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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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デリカシー、とは

「ほら!あの香り!早くなさい」


ガンッとサイドテーブルに乗った籠を蹴って何かに促す。栗毛の少女が口元を歪めて誰もいない部屋で誰かに命令した。

しばらくしてふわりと籠が淡く光って少女を包み込むと、その光を体中に馴染ませるように指を滑らせ髪をとかしながら何処か機嫌はよさそうに身支度を始める。


「ったく、トロいんだから。まぁいいわ、これで成功したらご褒美くらいあげるわよ」


くるりと鏡の前でまわって今日の装いを確かめる、完璧だ。

一応小箱の精霊は屋敷の者達には内緒にしているので侍女を部屋に呼ぶときは隠さなければならないのが少し面倒くさい。そっと枕元の戸棚にそれを隠すと鍵をかけてからチリリ、と鈴を鳴らして侍女を呼んだ。


「お呼びでしょうか」


小さなノックと共に背の高い薄い翡翠色の髪の侍女が扉を開けて礼の姿勢で部屋へと現れる。


「フュリー髪をお願い。今日は空色のドレスで参内するわ、出してちょうだい」

「畏まりました」


す、と姿勢を正すと部屋へと入り支度を始める。着替えを終えると煌びやかな鏡台の前で髪を梳き、淀み無く結い上げてゆくのに満足そうに鏡を見ていた栗毛の少女がわざとらしく鏡台の上の化粧箱を払い落とした。


「さっさと片付けなさい、愚図ね」

「申し訳ございません」

「…あー…、ほんっとアンタはつまんないわ。でも髪は他の侍女じゃ気に入るように結えないし、我慢するしかないかぁ」


足元で散らばった小箱を拾い集めて化粧箱へと片付けていた侍女を何のことはないように蹴飛ばすとそのまま扉の方へと向かい軽く姿見の前でくるりと回って見せてからスタスタと扉を出ていった。

侍女がチラリと主人が消えたのを確認すると鏡台へと化粧箱を戻してベッドの脇の鍵のかかった戸棚へ走り寄って聞き耳を立てる。


「……可哀想に…、ごめんね…いつか、いつか助けてあげるから…」


きっちり今日も鍵がかかっているのを確かめると落胆に肩を落として贖罪の言葉を口にして悲しそうに額を寄せる。

戸棚の中では弱々しい小さな鳴き声がカタカタと箱を揺らして聞こえ続けていた。






❀❀❀






「黒、今日はどこからまわろうか」

「なんだ、決めてないのか」

「不確定要素が多くてね、栗色さんも赤毛さんも遭遇には運が必要でしょう?なら確実なところから行くしかないかな」

「色男か、筆頭…だな」

「色男くんにはあんまり用事はないんだけど、確認だけはしときましょうか」

「なら筆頭のついでにすむんじゃないか」

「そっか」


んー、としばし考えるとクローゼットからローブを取り出して羽織る。何気に気に入ったのだろうか。


「宰相を借りましょう」

「…なんでそこからだ」


ステラの嫌がりそうな顔が浮かんで苦笑を滲ませる。まぁ、彼奴が嫌がるなら自分としては楽しい事なのだが内容を考えれば二の足を踏んだ。

自分に置き換えたら確実にこの世で一番嫌なことだ。我慢ならないことだ。それを思えばそれだけは正直触れてやりたくはなかった。


「パパ!」

「人の話を聞け…」


同じ塔のベリルの寝室に駆け込みベッドに飛び乗るシエルを追いかけてのんびりと部屋へと入った。


「今日は宰相借ります、呼んでください」

「ぐぇ、おい姫!なんて起こし方しやがるんだ」

闇の神殿(アビス)で宰相を連れて歩いたら目立ちます?彼にもヴェールをつけたらいいですか」


ベリルの腹の上で肘をついて子供が絵本をねだるように話し始めるのに呆れてしまう。ベッドの傍らの椅子に腰掛けてシエルの勝手にさせることにした。


「あぁ…?精霊使いか、彼奴なら執務以外でここにいる間は別の名前があるぜ」

「別の名前?」

「ステラの嫁」


眠そうに身体を起こし腹の上で ん?と首を傾げるシエルの腰を抱き寄せて額にキスをする。ピリ、とベッドサイドで空気が変わるが知らん顔で愛娘の頭を撫でた。


「一応お披露目はしたんでしたっけ」

「女の擬態でな」

「あれ、そうなんだ」

「おい、ステラ」


気怠げに何もない空間へと声をかけると闇が現れて巻いて消えた後に黒い男が立っていた。


「…何か?」

「精霊使い貸せってよ」

「……………………早速ですか」

「早く終わらせた方がいいでしょう?」

「まぁ…」


ベリルの体をまたいで座るとベッドの上から無垢に笑ってみせる。分かっている顔だなと思いながらもアッシュは口を出すことはできなかった。


「申し訳ございません、アレは朝が…、と言うか寝起きがすこぶる悪くて。一緒に屋敷へ来ていただければと思いますが」

「へぇ、意外ですね。分かりました」

「犬も来るか」

「当然だ」

「……ならベッドには近づくなよ」

「……?」


ちょい、と顎で合図をするとシエルとアッシュがそれぞれベッドから降り、サイドチェアから立ち上がるとステラへと歩み寄る。ステラがバサリとコートを翻して二人を覆った瞬間に闇に巻かれて消えた。


「…彼奴の空間転移魔法は相変わらず化け物じみてんな」


ステラにとってこの大陸何処へ行くにも距離はない。星が輝く場所であれば何処まででも一瞬だ。

質量に制限もない。おそらくはこの城丸ごとであっても連れて飛べる。人間の身体で行使できる魔法とはとても考えられなかった。


まぁ、神であれば不可能ではないのだが。






❀❀❀






「少々お待ちを」


闇から一つの部屋へ3人が居り立つと、部屋の一角にあるソファで待つよう促されて座った。

どうやらここが寝室らしい。あまり使用人を置かない上にシエルの姿を思えばあまり傍からは離したくないのだろう。だからといって寝室だなんていいのだろうか。


「…キース、起きられそうか」

「……ん…、んぅ」


もぞりとベッドの上のシーツが蠢く。

…あれが宰相なのか?いつもおっとりと微笑んでいる彼を思い出して少し疑うがステラが懐に入れる人物など他にいるわけがなかった。

暫くむずがっていたかと思うと白い腕がゆっくりとシーツから伸びてステラの首へと絡みついて亜麻色の頭がのぞいて見えた。


「キース…、ゆっくりでいいから目を覚ませ」

「ん…――、すてら…、さま」


すり、と胸元へ擦り寄り起きるかと思ったがそのまま浅めだが寝息が聞こえ始める。さらりと肩口からシーツが滑り落ちて首筋から胸元までの白い肌が現れ視線を外した。なる程、近づくな…か。


「着替えさせるぞ、いい子だから起きろ」


瞼に口づけながら軽く指が肌を辿れば参内用の私服が、おそらく素肌のまま寝ていたキースの身体を覆っていった。


「ん……、ステラさま…おはようござい……、ま…」

「……こら」


まだ眠りに落ちそうになるのに呆れながらもキースを見る目は無表情なのに優しげで、軽く唇を落とすとゆっくりキースの瞼が起き上がった。


「……本当に寝起きに弱いんですねぇ…、それとも甘えているのでしょうか」

「両方だろ」

「……?ステラさま…、なに…か」


ぱちり、とシエルと目が合って一瞬でキースが覚醒したのがわかった。動きが止まったかと思ったら慌てて身体を起こして甘えていたステラから距離を取ろうと胸を押す。


「シ、シ…ッシエル様!な、なんで…何故ここに」

「大丈夫だ、ちょっとお前を迎えに来ただけだ。起きられそうか」

「や、ステラさま!ずっと見られて……!」


宰相の心中を察すれば不憫でもある。ステラがこういったデリカシーの範疇を理解していれば(くだん)の誘拐事件など起こらなかっただろう。


「…おはようございますキース。すみません我が兄が…。この男は本当にデリカシーという言葉を知ってはいても理解はしていないのです。かわりにお詫びいたします」

「…?どうした、お前を迎えに来た」


ぐいぐいと胸を押すのをまったく意に介さずに抱きしめると髪に口づけて頬を撫でてくるのにふるふると震えて見上げ、次の瞬間には雷が落ちた。


「ステラさま!」






❀❀❀






「…すみません、本当に…少し雑学をさせないといけないかもしれませんね」

「いえ…、お恥ずかしいところをお見せしました」


傍らを歩くのは淑やかで慎まやかな、美しい亜麻色の髪の乙女だった。


「それにしても…、違和感ないのに驚きました。キースにしか見えないのにキースではないし、そのままキースなのに女性ですね…」

「…所作は…、改めて学びました」


ステラに着方のわからない服は着せられないようで、闇の宮殿(アビス)に戻ってすぐ別室にて女性の姿に擬態すると、女達に着替えさせてもらって姿を見せた途端ステラが少し嫌そうな顔をした。

無表情なのは変わらないのに器用な事だ。


バァンズ大公妃、それが今のキースの呼び名だ。

名をルシアと言うらしい。


「今日はお仕事を邪魔してしまってすみません、早く済ましたほうがよいかと思って」

「ふふ…それは、はい。あの方も昨晩随分そわそわしていらしたから。何をお聞きになりたいのですか」

「簡単に言えば、人の範疇の魔法力…ですかね。僕はどうしても人よりもあの人たちを基準にしてしまうので、昨日廻っていた間もずっと感覚の違いに苦慮していたんです」

「なる程。それは…、わかります」

「自分の身体能力がどれ程のものかも分からないのに近衛達の剣を掴んで止められるような錯覚をしたり」

「おい、手を出してないだろうな」

「してませんよ」


咄嗟にシエルの手を取って手のひらを見るアッシュに苦笑する。

おそらくは普通の人間たちよりは動体視力もいいのだろう。だがいきなり振り下ろされる剣を素手で手を出して思ったように受け止められるかと言えばそれは分からない。

王のプライベート庭園を歩きながら少しひらけた場所の噴水まで来た。ここならば人の目には触れないはずだ。噴水の縁に腰を下ろして手にした杖をカツリと地へ立てるとキースが微笑む。ふわりと杖の飾りの石がきらめいて瑪那(マナ)が包むのがわかった。


「私もおそらく一般的に言えば少し人離れをしている一人なので多少のズレはご容赦ください」

「心得ています」


にこりと笑んでシエルが話を聞こうと身体を少し向けたところでざわりと庭園の花達が一点へ向けて敵意を持ったのがわかりキースが顔を上げた。

杖が力を失い足元に倒れて転がる。


「…どうしたの」


一斉に花達が見る小路の先へと意識を向けると花の路の奥からキョロキョロとしながら歩いてくる少女の姿があった。




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