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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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75/80

抱きつぶしてやろうか

「……ステラさま」

「ん、どうした」


少しだけ不安そうな顔で愛しい唯一の顔が曇っていた。優しく額に唇を落としてやりそのまま囁くように宥めてやる。


「お前が気に病むことはない」

「…今日は、闇の宮殿(アビス)にお戻りください」

「相変わらず、人間のような事をいう」

「……ステラさま、どうか」


少し前に見た光景を思い出し、正直複雑な思いが蘇った。






「なぁ、たまには俺が彼奴に意地悪してもよくねぇかな」

「それは(わたくし)も大賛成ですよ。まぁどうせ面白いこと思いつかないんでしょうけどね」

「淋しい…」

「はいはい、知ってます知ってます」


キースが所用を終えて部屋へ戻るといつもの会話が聞こえてきた。どうやらクロードとの愚痴だなと悟り入るのを憚られて少し開いた部屋の扉をノックするのを躊躇していると、ベリルが珍しく椅子から立ち上がる気配がした。隙間から視界にはいる様子を黙って覗いているようで、それはマズイかともう一度ノックしようとした手が止まる。ソファに座るステラの両脇に手を置いてその腕に囲い込んだのが目に入ったのだ。


「…何です」

「ちょっとだけ」


無表情のまま書類を膝の上で捲る手を止めないステラの頭頂部へと口づけたのを見てギクリとした。ゆっくりと目尻に、頬にキスを落としていき…ゆっくりと口づけ…そのままソファの背へと押し付ける。


「…ン…、ちょっと…。…やめろ」

「もう我慢する。最後でもいい」

「…はァ、哀れな主だな」


軽く制したが乞われて流されるようにもう一度深く口づけられるのを見てそっと扉から離れた。

あの人(ステラ)の優先順位は(アイン)だ。それは最初に聞かされている。悲しくはないしつらく思う必要はない。あれは恋人の口づけではないのだから。

ただ、少しだけ喉元の空気が淀むのを感じた。






あの時の光景を思い出して顔を見られないように目を伏せた。どうやら光の欠片(クロード)の神気のせいでステラは自分の気配だけはうまく追えないらしいからあの時のことは気づいていないだろう。

どうすることも出来ないのだから胸にしまうことにした。2人が自分に配慮しているのは分かっていたから。



「…キース、お前と俺は繋がっているのを忘れたのか」

「ぇ…」

「何が悲しい、何を(うれ)いている…。胸が締め付けられる。これは何だ」


痛みも、感情も全て伝わるのを失念していた。

そんな風に感じていたのか…。悲しいとは思っていないと自分には言い聞かせていたというのに。

胸に抱いた精霊の子までもが心配そうに見上げて来たがこんな事言えるはずもなかった。


「ベリル様が心配なだけで…」

「嘘をつくと殺すぞ?」

「……ッステラ、さま」


顎を捉えられ、真っ直ぐに見つめられて言葉を失う。嘘ではない、嘘ではないのだ。確かにベリルが心配で彼を返そうとしている。ただ、それに嫉妬…しているのだろう。

そんな感情自体が烏滸がましいと言うのに。


「嘘ではありません…」

「…ん?」

「ステラ…さま」

「言え」

「…り、悋気を…抱きまし、た」


すみません、と小さく告げて抱きしめられながら身体が震えるのが止められない。

怒るだろうか、嫉妬だなどとそんなものを感じること自体がおかしい話なのに、馬鹿だと呆れられるだろうか。


「成る程、言われてみれば覚えのある感情だな」

「ぇ…」

「お前の息子にはいつも同じ感情を抱いている」

「そんな事」

「あの馬鹿主に妬く必要はない。愛しているのも俺が触れるのも…、人間のように抱くのもお前だけだ」

「う、疑っているわけでは…ッ」

「分かっている」


優しく髪を撫でながら頭に口づけそのまま少し考えていたかと思うと頬を撫でて不意打ちのように言う。


「キース、この間あの馬鹿が俺に甘えてきたのを見たのだろう」


ギクリとする。バレていた?まさか、まさか呆れて叱られるだろうか。


「図星か、繋がっていると言ったろう。あの時も今と同じ感情が流れ込んできたから何があったかと思っていたし、戻ったお前の笑顔も少し不自然だったからな」

「申し訳…、覗き見るつもりではなかっ…ん…、ぅ」


身体全部で抱き込まれて身動きが取れないほどの口づけをされる。潰されかけた精霊の子が慌てて逃げ出してステラの肩に避難した。何やら抗議をしている、虐めるなと言う事だろう。


「今すぐに抱きつぶしてやろうか」

「…は、…は、…ぁ……んぅ…苦し…」

「触れ合う事に恋人としての感情のみを乗せるという感覚は無かったんだが…なる程な、お前が嫌なら二度と触れさせん、もう泣くな」

「でも、ベリル様が…」

「あれは欠片だ、(アイン)とは根本的に違う。自分の番に触れようと思えば触れられるのにそうしない彼奴等が悪い、お前を悲しませる位なら泣かせておく。無理矢理にでも自分の唯一に会いに行けばいい」

「でも…」

「キース…嫉妬は可愛いが、お前が我慢することなどない。我儘を言え、信じていろ。俺は お前だけが愛しい…」

「…貴方は私だけのものではないけれど…私は…、貴方のものだから…」

「…理解しろ、俺の唯一はお前だけだと言う事を。嫌なことは全て言え。甘えて、ゆだねろ」

「…ん…、…」


あぁ…、麻薬のような声にダメになりそうになる。優しい口づけを繰り返し受けながら、精霊の子が嬉しそうに笑う声を聞いていた。






❀❀❀






「ちょっと計画が狂ったからどうしようかな」

「どんな予定だったんだ」

「…んー、とりあえず栗毛さんからかって遊びながらうまく赤毛さんとアクセスをして…、ベリル付きの文官に雇おうかなって」

「何でまた」

「栗毛さんのお仕置きにも色男さんのお仕置きにも、ついでにクロードのお仕置きにもなるかなと思ったんだけど」

「おい姫、何でクロードだ」

「君は鈍感なんだから黙ってなさい」

「昔は優しい娘だったのに…」

「セリスは僕とあんまり変わらないでしょう、何美化してるんですか」

「そうなのか」


この中で一人だけセリス自身をよく知らないアッシュが首を傾げた。


「何アッシュ、浮気?」

「そんなわけないだろう。お前のような奴がもう一人いるのも複雑だと思っただけだ」

「…どんな意味で言ってるのやら」

「お前が一番だって事だ」


座ったまま手を伸ばしてシエルの腰を引き寄せると足の間に抱き込んでしまう。軽く黒髪の頭を小突いてやりながら少しだけ思案した。


「まぁ、赤毛さんは栗毛さんのおうちから素性はわかるでしょう。パパ、調べておいてください」

「へーへー」

「あとは宮廷魔道士の皆さんの一斉解雇だなぁ…、筆頭魔導士さんにまずは会ってみましょうか」

「………お前、また俺を使おうとか考えてないか」

「愛しい僕のペットくんはモテ過ぎて困りますよね」

「まだ俺が好みかはわからんだろうが…」

「大抵の女性は好みじゃないかな」

「あぁ、そうだ姫言い忘れてたわ」

「何です」

()()は、スカイラーの娘といえば娘なんだが」

「うん」

「女かといえば…、ちょっと違うな」

「…うん?」


謎かけだろうか、と首を傾げた。


「まぁ、会ってみたらわかる。俺達は男だの女だのは割とどうでもいいし区別もねぇが…、あれはわざわざ区別をさせたがってると言うか…、どっちになりたいのかって言うか…よくわからん生き物だなぁ」

「へ…、ぇ?」


自分がそもそも女神としての記憶を持った今は人間の男なのだから、実際男だの女だのと区別は付けづらい存在だ。つまり自分の様な人間なのだろうか?

神の心を持った人間?いや、そんな存在はステラ以外に知らない。


「まぁ、スカイラーの長子として生まれたが跡継ぎの継承権は剥奪されてる。そんで生涯の職を与えてくれってんで侯爵の奴がねじ込んだのさ。あんま魔法力も高くねぇが補佐職やってくれたらいいかと思って任じたが…、あんま良くなかったみてぇだなぁ」

「不正をされてるようなら同じく解雇しますよ」

「ま、仕方ねぇな。姫に任すって言ったし好きにしていいぜ。面倒くさくて流された俺が悪いしな」






❀❀❀






身体は近くの川のせせらぎで洗ったが所々汚れてシワの寄った衣服が誤魔化せるかわからない。体中が軋む、喉が枯れて声がおかしい。ここは何処だろう、気を失っている間に何処かの寂れた街道に置き去りにされた。いやそんな事はどうでも良かった。馬車を捕まえて屋敷まで運ばせたら帰ることはできる。ふらつく足を叱咤しながら街を探して歩く。ただただこの煮えくり返る腹をどうしたらいいかわからない。悲しみや絶望などよりひたすら屈辱と悔しさが埋め尽くす。弱い女ならばこの世を儚んだりするのだろうか、だが今の自分には憎悪しかない。

あの無礼なならず者たちめ!

それ以上にあの女を憎悪した。


うまくいったはずだった。今でも何が起きたのかわからない。のんびり離れた場所で眺めていたはずの自分がどうしてあんなことになったのか。

あのままならず者たちのアジトの一つへと連れ込まれ片手足を繋がれ視界と声を塞がれて身体中を好き放題にされた。

自分にとってまだ幸運だったのが男達が自分が望んだほど悪人ではなかったらしく存外優しく扱われ、屈辱ではあったし嫌悪はあったが身体への傷は少なかった。あの女が受けるのであったら生ぬるいとすら思うほどだった。暴力らしいものは受けなかったからさほど傷はない、誤魔化せるのではないかと思っている。

確かに依頼通りではあるし、もしあの高貴ぶったツラの女が同じ目に遭えばあの地位にいることは叶わないだろう。だがあれでは悦ばせるだけ腹が立つじゃないか!


……ハッいや違うそうじゃない。

まず何故この私があんな目に遭わなければならなかったんだ。最後まで顔も分からない男にこの私の、たった一人にしか与えられない尊い純潔を奪われたのだ。この私にふさわしい男を選びに選び抜いて、それはそれは柔らかな香りと花とリボンに包んで、大切に、乞い願われるのを散々勿体ぶりながら優しく愛される…予定だったのにドブに捨ててしまったようなものじゃないか!


また悔しさと憎しみが増す。歯ぎしりが過ぎて唇を噛んでしまった。何故この私が!

絶対に許さない。絶対に絶対に絶対に絶対に絶ッッッ対に許さないからなあの女!

全部を奪って地べたに這いつくばらせてやる!


だが現状は良くない、大事な精霊の子を使ってしまったうえに失敗したのだから手札が無くなった。

代わりの手札が何としても必要だった。

考えろ、考えろ、考えろ。何があればあの女を陥れられる。


心根がしっかりと育っていないのだろう、そもそもの最高の男を手に入れる、という目的から憎たらしい女を陥れるという本来はなかった目的にすり替わっていることに本人は気づいていない。


ムカつく女、憎たらしい女、私を見下す高慢な女!どうしたら不幸にしてやれるのだろう!


我儘を我慢できない子供が地団駄を踏んでただただ一人で癇癪を起こしていた。





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