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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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精霊の心残り

今、自分の身に何が起きているのか分からない。



休憩を装って使用人の一人から受け取った水筒から水をあおりながら視界の遠い端に罠とも知らず一人やってきた女の姿を見て内心だけでほくそ笑んだ。

そっと長いローブに身を包んでいるが裾の方にちらりと見える髪の色は亜麻色の髪。くすんだ金髪に間違いはない、視力には自信がある。

何かを探すようにキョロキョロとしながらゆっくりと草むらに近づいて…、何かを見つけた。たたっと駆け寄りそっとしゃがみ込んだ瞬間…。一息に、何処に潜み隠れていたのかという5.6人の黒い影が女に襲いかかり口元を押さえつけ手足を捕らえ囲みこんだのを見た。


見たのだ確かに!


やった!と喜んだ瞬間に耳元でひそやかに聞こえだした男たちの声に目を丸くする。


『おい、怪我はさせるなよ。この後たんまり可愛がるんだ、体力奪ったら死んじまう』

『さっさとずらかれ、口は絶対はずすなよ 詠唱されたら終いだ、しゃべらせるな』

『暴れんな、大人しくしてりゃすぐ終わる。酷くはしねぇよ』

『こんなお嬢様みたいな女、大丈夫なのか?貴族様なんじゃ』

『頼んできたのも貴族様だぜ、ほら運び出すぞ』


両手が突然動かせなくなり声が出せない。喉の奥に何かを詰め込まれ布で上から押さえ込まれて一言も声どころかうめき声すら出すことができない。

何が起きている!?


『くすんだ金髪だと聞いたが、どちらかといえばブラウンに近いが大丈夫だよな』

『色の感覚は人それぞれだし、くすんだ金髪と言われたらそうとも言えんだろ。薄暗いしな』

『おい、そっちもて。よし、いいぞ馬車を出せ』


荷台に放り込まれて身体が痛い、拘束されていた腕が一瞬緩められたかと思ったすぐに片足に括り付けられた。

痛い、痛い、痛い!その叫びすら声にならない、何が起きてるんだ!


「ふぅ、顔は隠したままにしろ。女は事が終わったら何処かに生きたまま置き去りにしろって事だ。万が一顔なんか覚えられたら厄介だぜ」

「えー、お頭 この美味そうな乳吸えねぇのかよ」

「鼻から上隠せばいいだろう、あと女の目隠しもしろ。アジトの場所も知られてはまずい」

「おぉ、頭いいな!流石だぜ」

「じゃあ早速、アジトに着くまで味見と行こうか…」


視界も奪われた。何処か遠くでぶちぶちとボタンが引き千切られる音と身体中を這い回る無骨な指とぬめった舌の感覚。一体、一体何が…。

息が苦しくて視界も真っ暗で、身動きも取れないほどに押さえつけられて(まさぐ)られる感覚に何をすることもできなかった。

できなかった…。






❀❀❀






「わー…相変わらず美人ですねぇ…。美しいですよ、お兄様」

「お黙りなさい、一瞬でもこの(わたくし)の身体に人間が無頼に触れて非常に不愉快なんです」

「ご苦労さん、嫁さんはちゃんと平和に寝てんぜ」

「あんな男共に(わたくし)の唯一が触れられていたかもしれないと思うだけでこの国更地にしてやろうかと思いました」

「やめろ。冗談になってねぇ」


さらりと長い亜麻色の髪を腕で流すとゆっくりとそれが黒髪へと変わってゆく。女にしては上背があるが知的な黒髪の女が纏っていたローブを脱ぎ捨てて、大切に持ち帰ってきた小箱をそっと自分が以前使っていたベッドで静かに眠るルシアの枕元に置いた。優しく頬に口づけると髪を撫でる。姿は女同士だから仲のよい姉妹にしか見えない。


「シエル様、このままでは箱を開けることもできないようです。水の子をお貸しください」

「ん、どうしたの」

「この精霊の子は、この箱の中にいるおかげでかすかに命をつないでいるようです」

「なるほど、酷いな…リリィお願い」


鈴の音のような笑い声と共に水の精霊(リリィローズ)が現れ箱の隙間に優しく手を伸ばす。カタカタと小さな手が要求するのに応えて中の精霊の子供を傷つけないように箱を割り空けてやった。

弱々しく横たわる精霊の子供を両手を広げて抱きしめてキスをしてやれば煌めく水滴に癒されてゆく。


「何て酷い姿…もう大丈夫、この子(リリィ)に癒せないものはない。こんな姿を見せるだけでもキース様はどれほど悲しむか」

「…救ってください、水の子よ。貴女に永久(とわ)の感謝を捧げる」


ボロボロの精霊の子供が本当にギリギリの生命を今繋ぎとめた。パチパチと数度瞬いたかと思うとふわりと舞い上がってリリィローズと笑い始める。


「……感謝する」


キャラキャラと笑いながらステラの肩に飛んでくるとまぁいいよとばかりに頬に口づけてまた精霊の子供の元へと飛んでゆくと一緒に遊び始めた。


「何年もあんな箱に閉じ込めて弄ぶなんて…、子供のすることとは思えないな」

「…むしろ善悪のわからない子供のままだから出来るんだろう」

「なるほど」

「何処にどんな悪意が潜んでいるかわからないものだな」


眠るルシアの髪を撫でながらベッドに座っていたステラがばさりと着ていたドレスを大胆に脱ぎ捨てたかと思えば次の瞬間にはいつもの姿の彼がいた。


「それにしても、やり過ぎてない?あの娘、もう人として生きられるかな」

「やり過ぎているとしたらそれはあの娘が悪いだろう。俺は()()()()()だけだ。俺が何をしたわけじゃない」

「まぁそれはそうなんだけど」

「己が命令したことを全てその身に受けるだけだ。一番公平な罰だろうが」


まぁいいか。

確かにそうだ。そしてこれくらいでこの兄の怒りをおさめられるのならば安いものだと言えよう。

大体大公妃に影がついていないと思うのがそもそも浅はかなのだ。確かにルシアには余計な護衛はついてはいないが、それはステラ直々に もっと言えば(ベリル)自らが護っているからであって無防備なわけではない。どちらにせよ大公妃誘拐など絶対に成功するはずがなかったし、盗賊達もそんな身分の女だなどと考えてもいなかったのだろう。

子供の浅知恵としか言いようがなかった。

ステラが愛しげに眠るルシアをそっと腕に抱き起こすと膝に乗せて堪能し始めた。寝かせておいてやればいいものを。


「兄さま、ちょっとこちらの計画が狂いました。本当はもう少し利用して他にも色々釣り上げるつもりだったのですけど、さっさと栗毛さんは退場させてしまいましたから」

「おや、それはすみません。ですがこれ以上の妥協は出来ませんね」

「ですから予定外ですがこの先は兄さまも少し手伝ってください」

「…仕方ありませんね、それもコレの為だと思えば…聞きましょう。ですがこれ以上コレの介入はお断りします」

「はぁい、まぁそのくらいがお互いの妥協点かな」


飽きることなくルシアの額や瞼に唇を押し当てて優しく撫で続ける兄にこれ以上は無理だなと諦めた。

もぞり、とステラの胸元に擦り寄り意識を取り戻し始めたルシアに、大好きな気配を感じて精霊の子供が気づいて飛んできた。チィチィと頬にすり寄って肩口で鳴き始める。


「…ん…、…すてら…、さ…」

「目が覚めたか」

「んん…、…?」


薄っすらと開いた視界に嬉しげな精霊の顔が見えて一瞬思考が止まったのかパチリと珍しくすぐに瞼を開けた。


「貴女…、は」


チィ!とすり寄って喜ぶ精霊の子供に胸が熱くなる。あぁ…、すぐに分かった。この子が自分を呼んでいたのか、助けを求めていたのか。


「……沈丁花の香り…貴女が迷子の精霊の子なのですね、ごめんなさい迎えに来るのが遅くなって…無事だったのですね…、何て可愛い子…無事で良かった、ステラさま」

「謝らん。お前を介入させるわけにいかなかった」

「はい、…見つけてくださってありがとうございます…。私の為だったのでしょう…聞かない方が…?」

「全部おわった。あとはこの子供を元の花に返すだけだ。お前は知らなくていい」

「…貴方を信じています。嬉しい、です…あぁ、ステラさま…」


胸に小さな精霊を潰さない様に抱きしめて嬉しそうに涙を滲ませたルシアを少し慌てた様に覗き込む兄がおかしかった。


「な…キ、キース…泣くな。また俺が何かしたのか…。頼む、泣くな…」

「ふふ…、可愛い(ひと)。これは違うのに…」


珍しくルシアから控えめではあるが頬に唇を寄せるのにほっとした顔をするステラに周りが苦笑した。これは随分尻に敷かれたものだ。


 

「ほら兄さま、いちゃついてないで。その子を返す場所はわかっているのでしょう?早速返しに行きますか」

「どうする、キース」

「あ、すみません…。はい、私もそう思ったのですが…この子が何かを言いたげで」


ルシアの形のよい胸の上に乗って何か気がかりになるようで訴えていた。


「どうしたの、貴女にとってこの国は恐ろしい場所でしょう。元の沈丁花の庭にはもう外部の人間は立ち入れないようにします、安全な場所へ帰りましょう」

「優しい人間もいたようですね」

「シエル様…」

「気になっているようですよ。優しい人間はいつも虐められていたようだと」

「一体この子はどんな場所にいたのでしょう…」

「お前は知らなくていい。ただ…精霊の子の心残りは見ておくか」

「…はい、すみません」


つい、とステラが宙に指を滑らせれば部屋中に何処かの屋敷の人間達が映し出された。主人らしき貴族に始まり使用人、侍女、料理人から飼い猫まで。そして素知らぬ顔で欠伸をする猫以外の全員が何かを探しているようだった。

そしてその中でムチに打たれて蹲る翡翠の髪の少女に精霊の子が飛んでいってすり抜け、キョロキョロしている。


「…どうしたのでしょう、何か失敗を叱られているのでしょうか…。それにしてもあんな…うら若い少女の肌に傷をつけるなんて…」

「あれがそのちびの心残りなんだろう」

「…そう、でも屋敷の折檻に外部から口を出すのは難しいな。貴女を助けてくれた少女なら何とかしてあげたいけれど…」


まだ人の世界の常識が残るキースが悲しげに言うのにシエル達がきょとりとする。


「兄さま、ルシア様が悲しんでいますよ」

「わかっている」


膝に抱いたルシアにご褒美の前払いとでも言うかのように瞼に口づけるとそっと少女の幻影に手を伸ばしてそのまま開いた手のひらを握り込んだ。


「ぇ…、何を」

「お前が望めば何でも叶うことを教えてやる」


『きゃあ!』と隣の部屋で少女の声がした。隣はただの空き部屋だが時折ステラが連れ帰るキースの為に以前しつらえた客間だった。ふわりと部屋の天象儀の映像が消えてまた元の静かな部屋に戻る。


「お前は此処にいろ、話されたくない話があるから先に口止めしてくる」

「普通本人に言います?」

「嘘も隠し事もしないと約束した」

「成る程」

「…はい、貴方のおっしゃるように」


ニコリと笑うルシアの胸に抱かれていた精霊の子が急かされるように隣の部屋の気配へと飛んでゆく。早く扉を空けてとステラの周りをまわり心配そうに扉の前で鳴いていた。


「犬、守っていろ」

「ここは安全だろうが」

「お前ならここで一人にするか」

「…しないな」


わかった、とばかりにアッシュが腰を上げるとルシアの座るベッドサイドの椅子に座り直しひらりと手を上げて見送る。

見ていたシエルとベリルは呆れ顔で苦笑するしかなかった。





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