怒られたくない
(近づく事もできなかった!)
イライラしながら来た道を歩く。
淑女らしい立ち振舞には程遠い足取りで歩く姿は男たちが見れば思わず一歩下がって誰であるか二度見した事だろう。
(あの女!サーシャの次に気に入らないわ。あの声、あの身体、あの仕草…間違いなくあの天使様なのに、あと少し近づけたら私のものだったのに!)
ぎちりと指の爪を噛んで思わず立ち止まると思い切り地面を足で踏みつけた。衝撃にヒールのかかとが折れて跳んで行くのにますます苛立ちが募る。
「何なの!」
(あの女、この国で一番の男を既に手に入れているんでしょう?なのに天使様まで!)
遠目でよくは見えてはいないが大した女じゃなかった。身体は痩せぎすで女らしくない高い身長。髪はくすんだような金髪だったしきっとボロボロに痛んでるわ。男が好きな身体じゃない時点で私の勝ちよ!
…そうよ、あの程度の女ならばバァンズ大公だって奪えるのではないか。
どちらにしようかしら…、大公様はまだお顔も見ていないけれど神の美しさであるのは間違いない。なによりこの国での絶対的権力とこの国での最も高貴な女の座が手に入るのだ。
だが、光の国の天使の番でもおそらくは同じ地位は手に入る。彼の国での輝かしい高貴な女の称号が、悩ましいところだ。しかし…
「この私が気に入らないこの世のすべての女は全部余すこと無く不幸になるべきなのよ…」
あんなただの女、どうにでもできるはずだ。何処かへ連れ出すことはできないかしら…。
「…あぁ、そうだわ」
そうだ、そうしよう。リーフ侯爵家の女ならば草樹花達にひどく愛されているはずだ、そして逆も。十年ぶりくらいだがあれを連れてきて使ってみよう。流石にここが勝負時なのだ、手段を出し渋っている場合ではない。連れ出してさえしまえばこちらのもの、あとはどうとでもなる。女なんか穢して、堕としてしまえばそれで終わりだ。
意地悪く歪む唇が、少女を酷く醜くしたが本人だけがそれに気づくことはなかった。
❀❀❀
「……ッ?」
「どうしました」
「…あ、いえ。……何だか花達が酷くそよぐもので……。どうしたの」
そっと傍に咲く小さな花に優しく指で撫でながら聞いている。
声では答えられない小さな精霊たちが白い指にふわりと頬を擦り寄せて消える。
「リリィ、わかる?」
チィンと笑って水の精霊が現れると小さな精霊たちのそばでしゃがみ込んで頬杖をついて首を傾げる。暫く何か会話でもしていたのかキラキラと笑っていたかと思うと少し顔を曇らせて大好きな主の肩へと飛んで戻ってきた。
「死の匂い…?」
「なんですか」
「そう…、いえ あの少女の周りになんというか…酷く嫌な匂いがするそうで。あらゆる嫌な匂い、内側から滲み出る…んー、言葉にするのは難しいな…」
「香り、とは違うのですか」
「うん、まぁ余程醜い心根をしているのでしょう。アッシュが近づきたがらないタイプですね」
「ん、あぁそうだな。酷く臭い」
「そして気になるのが…、死の匂いがすると」
「どういう事です?彼女に死が近づいていると言うことですか」
「いえ、どちらかといえば彼女の近くに死が近いモノがいる、かな」
家族に病気のものでもいるのか、分からないがひどく不吉なものを感じた。
「彼女に早くコンタクトするべきでしょうか」
「おや、悩むことも迷うこともありません」
「え…」
「なんか色々規格外のがいるでしょう。アッシュ、パパ呼んで」
「…ベリル、呼んでるぞ」
ふわりと現れた召喚の闇からこの国の王が現れる。慌ててルシアがドレスの端をつまみ軽く頭を下げた。
「おぅいいぞルシア嬢、楽にしとけ」
「はい、このような姿で失礼いたします」
「ははその姿も美しいぞ。早く慣れてくれよ、彼奴のためだ」
「はい、つとめます」
軽く手を上げてルシアを労うと召喚主へと向き直る。
「どした、遊ぶか」
「違いますよ、能天気だなぁ。一応いくつかやってほしいこととやることと、あとは何か面倒事が別件であるみたいなんで解決しとこうかなと」
「あん?何かあったか」
「多分兄さま怒ります」
「…おい、マジか」
「困った事に」
「ダメだろ、困る。おい精霊使い頼むどうにかしてくれ」
「え、ぇ…?」
「ちゃんと会話をしろおまえら」
呆れたように苦笑と共にアッシュがおさめるとオロオロしていたベリルがピタリと振り返った。
「だってお前…、彼奴が怒んのマジで困る」
「情けねぇな、親だろ」
「俺がパパって言うとヤダって言う…」
「泣くな」
「一体普段どうしてるんですか全く」
「最近彼奴が冷たい…」
何気に淋しい思いをしていたのかベリルが思いの外真面目にしょんぼりしているのに少なからず驚いた。
「…兄さまもはしゃぎ過ぎてるようですねぇ」
「あの…、すみません」
「貴方は悪くない」
「でも…」
「大丈夫ですよ、ちゃんとそれも解決していきますから」
ヴェールの下でシエルが微笑む。
「それより、兄さまが怒るだろう理由がルシア様が悲しむかも、という…」
「おい、頼む精霊使い泣くな」
「早いぞ、まだ何も起きてない」
「え、ぇ…」
「取り乱しすぎですよ、もう」
元々闇は不安定なのだ。星がいなかったらとうの昔に壊れて消えて、この世界などなくなっていただろう。
光をその腕から失って、ずっとずっと焦がれて泣いて、いくつもの泪が星になった。
今ステラに伴侶が現れてまた少しだけ揺れているのだろう、理解はしていても仕方がないことなのだ。
「大丈夫だから、僕たちがいます」
「…すまん、わかっている」
すまん、ともう一度呟いてベリルが苦笑いをした。
笑っていても我慢していたのだろう。何にせよいい時に戻ってきたようでよかった。
「ほんとに君は、いつも貧乏くじばかり引くんですから」
「…娘が大きくなったのを実感するなぁ」
「息子だって言ってるでしょう」
「だって、流石に甘えるわけにいかんだろ」
「はいはいよしよし」
まだ彼らをよく知らないルシアだけが少しだけ首を傾げた。多分あまり深くは話していないのだろうしこの先も話すかどうかわからない。
ステラは恋人のように闇を慈しんできたから。
勿論恋人などではないし、ステラにもそんな感情はない。ただただ他に愛するものがいなかっただけだ。神に親子であることが伴侶となる事への障害にはならないが、闇が唯一伴侶として愛しているのは今も昔も光だけだから。
人のように交わるわけではないが、キースが聞いて、知って、どう思うかは分からない。なにせ元々は人なのだから理解するのが難しいかもしれないのだ。
流石にそこはステラ自身が決めるだろう。
自分達から話すことではない。
「まだはっきりはわからないのですが、酷くルシア様に敵意を持った人間が現れました」
「あ…?どういう事だ」
「わかりませんね、元々アッシュが目当てに見えたのですが、それならルシア様を憎む理由はないんですが…、あの嫌な感情は隠していてもわかります」
「貴族なのか?」
「多分家名は聞いたことがありますね、比較的首都に近い領地ですが寂れた子爵家ではなかったかな」
「じゃあ潰せ。俺の可愛い息子の嫁に文句あんのか」
「君も自分が困らない範囲だと短絡になるのやめなさい」
「おう…」
「ルシア様に害意を感じましたから、小娘に何ができるとも思いませんが気をつけないとね」
「髪の毛一本でも傷つけたら何されるかわからん。彼奴にまた怒られるのは嫌だ…、俺が絶対守る」
「…なんかトラウマになってないか」
ぐわッと振り向くとがちりとアッシュの両肩を掴んで涙目で訴えて来た。ガクガクと揺らされながらアッシュがいやそうな顔をする。
「トラウマだよ!トラウマに決まってんじゃねぇか!お前、彼奴に睨まれてそっぽ向かれた俺の気持ちわかるか!あのクソが今も正気だったら跡形もなく消してやらねぇと気がすまねぇ!…お前が無事でホンットに良かった」
向き直るとルシアの頭を抱き寄せて胸に抱き、よしよしと撫ぜながらしみじみと言うのにカチリと固くなったルシアがどうしたものかと視線を向けてきた。コレはステラの言う『触れさせるな』に入るのだろうか。
どうしましょうとでも言いたげな視線にべり、とシエルが引き剥がす。
「はいはいあんまり触らない」
「む。」
あからさまにほっとしたルシアに今度はニコリと笑ってお願いする。
「兄さま呼んでください」
❀❀❀
「ほら、ちょっと頑張ってもらわないといけないんだから食べなさい」
ポイポイと花瓶に持ってこさせたらしい色々な生け花を小さな箱の窓から投げ入れる。
小さな小さな鈴の音のような鳴き声がする。生きた花の優しい生気が小さな精霊をかろうじて生かしていた。
だが本来は根付いた花に宿るものであるから生け花といえど長くそれだけで生き続けるのは難しい。精霊を閉じ込めている箱が良くも悪くも『閉じ込めて』いるからこの精霊は命をつないでいるのだろう。そう、生きる為の僅かな生気をも散って消えずに閉じ込める事が出来ているからだ。
「どうしようかな…、神様の目ってやつは護摩化せるものなのかな。まぁ私が手を出さなければ何とでも言えるか」
まずはあの神様の結界から誘き出さなければこちらから手を出すこともできない。それとまずは自分がバァンズ様、いえやっぱり天使様かなぁ…迷うわ。どちらかに、いやむしろ両方に見初められて取り合われるかもしれないわね、二人に近づいて虜にしなければ話にならない。
先ほどの様子ではあの女はバァンズ様には放置されているように見えた。仕事も与えられずのんびりと護衛(?)をつれて散歩だなんて優雅なことよね、腹が立つわ。
確かシャルが明日はココ様の定期招集会だとか言っていたはず、宮廷魔導師長様なら現れるのではないかしら。そしてそのそばにはあの天使様がいる。
「大公様はまだお姿も見れてないし、どこにいらっしゃるかもわからないし…やっぱり先に天使様かなぁ」
くすくすと一人で笑う少女が甘い菓子を口に入れた。トロリと唇に絡みついた甘い蜜をぺろりと舐めて鏡を見るとそこにはそれはそれは愛らしい自分が映っている。
「この屋敷の者を使うのは危ないわね、いつもの奴らを呼ぶか」
ベッドサイドの引き出しから小さな封筒と便箋にサラサラと何かを考えながら書きしたためるとそっと誰にも見つからないように階下に降り裏庭に出て庭師の息子に声をかけた。
「ウェスリー、いつものお使いを頼むわ」
「はい、お嬢様」
「今回はお父様たちへのサプライズなの、絶対誰にも見つからないようにお願いね、もちろん口外も禁止よ」
「畏まりました」
チャラ、と金の音がする小袋と何の変哲もない封蝋で閉じられた封書を渡すと胸を強調するようにして身体を寄せ、可愛らしく唇の前に人差し指を立てて上目遣いで笑えばゴクリと喉が鳴るのがわかった。
この庭師の息子も自分の思いのままだ、可愛い子。
ほら、なんでも私の思い通りになるのが当然なのだ。




