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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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奥様の幸福だけを

その日屋敷の中は大騒ぎだった。


一人娘のお嬢様が文官補佐研修代わりの城仕えから戻ったあと外部の商人たちについてこっそりと屋敷を抜け出したらしい。

なにやら今日はひどくイライラと帰ってきて侍女に当たり散らしたあと部屋で何やらしていたかと思えばしばらくして姿を消したようだ。

かく言うあたり散らされた侍女は私なのだがあの我儘お嬢様の行方など知るはずもなかった。何故目を離しただの出かけたのを止めなかっただの言われてもどうすることもできない。


あの娘はこの家の婦人が病でもう子が成せなくなった故に唯一の跡取りで、子供の頃から蝶よ花よと育てられわがまま放題。ゆくゆくは家同士が仲のよいいずれかの2番目以降の男子を婿に迎えて家を継がせる予定だったようだ。


悪魔のような子供。


私はあのお嬢様が大嫌いだった。

私が不快だと、悲しいと、悔しいと思うこと全てを選んで目の前でやってみせて笑う悪魔のような娘だったから。出来ることならば一瞬でも長く傍から離れていたいと思う主人であったが唯一、離れられない理由が『小箱の精霊』だった。

自分はこの屋敷が世話をしている孤児院で拾われた子供で、幼い頃から遊び相手として仕えていたが小さな頃から虐げられて連れ回されていた。ある日隣の国から帰った主人がニヤニヤとしながら見せびらかしてきたのだ。


『いいでしょあんたにはあげないわよ〜』

『か、可愛そうです…離してあげて下さい…』

『なぁに!そんな事言って、離したら拾いに行くつもりでしょ!渡さないんだから!』


無造作にぽいと祖母から貰ったという小箱に放り込むと隠し場所は教えてあげない!と追い出されてしまった。

あの時の縋るような小さな精霊の顔が今でも忘れられない。

それからずっと精霊の餌係をさせられている。

悪知恵は働くが基本的に頭が悪い女だったから隠し場所などすぐに分かったが、ちゃんと手を出せなくはしているから歯がゆくて辛くて、せめてと精霊が喜びそうな花を毎日探して、時には育てて運び続けたのだ。


そして今だ。いったい何が起きたのだろう、突然屋敷の主人からあの悪魔がいなくなったことへの折檻を受けていた最中飛ばされたこの場所が何処かわからない。見たこともないほどシンプルなのに豪華な部屋だった。

あんな屋敷に仕えるしかない孤児だ、怖いものなどありはしないが…やはり怖い。人の気配を感じて扉の方を見るとカチャリと静かに開いて見たこともないほどの美しい人が二人、と顔を隠した人が一人部屋へと入ってきた。


「こんばんわ、大丈夫ですか?」

「ぁ…、あ…の…その、あ…あなた達は…」


チィ、と小さく鳴いて彼らの傍らから小さな精霊が飛んできたかと思うと心配そうに肩口へのって私の頬を撫ぜてきた、まさか!


「え…、え?貴女、まさか家にいた小箱の精霊、なの 何故…」

「その子が貴女にお礼を言わないと帰れないと言うのでご足労頂きました。いきなり驚いたでしょう?ごめんなさい」

「……そんな、そんな事…。私、ずっと貴女を助けられなかったのに…なのに」


精霊が小さな手を空に向けるとぽん、と花を咲かせる。それを綺麗な翡翠の髪に飾って小さく鳴いて笑った。


「…ずっと、子供の頃からずっとずっと…、無事でよかった。やっと私、わたし…」

「ふむ」

「どした姫」

「ねぇ兄さま、この子ルシア様付きの侍女にどうです」

「…何故ですか」

「だって、今だに着替えさせるたびに嫌そうな顔してるの知ってますよ。ちゃんと側仕えを雇ったらどうです」

「この娘を信用しろと」

「精霊が懐く娘です。それに、ルシア様もお礼をしたいのでは?無下にすると怒られますよ」

「…………娘、名は」

「ぇ…、はい。フュリーと申します…」

「身内はあるか。何か今仕えている屋敷に思い残すものは。あれば言え」

「…何も、私は身一つで生きてきました。親も兄弟もございません」


ふぅ、と軽く息をつくとまだ少し嫌そうな顔をしていたがステラが仕方ないと決めたようだ。


「今迄の屋敷での全てを忘れろ。この先俺の何よりも大切な…妻の世話を任せる。妻には絶対に以前の屋敷での話はするな、精霊の処遇も過去も、前の主人の話もだ。ただ一つ、お前が精霊の子を助けていたとだけ伝える。世話をしていた、それ以上は話すな、妻にも問わせない。言いつけを守って妻に仕える限り、お前には平穏と穏やかな生活を約束する」


ぱちくりと瞳を瞬かせて目の前の世にも美しい黒い男を見上げた。今この人は何と言ったのか。

忘れていいと言ったのか。あの悪魔の子供のような大嫌いな主人を。平穏な生活をくれると言ったのか。生まれてからずっと心の底から笑ったことなどなかった私に。


「……忘れて…、いいのですか」

「俺の妻には必要ない。そして万が一にも話すことがないよう戒めを与える、許容しろ。妻の幸福と笑顔だけを願え、喜ばせろ。それがこれからのお前の生涯の仕事だ」

「…はい」


そんな幸せな仕事がこの世に存在するなんて!


カチャリと彼らが入ってきた扉を開けるとそこには儚げで慈愛と優しさをかき集めて作ったような美しい女性がベッドに腰掛けてこちらを見ていた。


「ステラさま…、内緒話は終わりましたか」

闇の国(こちら)の屋敷で()()()の世話をさせることにした、フュリーだ。この屋敷で仕えさせる」

「え…、先ほどのお屋敷の侍女なのでは…大丈夫なのですか…?」

「はい、奥様。精一杯お仕え致します」

「おくさま…」


何故か複雑そうな顔をされたが、こんな善意の塊のような女性がこの世に存在していたことに驚いた。何せ悪意の塊のようなお嬢様に子供の頃から仕えてきたのだから。

ふわりと脇を抜けて嬉しそうに精霊の子供が奥様のところへ飛んでゆく。あの子が今更人間に懐くなんて信じられない。


「…ん、ふふ…嬉しいのですか?そう、ではよろしく頼みます」


ふぁ…笑った…、何て優しく笑うの…。

どうしよう!身体が震えるほどの未来への希望に歓喜する。この美しい奥様を笑顔にするのが私の仕事だなんて!

主人が悪魔から天使に代わったとしか思えなかった。


「俺の妻には秘密がある。だがそれを探ることは許さない。おまえはただこの屋敷に帰った妻を迎え、世話をし、尽くせ。それ以外の時間は自由にして構わん、あと…」

「は、はい…ッ」

「…妻の身支度はお前だけでしろ。他の人間の手を借りるな、絶対だ」

「ステラさま…」


ルシアが呆れたように苦笑する。

確かに女の身体で剥かれて、毎回違う侍女に世話をされることに抵抗はあったが、こんなところにも嫉妬していたなんて。


「お任せください!精一杯つとめます」

「ここでの実務の間だけだ。あとの時間と住まいは、そうだな…光の国(カイダイ)側の妻の屋敷にでも行け。通うのに不便だろうから此方からも空間の扉(ワープゲート)を繋ぐか…別に必要なかったから繋いでいなかったがあってもいいだろう」

「わかりました部屋を用意させましょう」

「…()()()

「ぇ…、はい」


絶対に呼ばなかった名をステラが口にするのに少し驚き見上げた。理由を探るように素直に応える。


「この娘は()()()()()()仕えさせる。娘、他には従わなくていい」

「あぁ…成る程、わかりました」

「宰相には近づけたくないだけだろ」

「黙ってろ犬」


奥さまの傍に控えていたこれまたとんでもない美形が口を挟むのに旦那様が毒づいた。口は悪いのに何故か嫌な感じはしない、あの悪魔に慣れすぎてしまったのだろうか。

チラ、と紅紫の瞳の美形を伺い見ると苦笑を漏らしているのに思わず頬が熱くなる。ここに居る人全員が目も眩む、というより潰れそうな程の綺麗な方ばかりで萎縮する。無邪気な精霊が癒しだ。


「今日はこの城の使用人宿舎で休め。身の回りのものは適当に用意させる、必要なものがあれば…嗜好品でも構わん、遠慮なく言え。主」

「へいへい」


黒髪の『主』と呼ばれた美しい人が宙に魔法の文字を描いたかと思えば扉から壮年の執事がノックと共に現れた。


「前の屋敷のことはこちらですべて片付ける。今この瞬間から忘れろ。支度に七日やる、しつらえて屋敷へ行け。妻の為に屋敷を整えていろ」

「畏まり…、ました」

「貴女の責務は国を揺るがすほど重要ですが頑張って下さい、その重責には対価の一部を先払いが必要かな」


フワリと水の精霊王が現れた。こんな希少な精霊を見たのは初めてだ。キラキラ笑うのに見惚れていたら身体中の痛みがいつの間にか消えていた。

何が起きているのかわからない、突然の幸福に目が回る。

あぁ、もう何も考えたくなかった。にこりと笑う美しい人達の部屋をそっと辞して、これからの未来に目が眩みそうだった。






❀❀❀






「突然過ぎて驚きました」

「……シエル様が、お前が怒るというから」

「え…?」

「ふふ…、この子の恩人を知らん顔でお礼もしないなんて、ルシア様が何て言うかな〜?って言っただけです」

「ふ、ふふふ…成る程」

「…嬉しいか」

「はい、ありがとうございます。とても」


そっと手を差し伸べると嬉しそうに精霊の子供が飛んできてルシアの胸に抱かれる。リーフ家の血筋の、花を惹き付ける力は正直他に類を見ない。絶対的信頼と好意は最上級だ。


「…可愛い子、心配していたのですよ。新しく生まれた子供を私がまだ小さな頃、精霊達が見せに来てくれたのを思い出しました。あの時の子供ですね」


精霊の子供は非常に希少だ、そして成長が遅い。30年程は成体の精霊達の庇護の元純粋に育つものなのだが10年もの間閉じ込められて虐げられて、黒く堕ちていてもおかしくはなかった。おそらくは小さな優しさを食べ続けることが出来ていたから、この子供は堕ちないでいられたのだ。

少女には感謝しかない。


「もう迷子にならないように、一人で出かけてはなりませんよ」


こくこくと頷きルシアの肩口で丸くなる、よほど心地よいのだろう。指先で軽く撫でてやるとステラに向き直った。


「この子を返しに行っても…?」

「今日はもう仕事は終いだ。仕方ない、明日は埋め合わせに向こうへ行くか…主」

「ぉ、おぅ」

「…シエル様達がおります、我慢出来ますね」

「なんだよ…、別に何も言ってねぇだろ」

「明後日にはこちらで仕事を片付けます、あまり羽目を外さないように」

「わかってるよ、さっさと行け」

「シエル様、頼みます」

「大丈夫ですよ、後少しの我慢ですから」

「…?」


シエルが珍しく含みを持たせて言うのに軽く首を傾げる。まぁいい、彼が主の為にならないことをするわけがないのだから。


「では、先程の()()()はそれにでもお伝えください。お呼びになれば都度参りますよ」

「それって言うな」

「いい子にしてなさい」


精霊の子を胸に抱いたルシアをコートに包み込みふわりと闇に消える。

何だ、知らんぷりしていたくせに気づいていたのかとアッシュとシエルが苦笑を交わした。




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