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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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沈丁花の憂い

「……何者ですか」


静かにキース、いやルシアがまだ距離のある場所でキョロキョロと辺りを見回す少女に声をかける。


「…ッあ、やっと人が…道に迷ってしまって、よかっ…」

「止まりなさい」


ホッとした顔で無邪気に駆け寄ろうとするのにピシャリと拒絶の言葉で止める。座ったまま凪いだ視線を向け、ビクリと足を止めた少女に向かって声をかけた。


「ここは王の庭園です。お前が立ち入っていい場所ではありません。すぐに来た道を戻りなさい、一歩たりと先に進むことは許しません」

「え…、でも貴女達は居るじゃありませんか。私は道に迷って教えて欲しかっただけで何も悪いことをしたわけじゃな…」

「黙りなさい」

「…ッだ、だっ…」

「言い訳も弁明も必要ありません。ここへ一歩たりとも立ち入ることは許しません。黙って来た道を戻りなさい」

「話も聞いてくれな…」

「もう一度は言いません」


美しい女の静かな声に何も言えなくなり、もう少し近づいて一緒にいる2人を確かめたいのに足が動かない。あの口元を布で隠した男、あれに違いないと思うのに近づけないのだ。

ここが王の庭園だなんて知っているに決まっているじゃないか!わざと迷い込んだに決まっているじゃないか!

なんせおそらくは天使様と宮廷魔導師長だ、きっと神殿の奥深く、王の領域(テリトリー)にいるに違いないと()()()()()のだ。

やはり思った通り!


だが計算違いの女…なんだあれは、見たことがない。王に后はいないはずだし血族もいないからここに立ち入れる人間など数えるほどしかいないはずだ。

いや待てよ…神だから血族…、ではないが近頃顕現した星の神、バァンズ大公は光の国(カイダイ)から伴侶を迎えたと聞いた。さすがに婚姻の場に招待されるほどの家ではないから顔は知らないが、隣国リーフ家の親族の女だというのは伝え聞いて、少なからず運のいい女を憎々しげに思ったのだ。

あの美しい大公の伴侶の座はいの一番に狙っていたというのに数日もたたぬ間に打ち砕かれたのだ。

しかもただの人間の女に!

こいつか。この女か。

偉そうに女主人の顔をしてこの私に命令だなんて。


「貴女のために言っています。人が神の住処に干渉するなどあってはなりません」

「迷ってしまっただけなのに…」


尚も食い下がる少女にルシアが小さくため息をつく。一瞬それを見て少女が瞳に不満と悪意を持ったのにアッシュが視線を向けた。


「……貴女は神というものをわかっていない、戻りなさい」


ルシアは少女を知らない。だからこんなに丁寧に優しく追い返そうとしているのだ。そしてそれに栗毛の女は気づかない。

これは終わらないな、とシエルが苦笑するとアッシュが仕方なく前へ出た。シエルに関わらせるくらいなら自分が出たほうがマシだ。


「妃殿下はそれ以上来ると死ぬぞ、と教えてくれている。黙って戻れ」

「あ、あぁ…ッその声はあの時の貴方ですね!!」


一度聞いただけの声だけで『いつの』『誰だ』とすぐにわかるものなのだろうか。わざとらしいその態度に面倒くさいとアッシュが息をつく。ルシアが小さく首を傾げてアッシュを見た。


「アッシュ様、ご存知なのですか」

「…知らんな」

「え、そんなわけが…!あの樹の下で先日お会いしましたエラリアですわ!」


いや、名乗ってはいないだろう。

馴れ馴れしく近づこうとするのに軽く手で制して拒絶する。


「知らん、戻れ」

「そんな!」


あと少しなのに!


あと少しだけ近づけばこの香りと美貌で彼を虜にしてやれるのになんでなの!

無理矢理にでも近づけばいい、でも死ぬぞ、という脅し文句が気になる。本当ならすべてが無に帰すのだ。

少女が往生際悪くもだもだしているとシャラ、と澄んだ音とともに水の精霊(リリィローズ)が肩口でそっと笑った。


「…ぇ、沈丁花の香り?」

「沈丁花…?」


その言葉にルシアがシエルを振り返る。沈丁花だと?


「シエル様、沈丁花とおっしゃいましたか」

「……アッシュ、ちょっと時間稼いできて」

「本気か」


こそりと言われるのにアッシュが心底嫌な顔をした。お願い、と微笑まれては逆らうことなど出来ないのだが。

仕方なく少女に向かって数歩近づき話だけは聞いてやるふりを始めた。



「で、キースどうしました?」

「…何年も、沈丁花の憂いを探しています」

「憂い?ですか」


少し申し訳なさそうな顔で寂しそうに微笑む。


「私は貴方方のように精霊達の声を理解することはできません。嬉しそうだ、悲しそうだ、寂しそうだと感じるだけです」

「僕達でさえはっきり言葉で聞いているわけではありませんからそうでしょう」

「花達は私を慕ってくれますし、殆どの子たちは私を見ると嬉しそうにしてくれるのですが…、城の沈丁花達だけは何年か前から悲しそうなまま晴れません。そしてその理由が分からない」

「なるほど…、リリィ。何かわかる?」


肩口の精霊に向かってシエルが指先で頭を撫でながら問うと嬉しそうに擦り寄ってキラキラと笑った。


「精霊の魅了(チャーム)の気配がするみたいですね」

「え…、花達が精霊術を人間に…?まさか」


基本的に精霊達は自分の意思では精霊術を使わない。自衛のためですらだ。だから例えば苗床になっている花を手折られても花たちはそれを運命だと受け入れて新しく咲く花へと生まれ変わる。

人が魔法を使うように精霊たちは精霊術を使うが、その力は精霊主(エレメンタリー)や精霊使いによってしか引き出すことはできない。

そして精霊と波長が合う人間は稀で、精霊主に選ばれる可能性がある子供は大陸に一握りしか存在しない中、5人に選ばれなかった僅かな子供達が大きくなって精霊使いになる。

キースの家は昔から草樹花に愛され過ぎてはなから五大精霊達からも遠慮されているようなのだが、やはり波長が合うのだろう。よくリリィローズも不思議そうに寄っていってはキースに微笑まれて嬉しそうにしていた。


「リリィ様…、本当ですか」


悲しそうに問いかけるルシアにリリィがチリリ、と寄っていって背中越しに肩口でキースの頬を撫でた。


「あの娘に関係しているのでしょうか…、こんな遠く離れた隣国の」

「まだはっきりとはわかりません。彼女から魅了(チャーム)の匂いがすることと、それが沈丁花の香りなことだけです。それが貴女の憂いる沈丁花なのかはまだ…」

「…私が…、話を聞きましょう。アッシュ様」

「だから…、ん。決まったか」


近づきたい娘を制しながら話をしていたアッシュが声をかけられて振り返る。ルシアが立ち上がってゆっくり淑やかな仕草でアッシュの傍らにと立った。

うっすらと少女の顔が歪む。


この女…!

大公様だけでなく天使様にまで色目を使っているの、なんて売女かしら!

女にしては背が高く、アッシュと名乗る天使様の肩口まで上背がある。スラリとした細身の身体に飾りは少ないが高価だと分かる身体に沿ったドレスを纏い、亜麻色の髪を緩く纏めていた。

胸は…、ふ 私の方が豊かだわ。腰の細さには負けるがくびれ具合は私の勝ちね。女らしさには欠けた身体よ。男達はもっと女らしいメリハリのある身体が好きなんだから…!


ゆっくりとスカートの端をつまんで優雅に礼をしてみせる。

どう?幼い時から教育された貴族の娘よ。負けはしないんだから。


「お初にお目にかかります。先ほどは()()()()()()()()()()!無礼を働きました。エラリア・ムーア・リーガルと申しますわ」


えらく知らなかったを強調するな、と呆れながらも傍らに立つルシアの手を取ってエスコートをする。ステラにがっつりと釘を差されているのだから仕方がない。


「…私が声をかける前に名乗られて許される方なのですか」


しまった。一刻も早く天使様に自分を知ってもらおうと焦ってしまった。まずは相手を知る、どちらの身分が上かを確認するべきだったのに。そして貴族の面倒くさいところはこの身分探りの駆け引きなのだ。

…いや間違いなくこの女の方が上だろう。そして本来ならば名乗られない限りは自分が名乗ることは許されない。アカデミーでの気安さをついここで出してしまった。


「…ッも、申し訳ございません」

「先程から立ち去りなさいと命を下しています。従わないのは何故です」

「み、道がわかりませんので…」

「それは問うていない。そのまま、来た道を戻れと申しましたよ」


クソ、名乗らない。

この期に及んで名乗らないということは自分に対して今、この時点で名乗るに値しない下賤の女だと言われているようなものだ。何という屈辱!

悔しさとその態度を少しは憐れと思われてくれてはいないかとそっとアッシュの方へと視線をやれば彼は女の手を取ったまま…、そっと口元へと引き寄せ手袋の上からその甲へと唇を寄せた。唇を押し当てたままこちらに一瞥もすることなく憎たらしい女に向かって天使様が囁く。


「貴女がお怒りになる程のことはない、捨て置くのがいい」

「…ック…ッ」


ソ、と続く声は何とか喉の奥で押し留めた。

おそらくは今この国で最も高貴な女だ。ただしまだ名乗られてはいないから膝をつかなくても許されている。この屈辱と引き換えに、だ!

目の前が悔しさで真っ赤になりながら口元を引くつかせて微笑みの形を作る。だから!さっきから言っているだろ!道に迷ってんだよこっちは!道がわからなくて困ってんだよ!

嘘だけどな!!


「このまま引き返しても迷ったままで何の解決にもならないから…その」

「ここに立ち入らなければあとは何でもいいのです。お前が道に迷って帰れないことなどどうでもいい。理解しないのは頭が悪いからですか。立ち去りなさい」


カッと怒りが胸を締め付けた。

咄嗟に顔を上げて睨みつけそうになるのを全身全霊をかけて押し留める。

くそっくそっクソが!!!

今最も高貴な女だか何だか知らないがこの私に向かってなんだその口の利き方は!

もう少し、あと少し近づくことができれば傍らに立つ美しい天使も、後ろに控える魔導師長もこの私に夢中になって味方をしてくれるに違いないのに!

そしてお前のようなただの人間の女など非難されて、うまく行けば大公様の耳にも入りこんな無礼な女離縁してくれたりするかもしれない!

天使様が味方をしてくれればこんな女、生まれた家の運が良かっただけの女!私の敵ではないのよ!


そうよ、そうしたら今こうして憐れにも足蹴にされている私に優しく目を向けて…、その地位も逆転することだって夢ではないかもしれないわ。


…なら、もっと私を蔑めばいいわ……。


ゆるりと伏せた顔に笑みが張り付いた。





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