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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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魔法の仕組み

「…そう、ですか…。わかりました…そうですよね……。こんなちっぽけな私などどうなっても…」


そっと涙を滲ませ小さく嗚咽を噛み締めた。

どう?可哀想でほっとけないでしょう?そんな意地の悪い女と比べたら圧倒的な可憐さでしょ?

さぁ、アッシュ様!宮廷魔導師長様!私を庇って優しく手を差し伸べて!

チラリと指の隙間から窺い見ればこちらを……


「神の結界に触れれば人間はどうせ一瞬で存在も全て消えるのに、貴女は優しすぎるな」

「そんな事…」


ちょっと待てぇぇぇえい!


今なんて言った!?何つった!?

は?は?一瞬で?は?消える?


「あと3歩も進めば面倒くさい事もなくすぐに終わったろうに」


はぁぁあぁぁぁあぁぁぁあ?!


「少女よ、立ち去りなさい。何度も警告していますよ。()()()()()()()()()()()()


何なの何なのなんなの!


「わ、わかりました…ッこ、このお礼は必ずいたしますわアッシュ様!きっと、きっとまたお会いしましょう!どうか忘れないで…」


きっとです!と念を押してふわりとスカートを摘んで礼をほどこしたと思えば来た道を駆け戻っていった。



「……なんで俺に礼だ」

「いいのですか、話を聞かなくても」

「…えぇ、思いがけずすぐに名乗っていただけたので、あとは…その……、ステラ様、に…」

「ふふ、おねだりします?」

「そんな…、でも…はい」


ステラの名を出すと直ぐに恥じらって耳元を染めるのが愛らしい。今は女性の身体でいるからかなおさらだった。

だがそうだった。彼の天象儀で人間であれば何でも、何処でも観ることができるだろう。彼女の跡を全て追えば黒か白かなどすぐに分かる。そんな風に彼の前ではプライベートなどないも等しいからあんな風になってしまったのかもしれない。


「まぁ、僕としても彼女の素性がわかったのは都合がいい。偶然を待たなくても接触は可能になりました」

「…?やはり彼女をご存知なのですか」

「ご存知というほどでもないのですが、ちょっとね」

「ちょっと、とは?」

「アッシュが…、って兄さま、いつの間に」

「キースが呼ぶもので」


しれっと当たり前の顔をして話に入っていた黒い男に呆れ顔でツッコミを入れる。呼んでいませんと否定するも名を『呼んだ』のは間違いないわけで。


「…兄さま、いつもこんな調子なんですか」

「迂闊でした…」


恐らくはキースに関してだけはクロードの神気で普段は彼の気配を追えないのだろう。『名』はそのヴェールを一瞬取り払う、見つけると我慢ならなくなって飛んでくるというわけだ。


「変わりないか」

「ちゃんと護衛している。心配はいらん」

「ふん。それでシエル様、いつ頃返していただけますか」

「今日1日はお借りします」


にっこりとわざと意地の悪い返事を返してやるとやはり無表情なクセに不満そうな顔をする。


「……今日だけですからね」

「ふふ、はいはい」


ついとキースの顎をとらえると軽く上向かせて頬に口づけると軽く撫でて離してやる。


「…早く帰れ」

「はい…」

「僕が悪者みたいじゃないですか」

「ぁ…、そんな事…」

「コレに何かあれば、貴方でもお仕置きですよ」

「怖いなぁ」

「…貴方でなければそもそも許していない」

「わかっています」


名残惜しげにもう一度頬を撫ぜるとくるりとコートを翻して闇の中へ消えた。


「相変わらずあの人の時空のトンネル(ワームホール)は便利で羨ましいですね」

「あんなものあったらこの大陸を旅する必要すらなくなるだろ」

「まぁそうか」

「……ぇ、あの魔法はあの方しか使えないのですか」

「魔法…、とは少し違うのですけどね。神はそれぞれの特性を持っていますし、それぞれで得意な分野があるものです」

「…彼奴はこの世界のさらに上に広がる世界の力を使ってる。ある意味特殊なんだ」

「似たような力を使役する神はいますよ。例えばクロードの光の文字(ネオン)とベリルの闇の刻印(インスクリプション)が同じようでまったく真逆のものであるようにね、同じではないだけです」

「…難しいのですね」

「こんな小さな世界の小さな箱庭の小さな神々の遊びです。難しく考える必要もないんですよ」

「学びます」






❀❀❀






あの人の天象儀を見たのは攫われるように屋敷へと連れ去られてから数週間経った頃だった。何があったわけでもなく、何をしていたわけでもなく。2人でゆったりと麗らかな日に、ソファで今では当たり前のようにされているように甘やかされて過ごしていた時だった。何の気なしに前触れもなく(かれ)が言ったのだ。


「…キース」

「はい、なんでしょうステラ様」

「帰りたいか」

「いいえ」


にっこりと微笑んで答えたはずだった。なんの迷いもなく、震えもせず、真っ直ぐにちゃんと伝えたはずだった。なのに頬を撫ぜられ、ゆっくりと私を抱き込んであの人は暫く何も言葉にせずに撫でたりあちこちに口づけたり…それが何を意味しているのかは、わかってしまったから。


「…ステラ様」

「……」

「帰りたいとは…、本当に思ってはいないのです」

「そうか」

「ただ、ほんの少しだけ」

「…強がりはいい、言え」

「あの子を置いてきました」

「あぁ…」

「忘れるには…、まだ…ん…、ぅ…」


言わせたいはずなのに聞きたくないのがわかる。

深く息を奪われて呼吸もままならないのに縋る指が震えてあの人のシャツにくしゃりとシワを作った。


「謝らない」

「は…い」

「だが…、おまえの憂いは俺が全て取り除く」

「…ぇ……、ぁ」


次の瞬間、部屋の壁に、天井に、床に…目に映るすべてに。今は目の前のこの(ひと)の次に愛おしい息子の姿が映し出されて声を失った。

絵姿のように焼き付けられた姿とその傍を半透明のソレルが駆けていきふわりと消える。様々なあの子が目の前に現れては移り変わる。


「…会いに行ってもいい。だが…、必ず俺のところへ帰って来い」

「…無理…なさって」

「この口は、うるさいぞ」

「貴方をお慕いしています」

「ふん」


ずっと、そんな風には見えなかったのに。

実は我儘で傲慢で、嫉妬深くて…独占欲の強いこの(ひと)の精一杯の我慢をつい笑ってしまった。

ぐるりと 笑って遊ぶ、淋しいと泣く、頑張って学ぶ愛しい我が子の姿を部屋のあちこちに見て少しだけ目を細めた。


「可愛い神様(ひと)…、ずっとお傍にいます」

「当たり前だ」

「ありがとう……ございます」

「…お前は、いつも俺の傍で幸福に笑え」


ほんの数十年だ。大人になればこの父の事など恋しがりはしなくなるだろう。だから…少しだけ、ほんの数年だけ見守らせて欲しいと少しだけ願っていた。

見送ったら、貴方だけのものになります。だから…

抱きしめられながらもう一度神と生きる覚悟をそっと噛み締めた。





❀❀❀






「どうしました、キース?…、いやルシア様でしたね」

「いえ、何でも。少しだけ私だけのあの方を思い出してしまって」

「おや、惚気られるとは」

「すみません」

「仲良くやっているようでなによりです。さて、あの娘のことはおいおいにして続きをお願いしようかな」

「畏まりました」


にこりと微笑むと転がっていた魔法杖をアッシュから受け取り杖についた手のひら大程度の魔法石を撫でる。


「シエル様もある程度の魔法は使えると聞きました。属性は?」

「一応一通りは。地水火風と空間と光(聖)と闇(呪)、あとはリリィの力を借りての水の精霊術ですね」

「流石です。私も一通りはこなせたのですがこの身体になってからは闇魔法がイマイチうまく使えなくなってしまったようです。初期魔法しか使えませんが代わりに光魔法は高まったように思います。貴方にとっての初期魔法は?」

「殆どが自分で作ったものばかりなので人が使うものには疎いのですが…、例えばこう?」


呪文も唱えずくるりと回した指先に一瞬で氷の刃を作り出す。


「ふふ、もうそのくらいになりますと人には中級にあたりますね」

「おや、そうなんですか」

「シエル様が恐らくは水魔法を得意とされているせいでしょうね、魔法に大きさでのレベルの大小は測れません。精度です」


杖の魔法石が淡く光り小さく「प्रवाह」と呟くとゆっくりと水がくるりと宙空に集まり緩やかに刃を形作った。


「僕のものよりも綺麗ですね、流石光の賢者どの。僕のはどうにも歪でいけない」

「ですが短い依代である詠唱と数秒の時間をかけて生成しました。貴方のように一瞬で空気中の水を集めて絶対零度で固めるなど初期魔法では不可能です」

「加減が難しいな」

「イメージは?」

「握り込む」

「なるほど、ふふ…わかりやすいし私も手本にさせていただきます。人間がそれをするには行程が5倍程かかります」

「面倒ですね」

「集めて、取り出し、原子を緩やかに、固めて、生成します」

「…必要なんですか」

「えぇ、今私はわざと少し手間をかけてこれを作りましたが、全力で作ったとしても詠唱無しの2行程はかけます」

「へぇ…」

「取り出して、凝縮する」

「なるほど」


何だか面倒くさい勉強会が始まった。

アッシュは少しだけ退屈を感じてごろりと噴水の縁に座るシエルの膝へと寝転がった。


「邪魔はしないでよ」

「知らん」


くすりと笑うルシアに向き直りじゃあ、と軽く手のひらを掲げた。


「こんな感じかな」


ゆっくりと水の渦が手のひらの上で巻いてつい、と指を滑らせると刃の形へと生成される。


「そうですね、まだ早いですがそれなりに優秀な人間となら比べても遜色ないかもしれません。物理はまた話がかわりますが…、先ほどのお話のようにそのまま御手をだされるのは恐らくは無理でしょう」

「やっぱりそうですよね」

「必ず魔法で受け止めるようになさってください。危ないですよ」


ルシアが笑って少しだけ呆れるのに頭と体の誤差をもう一度擦り合わせる。それはそうだった、自分の身体はか弱い人なのだ。


「魔法の射程はアカデミー2年程度の中級者で約200ft、上級者でもせいぜい300ftでしょうか。それも当てられるかどうかは別の話です」

「…短いですね」

「人間には視認できる距離の限界かと、遠視(スコープ)を同時に発動して使えるのは今のところ私の知る限りでは人間では人であった頃の私だけでした」

「なるほど、思った以上に能力差があるなぁ。新しい宮廷魔道士の選別の参考にとお聞きしてよかった…、全員落とすところでしたよ…」


おやとルシアが首を傾げる。


「新しく魔道士達を選別なさるのでしたか」

「何だか良くない風習に染まっている様なのでね。全解雇と選別を考えたいと思います」

「ふふ、お手伝い出来ることでしたら私にも何かとお言いつけくださいね」


柔らかく申し出てくれる亜麻色の髪の乙女にあははは、と声を出して思わず笑うシエルとその膝で目を閉じたまま呆れたようなため息を漏らすアッシュに何かおかしなことを言っただろうかとルシアがきょとりとした。


「可能な事ならそうしたいのですが、あの過保護な兄が許してくれるかなぁ」





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