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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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さぁどう終わらせてやろうか。

「…おや、少し外します」

「ん、何だい?今日は私の可愛い花の子の代わりも兼ねて一日こっちにいるんじゃなかったのかい」

「すぐ戻りますよ、多分。(わたくし)の唯一が呼ぶのだから仕方ない」

「…全く、最近は私だけ除け者にするのだから」

「もっと拗ねてください、愉快だ」

「……憎たらしいね」


チラリと視線だけ投げてそれはそれは可愛くない顔が闇に巻かれて消える。


「一体何をしているのだか。月の小鳥と太陽の眼がそばにいると覗き見ることもできやしない」


約束だけは破れない。それを破ればあの子たちは二度と自分を信じない。それだけはダメだった。


「大体こっちへ里帰りした方が話は早いはずなのに何で向こうに帰るんだい、つまらないな」


状況は大体把握していた。

あのシエルが怒りのあまりに力を使い過ぎたなど珍しいにも程がある。一体何があったのかまでは詳しく聞いていないが息子(アルフ)達に関わることらしいということは細切れにステラが話していた。

あの子の逆鱗に触れるなんて、命知らずな女神もいたものだ。ちょっとやそっと突かれたくらいでは怒る子ではないというのに。


「…ま、私の愛しい闇の半身が安らぐのなら…構わないのだがね ベリル…」


誰かが傍にいる時は絶対に口にしない愛しい伴侶への愛をそっと囁く。愛しさを噛みしめるように誰も居ない部屋で一人、そこには居ない伴侶を抱きしめながら。






❀❀❀






「どうしました」


ふわりと巻いた闇から姿を現し、当たり前にルシアの姿をしたキースに手を伸ばすと腕に収めて共にいたシエル達に声をかける。呼んだのはキースだと言うのに当たり前にキースが呼んだとは思っていないのだなと苦笑した。


「ルシア様…、もう少し甘えても構わないのに」

「え…?そう、ですね…?」


もっと呼びつけてやればいいのだ。

淋しいから、会いたかった、キスをしてほしい、そこにあるカップをとってくれでも構わない、この盲目の兄は喜んで飛んでくるだろうに。その胸に抱きしめられながら、それは当たり前だともう理解できているのにまだわかっていないらしい。


「シエル様、お気になさらず。ゆっくりこの身体に教えますので」

「そうですか、手加減なさい」

「畏まりました」

「…ぇ、ぇ……?」


何やら不穏な会話をするのに戸惑いながらその腕の中から抜け出すことは考えていないらしい。


「で、何です?」

「天象儀に映して欲しい人間がいます」

「貴方が心に留めるほどの人間がいるのですか」

「そんないいものではありませんよ、むしろルシア様に害をなそうとしていますのでさっさと排除したいだけです」

「…今すぐ教えろ」

「沸点低いなぁ、怒らないで」

「俺の唯一に悪意を持つこと自体が罪だ」


正直この(おとこ)が何かに対して怒ったところなど殆ど見たことはない。基本的には何に対しても興味がないのだ。怒るとは思っていたがここまで着火点が低くなっているとは思わなかったから少なからず驚いた。ステラの胸で大人しくしていたルシアが小さく首を傾げてステラを見上げる。


「ステラさま、人の世界では当たり前の事なのです。人の心は縛ってはなりません…、怒らないで」

「…我慢ならん」

「私は、私を愛してくださるのは世界で貴方だけでもいいと思っています」

「我慢しろと言うのか」

「いいえ、そんなよそ見をしないでもっと愛して下さいと言っているのです」

「……我慢、ならん」

「…私のために怒らないでください、よそ見は嫌です」

「…わかった」


細い腰を抱き寄せてルシアのこめかみに口づけるとまだ少しむくれていたがこちらへ向き直った。女の姿の方が我がままを言いやすいのかもしれない、なかなか見事な手綱捌きだ。慣れてくれれば有難い。


「失礼いたしました…。で?どんな人間なんです」

「ただの小娘ですよ。アッシュを横取りしたいらしいのですが…、何故かルシア様に嫉妬しているようですね」

「くだらん。犬、ちゃんと排除しろ」

「俺に言うな」


アッシュが噴水の縁に座るシエルの肩口にもたれたまま面倒くさそうに答えた。一番当事者であるのに影が薄い。こういう時女というものは男への恋心ではなく女に対しての敵意を優先させるからたちが悪い。


「ただの小娘の小さな嫉妬だけならばちょっと意地悪してわからせてやれば終わるのですけど…、なんだかきな臭い。精霊たちが騒ぐんですよね」

「ステラさま…、また沈丁花達が泣いています。それが私は悲しい」

「……小娘の名を」

「エラリア・ムーア・リーガル子爵令嬢」

「犬、包め」

「…了解」


風の精霊(レンブラント)がふわりと現れキラキラと笑いながらその場にいた神々を風で包み込む。音とともに視界を遮断して人間達には気配も探れない風の結界に隠してしまう。


「おまえの(うれ)いは、何一つ残さない。全て俺が取り除く」

「ぁ…ステラさ…、ダメ…んぅ、ぅ…ン…――――」


皆の前だと言うのに濡れた音と共に深く息を奪い黒いコートに包み込む。一瞬だけ抵抗を見せたが後ろ頭を手のひらに包み、逃げられないように大切に、大切に胸に抱き込まれたかと思うとかくりとルシアの身体から力が抜けてステラの腕に沈んだ。


「まずいものが見えたの」

「…なんてものをコレに近づけるんですか」

「アッシュに言ってください」

「俺か」


つい、とステラが逆手に指を滑らせると風の結界の内側に少女の幻影が視界いっぱいに展開される。

過去も、現在も、そしてたくさんの悪意。


「…こんなもの、コレには見せられない。欠片だって傷つけさせるものか」

「これは…、本当に迂闊なとこでしたね。すみません、僕としたことが配慮が足りなかった」

「生まれつき歪んでるとしか思えねぇな、姫にも教育上よくねぇ、あんま見んなよ」

「過保護カルテットの一角はちょっと黙ってなさい」


力をなくした華奢な体を大切に抱き上げると光も音も見せないように大きな手と胸に包み込むように抱きしめる。

自分の唯一。こんな世界にいるのだから何一つ穢れを知らずというわけにはいかないのは分かっている、だがコレは許さない。意識のないルシアの髪に唇を押し当てたまま考える。愛しくて愛しくて、時には本当に触れることすら躊躇うこともあるこの自分の全てを悲しみに曇らせる人間がいる。許すわけがない。

さぁどう終わらせてやろうか、と。


「それにしても…、これだけはっきりターゲットをルシア様にされてはどう動いたものか。あぁ、何か始めた 良からぬことを企んでますねぇ…何をする気なのか。んー、まさか彼を引き出すわけにはいきませんし」

「貴方の命令であろうと絶対に許可しない」

「わかりました、仕方ないな。じゃあここは僕が」

「「許すわけがないだろう」」

「…わぁ、綺麗にハモるのやめてくださいよ」

「俺が許すわけがないだろう」

「姫はダメだ。絶対に許さねぇ」


アッシュに抱き寄せられベリルに睨まれてため息をつく。かといって彼らに任せたらやりすぎるに決まっていた。ここは人間達の箱庭だと言うのに。


「…仕方ないな、コレの為ならば仕方がない、(わたくし)の出番でしょう」


にこりと薄めた全く笑っていない目で、口元だけを笑みのカタチにしたステラが愛しい人を胸に抱いたまま言う。


何を言っているのだか。お前が一番手加減出来ないだろうが。






❀❀❀






チィ、チィと小さく微かな、ほんの微かな鳴き声が陽の落ちた闇の城の端から聞こえてくる。

そこは正門からは真反対にあたる食料などを搬入する使用人達の出入りする裏門に近かった。花がさざめき風が声を届ける。


草むらに転がる小さな箱の中からその気配がするのに近くの花達が騒ぎ出した。


今にも消えてしまいそうなそれに人間たちは気づかない。いつ置かれたものなのか、微妙に人間達の目には届かない人の立ち入らない物陰だった。


薄暗い物陰からそっと視線の遠く端にそれを覗き見る。そこからは距離があるし食料搬入の業者に潜り込んで今自分は休憩中にしかみえないはずだ。あんな小箱には気づいていないしあちらからこちらはわからない。


(さぁ名高い精霊使いの家門であるあの女ならば可哀想なあれを見つけられるでしょう?泣いてるわよ)


本当は覗きに来る予定ではなかった。あまりにも危険だからだ。自分が大公妃を害する一味だと欠片も知られてはマズイのだから家で吉報を待つつもりだった。

だが。

だがだ、あの女の高慢な顔がチラついて頭から離れない。この私に静かに諭すように、美しい天使様を侍らせて言い聞かせてくるあの女の歪んだ顔を見なければ気がすまなくなったのだ。

紛れ込んだ理由などは何とでもいえる。使用人達の仕事ぶりを体験してみたかっただの、城の裏に興味があっただの、そうして大体庶民に寄り添ったそんな悪戯な話は使用人どもには()()がいいのだ。

貴族様なのに何て奔放で可愛らしいのだだとか、自分達を知ろうとしてくださるなんて優しいお嬢様だとか、単純にも程がある。


そしてあの箱は街の何でも屋のような盗賊集団に預けてそいつ等があそこに置いた。自分ではない。

出何処がもしバレたとしても箱を売っただけで中身は知らない、後からそいつ等が入れたものだと言えばいい。何に使ったか等分からないと。指示書は今夜中には跡形もなく消える魔法の文字で書いたし何も残らない。


箱は事が終わった後にまた素知らぬ顔をして拾ったと回収する予定だが、最悪戻らなくても仕方がない。危険は犯せない。

だが、その時はもう盗賊共に大公妃が穢された事実はもう消しようがないのだ。最低10人は突っ込めと言ってあるからどんなに誰が庇おうとももう大公妃で居続けることは叶わないだろう。

彼奴等には箱を置いたらそれに惹かれてやってきた女を攫えとしか伝えていない。それが誰なのか知らぬままにアジトへと連れ去り好き放題に男達の餌食となる。

ここは使用人の出入り口だし、まさか大公妃が現れるとは思ってもいないだろう。

だが、あの箱は特殊なものだし、精霊の気配など精霊使いでなければ気づくことはできないはずだ。高名なリーフ侯爵…いや今は公爵様だったか…、あれほどの使い手ならばともかくただの家門の女など口を塞いで詠唱出来なくしてしまえば何もすることはできない。

高貴な女だから使用人に見てこいと命じる可能性はあるが、話に聞くあの家門の人間ならば自分で確かめに来るはずだ。侍女を連れてきたら二人までなら一緒に攫えばいい。こんな人間達の出入りする場所にあんな女が部下を連れてゾロゾロとやってくるとは思えないし何より城の中だ、警戒心は薄いだろう、十中八九人目を忍んで一人でやってくるはずだ。

もし男が来たら手を出すなと言ってあるし、それならば悔しいが失敗したと諦めて他の手段を探す。慎重に事を運ばなければならない。

子供の精霊は貴重だが探して見つからないものでもないからまた捕まえてきたらいいのだ。


…あぁ、ほら見ろ…やはり来た。

あの背の高い亜麻色の髪…、間違いない。

あははは、一人だ!全て私の掌の上でしかない。私の思い通りになるのがやはり当然なのだ。





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