13.求婚
「懐かしいな。こうしていると、まるであの頃に戻ったようだ。ね、フレイヤ?」
「女侯爵とお呼びいただけますか、王太子殿下」
オークス領都のとあるカフェ。
その庭園にある四阿で、私はアリスターと二人でお茶を飲んでいる。
もちろん、近くには侍女のメアリが控えているし、四阿は四隅に柱があるだけの開放的な造りだから、二人きりというわけではない。
何なら、少し離れたカフェの店内には大勢の客がおり、王太子と女侯爵が差し向かいで何を話しているのだろうと興味津々の眼を向けていた。
「……やっぱり君の屋敷の方が良かったな。こういう市井の店はどうも落ち着かない」
不満そうなアリスターに、私はにっこり笑ってみせる。
「そうですか? 王都ではよくエルシーとお忍びで城下町のカフェにいらしていたと聞いていたものですから」
「ははっ。嫉妬してるのかい? 可愛いな」
私はげんなりしてため息をついた。
確かに原作のフレイヤなら嫉妬もしただろう。実際、原作では、アリスターとエルシーがお忍びデートに出かけるたびに、変装したフレイヤが二人の後を尾行ていき、二人の仲の良さを見せつけられては悔しがる、という場面が何度もあった。
けれど今、私の目に映るアリスターは嫉妬の対象どころか、正直見るのも嫌な最低男に過ぎない。
それでもこうしてお茶しているのは、知りたいことがあるからで――。
「ところで殿下。昨晩おっしゃっていたドリンに似た名前の土地ですが」
昨夜アリスターを追い出してから、私はあらためてノヴァク伯爵領――私たち三人が子ども時代を過ごした土地の地図を開いた。
エルシーの母である現王妃が、かつて女伯爵として治めていた領地である。
そこに記されていた二つの地名。
ひとつは「ドリンガム」。そしてもうひとつは――。
「ヴァルカニア」。
(知らなかった。ダンカンの故郷であるヴァルカニアが、叔母様の領地にあったなんて)
「……正確な名前はドリンガムというそうですね。地図を見たら、ヴァルカニアのすぐそばにありましたの」
「ああ、あの炭鉱か。義母上も運がいい。領内に二つも宝の山を抱えていたおかげで、父上の後妻に入れたんだから」
「……!」
原作のフェルメア国王とエルシーの母親は限りなくモブに近い脇役だった。
そのため二人の結婚についても、ある日突然国王が、
「余は後添えとして、ノヴァク女伯爵を娶ろうと思う」
と宣言し、アリスターとエルシーがショックを受ける、という場面が描かれていただけだ。
(つまり陛下のあの結婚は、叔母様の財産目当てだったってこと……?)
確かに、そう考えれば、ダンジョン化したヴァルカニアをダンカンから取り上げるようなあの振る舞いにも頷ける。
「そういうところ、父上は抜け目がないからね。でなきゃどうして僕が、遠縁とはいえ、たかだか一地方の領主に過ぎない家に預けられたと思う?」
「……確かに」
いくら両親に疎んじられていたとはいえ、仮にもアリスターは王と王妃の間に生まれた嫡子。預け先なら叔母様の家よりもっと良い家がいくらでもあったはずだ。
「ま、おかげで僕は、君という運命の人に巡り会えたわけだけど」
そう言うなり、アリスターは私の手を取ると、避ける間もなく指先に口づけを落とした。
途端に、少し離れたカフェの店内から一斉に黄色い悲鳴が上がる。
「――は!?」
けれど、私はそれどころではなかった。
一体何を言い出すのだ、この王子は!
「お戯れを。殿下の運命のお相手はエルシーでしょう」
そう言って急いで手を引っ込めようとするが、アリスターは離さない。
「ああ、可哀想に。君の目にはそんなふうに見えていたんだね」
そんなふうにも何も、あれだけベタベタしておいて、今さら何を言ってるんだという話である。
「だけど僕とエルシーは、あくまで兄妹として仲良くしていただけさ」
「兄が妹に婚約指輪を贈るのですか」
しかも、公衆の面前でプロポーズばりに跪いて。
「まさか! あんなのはただの玩具に過ぎない」
「王都の一流宝飾店で買ったものだそうですが?」
「でもドワーフが作ったものだ」
(――あきれた)
ダブルスタンダードもいいところだ。
「そんなことより、今日は君に大事な話がある」
そう言うと、アリスターは真剣な瞳で私を見つめた。
「フレイヤ。君を妻に迎えたい」




