9.指輪と刻印
アリスターたちの居場所はすぐわかった。
領都の一号店の店先に、黒山の人だかりができていたからだ。
騎獣を降りた私達が店に近づくや、人垣はさっと二つに割れた。
その先に立つ二人と一人の人影は――。
「貴様! 私が誰かわかった上で命令に逆らおうというのか」
「そうよ。王太子への反逆は重罪よ!」
「王太子だろうが何だろうが、何かが欲しけりゃ相応の対価を支払うもんだ。それとも、この国じゃ王子様にそんなことも教えてないのかい?」
アリスターとエルシー。そしてマレウス。
「ありがとう、マレウス。もういいわ」
私はそう言うと、アリスターたちの前に進み出た。
「お久しぶりでございます、アリスター殿下、エルシー殿下」
「フレイヤ! 聞いてくれ。君のこの無礼な家来ときたら、薄汚いドワーフの作った細工物に法外な値段を吹っ掛けた挙句、我々をさんざん愚弄したんだ!」
私は改めてアリスターを頭のてっぺんから足の爪先まで見回した。
銀髪碧眼。相変わらず顔がいい。
――でも、それだけだ。
(いくら王太子とはいえ、衆目のある場所で臣下に挨拶も返さず、いきなり自分の要求を押し通そうとするなんて)
私はおもむろに口を開いた。
「マレウス殿は、隣国エレフテリアからおいでになった方です。訳あって、しばらくの間、この店を預かっていただいておりますの」
言外に、だから彼にはフェルメアの法は通じないと伝えれば、アリスターは不愉快そうに口を閉じた。
「でもでも、この人、ドワーフなんかの細工物に、とんでもない高値を吹っ掛けてきたのよ! 他のお店の人たちと違って、全然値引きしてくれないし」
エルシーの言葉に、私はぐるりを見渡した。人垣の中に、見覚えのある商人が何人か――いずれも私が鑑札を出した者たちが、居心地悪そうに目を逸らす。
「領都で取引されるドワーフの宝飾品については、鑑札制を敷いておりますの。本来、値引きはできませんのよ。価格につきましても、素材の原価と工賃を出した上で、適正な額を設定しています。エルシー殿下のその髪飾りも、ネックレスも、腕輪も全部」
おおかた、他の店で王太子の権威を振りかざし、商人を脅して巻き上げたのだろう。エルシーは全身をドワーフの作ったアクセサリーで飾り立てていた。
「もしも定価より安く買われたのでしたら、その差額は不法な価格で取引をした店主に払っていただきましょう」
「そ、そんな……!」
「どうか、そればかりはご勘弁を!」
商人たちが一斉に顔色を悪くする。
その時だった。
「ひどいわっ!」
エルシーが、商人たちを庇うように私の前に立ち塞がった。
「どうしてそんな意地悪を言うの? この人たちは親切で安くしてくれたのよ。第一、フレイヤはおかしいわよ。どうしてそんなにドワーフなんかの肩を持つの?」
「……っ。それは」
私は初めて言葉に詰まった。
エルシーの言葉は、意図せず私の最も痛いところを突いたからだ。
どうしてドワーフの――ダンカンの肩を持つのか?
(そんなの決まってる)
原作の不幸なダンカンを救いたかったからだ。
フレイヤを殺し、彼が鍛えたオリハルコンの剣で竜が倒され、褒美としてアクイラ山を与えられても、原作のダンカンは報われない。
コゼットを始め、多くの仲間を飢えと寒さで失い、フレイヤに対する度を越した忍従ぶりに、残った仲間たちにも離反されたダンカンは、物語の最後、一人静かにアクイラ山の暗がりに消えていく。
そんな悲しい結末を、この人に迎えてほしくない。
――そう思っていた。最初のうちは。
(でも今は)
知ってしまったから。
ブランデー色の瞳に浮かぶ微笑みを。時たま私に向けられる眩しそうな眼差しを。
『貴女はまるでアンドルディアのようだ』
そう言ってくれた優しい声を。
――そのすべてを愛しているから。
(言えっこないじゃん、そんなこと!)
必死に貼り付けた微笑の下で、私はほとんどパニック状態だった。
どうしよう。どう言えばこの場を乗り切れる?
その時、ダンカンがすっくと私の前に立った。
「我らを卑族と蔑むくせに、その細工物は意地汚く欲しがるのだな」
決して声を荒げたわけではない。にもかかわらず、その言葉は人垣の隅々まで届いたのがわかった。
「人の子の娘よ。薄汚いドワーフの作った品で己が身を飾り立てて嬉しいか?」
「……っ!」
エルシーの顔がわかりやすく紅潮する。
「な……何よ、こんな物っ! ほ、施しのつもりで買ってあげただけなんだからねっ!」
エルシーはむしり取るように髪飾りをはずし、ネックレスを引き千切り、腕輪を外して地面に投げ捨てた。
「ふ、ふん! こんな物より、こっちの指輪のほうが、何倍も価値があるんだからっ!」
そう言うと、エルシーは勝ち誇ったように私に向かって左手を突き出す。
「見て、フレイヤ! これね、この前アルが私に贈ってくれたの!」
それは銀の台座に深い青のサファイアを嵌めこんだ美しい指輪だった。
(あ、これ知ってる)
原作でフレイヤと婚約したアリスターが、「それでも君に対する僕の気持ちは変わらない」と、フレイヤではなくエルシーに贈った婚約指輪だ。
「うふふ。素敵でしょ? 王室御用達のお店で買った一点物よ?」
(ほおん。今のアリスターは私と婚約してるわけじゃないから、エルシーに対するプロポーズのつもりで贈ったのかな?)
だとしたら、二人の仲は原作よりもずいぶん早く進展していることになる。
……などと私が考えていると。
「それもドワーフの細工だが?」
ダンカンの言葉に、エルシーの笑顔がピシッと凍りついた。
「う、嘘……」
「嘘だと思うなら、台座の裏を見てみるがいい。ヴァルカニアの鉱山印が刻印されているはずだ」
エルシーが慌ただしく指輪を外し、台座の裏をあらためる。
と、その顔が目に見えて明るくなった。
「ふ、ふん。何を言い出すかと思えば……。この刻印は間違いなく王都のドリン宝飾店のものだわ」
「っ! ドリンだと!?」
「きゃっ! 何するのよっ!」
血相を変えたダンカンが、エルシーの手から指輪を奪い取った。
台座の裏には、なるほど「D」の文字とハンマーを組み合わせた刻印が捺されている。
「馬鹿な……」
「気が済んだか? ならばそれを返してもらおう」
呆然とするダンカンに向かって、アリスターが手を突き出した。
ダンカンは無言でその掌に指輪を載せる。
アリスターはハンカチで丁寧に指輪を拭うと、エルシーの前に跪いた。
「さあ、改めてこれを君の手に」
「まあ、アル! 嬉しいわ……」
その構図は原作にあったカラーページそのままだったが、こうして目の前で見せつけられると、何というか――。
(イタイわー。頭の中お花畑なバカップルにしか見えないわー……)
見ているほうが恥ずかしくて目のやり場に困っていると。
「ドリン商会といえば、最近ヴァルカニア迷宮から出た品を手広く扱っていることで有名だなあ」
マレウスがのんびりと口を挟んだ。
「その宝飾店とやらも、ドリン商会の系列だろう。おおかたダンジョンから出た品を、刻印だけ変えて自分とこの品物として売っているんだろうさ。ドワーフが作った品だとバレたら買い叩かれるからな」
「……薄汚い盗人め。これは間違いなくヴァルカニアで作られた品だ」
歯噛みしながらダンカンが言う。
「噂じゃ、ドリン商会はフェルメア王室の依頼を受けて、ヴァルカニア迷宮深層部の採掘も請け負っているらしい」
「――っ!」
私は思わず息を呑んだ。
ヴァルカニア迷宮深層部。
原作では、竜が眠っていた場所だ。
ひとたび竜が目覚めれば、近隣の街や村に甚大な被害が出てしまう。
私はこっそりダンカンの左手に目をやった。
少し前まで薄れた痣としか見えなかったヴァルカニアの紋様が、今やはっきりとその輪郭を取り戻しつつある。
「ダンカン様。実はわたくし、お話ししなければならないことが」
「フレイヤ、申し訳ない。私は急ぎ山へ戻り、このことを一族の皆と協議しなければ」
言うが早いか、ダンカンは身を翻した。
その足許から、黒い熊のゴーレムがゆらりと立ち上がる。
「待って。ダンカン様……っ!」
騎獣に跨り、いっさんに駆け去るダンカンを引き留めようと追いすがる私は知らなかった。
背後でアリスターとエルシーが、じっとりした視線を私に向けていたことを。




