14.暴露
「は……はああああああ――!?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
アリスターが? 私を妻に?
(いや、意味がわからないし!)
原作ではフレイヤが色仕掛けでアリスターを籠絡し、一時は婚約まで持っていくものの、結局エルシーを諦めきれなかったアリスターがいろいろと頑張って撤回する、という流れだった。
『こんな不甲斐ない男でごめん。だけどやっぱり、僕には君が必要なんだ。君こそが僕の最愛なんだ!』
という作中屈指の名場面である。
でも今回、私とアリスターの間には何もなく、エルシーとの愛を貫くのに何の障害もないはずなのに。
アリスターは両手で私の手をとると、ぐぐぐとテーブルに身を乗り出した。
「こんな不甲斐ない男でごめん。だけどやっぱり、僕には君が必要なんだ。君こそが僕の最愛――」
「なわけないでしょう! この……っ!」
このクズが、と言わずに堪えた私を、お願い、誰か褒めてほしい。
第一、原作のアリスターはこの台詞を、二人の思い出が詰まった花畑で、腕一杯のピンクの薔薇の花束――エルシーの瞳と同じ色――を抱え、跪いて口にするのである。
それを私には、指輪も薔薇の花束もなく、街中のカフェで手を握るだけで済まそうというこの雑さ加減。
別に、アリスターから指輪や花束を贈られたいわけではない。
(どうせ贈ってもらうなら……)
『どうか、フレイヤ。我らからの尽きせぬ感謝の気持ちを受け取ってほしい』
あの時、私の顔の両側を通り過ぎたダンカンの腕。
うなじの後れ毛を優しく払ってくれた硬い指先。
(いやいやいやいや!)
こんな時に、一体何を思い出しているんだか。
私は「こほん」と咳払いをすると、アリスターを睨みつけた。
「殿下の最愛も、結婚相手もエルシーです。どうぞお間違えになりませんよう」
「だから、エルシーは妹だとさっきから」
「血は繋がっていませんでしょう?」
「それでもだ。どこの馬の骨とも知れぬ男の血が入った婚外子を王太子妃に据えるなど、できるはずがないだろう?」
「……え?」
少し離れた店内の窓際で茶器の砕ける音が響き、目深に頭巾を被った客の肩先に、柔らかなピンクブロンドがひと筋こぼれ落ちた。
突然の暴露に声を失う私を前に、アリスターは「あれ、フレイヤは知らなかったっけ?」と何でもないことのように言う。
「君、エルシーの父親を一度も見たことないだろう? 義母上は、まだ伯爵令嬢だったころにエルシーを身籠ったんだ。父親が誰かはわからない。本来なら修道院に入れられるなり、適当な男を婿に取るなりするところだけど、その直後に相次いで当時のノヴァク伯爵夫妻が死んでしまってね。跡取り娘だった義母上が、そのまま女伯爵になったんだ」
「…………」
知らなかった。
というより、これまで考えたこともなかったというほうが正しい。
子どものころは何となく「そういうものだ」と思っていたし、原作を思い出してからも、エルシーの父が出てこないのは物語の本筋に関係ないからだろう、くらいにしか考えていなかった。
でも、そういえば、原作の感想掲示板で突っ込まれていたことは多々あった。
『エルシーって何で一人だけ平民っぽい喋り方なの? 伯爵令嬢だよね?』
『屋台で何の抵抗もなく立ち食いするとか自由過ぎw』
そう、それに。
まだ叔母様の家に預けられていたころ――。
『なぜ、わたくしだけあそびにいってはいけないのですか。でんかとエルシーにはおゆるしがでたのに』
『フレイヤ様は、ゆくゆくは王室に嫁がれるかもしれないお方。今からしっかり勉学に励んでおかねばなりません』
当時は自分だけ仲間外れにされたようで悲しかった。
原作を読んだ時も、フレイヤだけがどうしてしょっちゅう単独行動なのか疑問だった。
(でも、それもこれも、エルシーがもともとアリスターの妃候補ではなかったのなら説明がつく)
ついてしまう。
「ね? だからさ、フレイヤ。僕と結婚――……」
その時だった。
慌ただしい蹄の音と共に「伝令! 伝令!」という声が近づいてきたのは。
ややあって店内の人混みをかきわけ、王家の紋章入りの袖なし上着を身に着けた急使が中庭に駆け込んできた。
「申し上げます! ヴァルカニア迷宮にて岩盤が大規模崩落! 魔物の溢出が懸念されるため、アリスター殿下におかれましては至急王宮にお戻りになられますよう、陛下直々のご下命です!」
途端にアリスターの顔が輝いた。
「わかった。いよいよだな!」
さっと席を立ったアリスターが、私のほうに向き直る。
「待っていてくれ、僕の宝石姫。悪い竜をやっつけて、必ず君の元へ戻るから!」
ざわり、と私の全身に鳥肌が立った。
アリスターの台詞も、その笑顔も、原作漫画で見た大ゴマの場面そのままで。
けれど、その時の相手役は私ではなくエルシーだったし、何より――。
原作ではアリスターが持っていたオリハルコンの宝剣を、今のアリスターはまだ持っていないのだ。




