない。何処かの貴族の子息だろう、三大侯爵家にはいなかったはず、ならば!…まだ、望みはあるはずなのだ。
「イヴリン…、僕は心配しているんだよ」
「そうね、そうかもしれないわ」
「…イヴリン」
もうまともに自分の声も届いていないのにエルダンは少し落胆する。二日ほど前に宮廷魔道士のローブを着た見たことのない二人連れに出会ってからだ。確か一人は顔もわからない細身の…、恐らく男、いや女なのかもしれない。もう一人は背の高い黒髪の男だった。ちらりとフードの中に半分隠れてはいたが男の自分ですらもハッとするような美形だったように思う。…まさか、まさかそうなのかい?
そうなのかい、イヴリン。
❀❀❀
「今日こそは、大人しくお仕事するんだよね」
「はいはい、その予定ですよ。少し予定も押していますしさっさと片付けましょう。本日は終日こちらにおります」
「クロード様、申し訳ありませんでした」
「君が謝ることはないさ、この子の守りも大変だろう?」
「そんな事…」
サラサラとペンを走らせながら器用に睨んでくるのに軽く手を振って応えながらそれならばと書類を追加していく。
「この辺を片付けてしまえば少し余裕はできるかな。元々そこまで私は仕事を抱えているわけではないしね」
「…キースにやらせていただけだろうが」
「そうだったかもしれない」
「そんな事ありませんよ」
最近は執務室にステラ用の執務机も用意されていて他国の――ここでは大公ではなくただの士官の一人としてではあるが――人間が国の中枢の政務を行っているのを知られるのもまずいので新しく入ったリーフ家の遠縁の文官だと広めてある。
クロードやベリルにとっては国も何もない、国境も関係ない。ただ欠片としてこのお遊びの世界をちゃんと動くように統率すればよいだけなのだから光も闇もないのだ。そしてステラはそれこそその神の遊戯を動かす側なのだから何を知られようが構わないというわけだ。
「で、報告は」
「仲間外れのままで構わんだろう」
「ステラさま、意地悪言わないであげてください」
「此奴は好かん」
「やれやれ、そんな風だとキースを取り上げるよ。元々こうして一緒に仕事を認めているのも君の我儘に温情で許しているだけなのだからね」
「…今日はシエル様が魔道士共に会いに行くそうですよ」
「ふぅん?君等が放置に放置したあの組織かい」
「此方はキースが統率してたからまともなだけだろうが…」
「ま、確かに私は何も関与してないなぁ」
ははは、と笑いながらステラの淹れた紅茶を一口飲む。確かに美味いのが腹が立つのだ。
「で、あの子はまだ戻れないの」
「そうですね…、私が見たところ、半分ほどは回復しているでしょう。加護の擬態を行使するにはもう少しといったところでしょうか」
「そう…あの子の見目は人間にはあまりにも危険だからね、気をつけてあげておくれ。太陽の眼の姿を隠さないのもあの子の為だろう」
「わかっていますよ」
人の中ではシエル程でないにしてもアッシュも十分過ぎるほどの姿をしている。そういえば全てではないがシエル程隠さないのは確かに不思議だったのだがそういう事か。
姿を隠した人間は逆に目立つ。だがアッシュに目を奪われればシエルを気にする人間が半減する、と言うわけだ。
「ここに来ればすぐにでも戻してあげるというのにねぇ」
「ついでに口実つけて2、3年は離さん気だろうが」
「なんだい、大した期間でもなかろうに。一瞬じゃないか」
「人間にとっては、産まれたばかりの子供が自我を持つくらいは長い時間なのですよ」
困り顔でキースが応える。
まだ神の時間を理解するには日が浅い、が そういうものなのだろう。
この身体に作り変えられてから少し物事への感じ方が変わったように思ってはいた。ステラは壊れないように創り変えたと言っていたが何が変わったのかはまだ実感できていない。だが、以前よりは心が凪いでいる。物事に対してひどく達観的になったように思う。
人の心は永い刻には耐えられないのだそうだ。
神ですらも、永すぎる刻には壊れて消えてしまうこともあるらしい。少し怖いとは思っていた。だが、ステラが絶対に護ると、共にいると、愛し続けると言うから…、信じる事に決めたのだ。
チラリと見れば軽く顔にかかる長い前髪をしなやかな指で耳にかける仕草にドキリとする。ふ、と顔を上げてこちらを見たかと思えば薄く目を細めてステラが微笑む。……この胸の疼きを気づかれた。
この頃は心が繋がっているというのは、なんとも恥ずかしいものなのだと少し悔しく思うのだった。




